ネタ帳。

2003年10月7日 ネタ帳
 
 
「アキラ殿。」
 夜中、巡回の兵ももう既に休んだであろうが未だ眠りにつけずに居たアキラの部屋にコンコンと言う扉をノックする音が響いた。訪問者は扉の前で、まだ起きていらっしゃいますか、と問うとアキラの応えを待った。アキラは昼間の内は花梨とサザナミの2人に監視されてベッドから抜け出せずに居た。その2人が部屋に戻った今でもまだベッドに縛り付けられたように動けずに居るのはサザナミと花梨が帰る前に、安静にしてろと釘を刺して行った所為なのだろう。厚い扉の向こうに居る声の主をその声から確認すると、アキラはベッドから抜け出しそれの崩れを直し、窓辺にある椅子に移動してからゆっくりと応えた。
「あぁ、クラウスさんですか、良いですよ入ってきても。」
 眼下にある街の光も消え、あるのは月の光だけだった。それを見ながらアキラがそう応えると、扉が静かにゆっくりと開き、正軍師のクラウスがおずおずと部屋に入ってきた。
「もっと堂々としてらしたら良いのに。こんな夜更けに何用ですか?まさかこんな時間に見舞いって訳でもないでしょうし。」
「いえ、なかなか時間が取れませんで。昼間医局に行きましたらもう既に貴殿は部屋に戻られていると言うし。それにあの御2方が居ましたし。」
 呆れながら言ったその言葉に、正直に素直に応えるクラウスがこういっては何だが、少し可愛く思えたのかアキラは笑って見せた。尤もこの月の光だけの暗闇ではその笑顔がクラウスに見えたかどうかは疑問だが。クラウスを椅子へ座るように促し、自分は机にあるランプの光を灯しに移動し、再びクラウスの正面に戻ってそこにある椅子に腰を下ろす。そこに居たのは昼間のアキラではなかった。
「全く、私が何の為に男のフリをしていると思ってるんですか?クラウスさん。」
 座って一息ついた処でまだ俯いているクラウスに対し、呆れたようにアキラは外にある月を眺めながら言葉を発する。今アキラの目の前に居るのは戦場で見せたクラウスではなく、どこかまだ子供っぽさの残る青年だった。
「判っています。しかし、貴女があのような事になるとは考えていませんでしたので・・・。私の見込み違いでした。申し訳ありません・・・。」
クラウスは顔を上げ重たい口を開くと寂しそうにそう告げた。
「私はそこまで承知の上であの策を行ったのですから。身を滅ぼすのも助かるのも我が技量次第だと考えていましたよ。」
 冷たい、冷ややかな口調でアキラは言葉を続ける。
「自分が男だと偽っているのも、どんなに困難な策でも先陣切って私が行えるようにです。今まで順調だったじゃないですか。」
「確かにそうです。しかし、貴女を失ってしまってはこの軍の士気も落ちてしまいます。サザナミ殿だって悲しみます。それに私だって・・・。」
 言葉を濁すクラウスに対し、アキラはさっきとは違うにこやかな、和やかな声を発した。
「クラウスさん、大丈夫ですよ。貴方は立派な軍師です。それにサザナミも例え私が居なくなったとしても、それをバネにして越えて行けるだけの力がありますよ。何も心配する事はない。」
 しかし!と遮るクラウスの言葉を制し、アキラは冷静な声で言葉を続ける。
「まだ貴方は私の言っている事が理解っていないようだ。先の戦いを引きずらないで下さい、ましてや何年も前の戦争の事など。今あるのは正軍師としての貴殿と、軍師補佐としての僕です。立場を弁えて下さい。貴殿は僕よりも上なのです。僕は捨て駒になっても構いませんから。」
 そこにはまた静かに微笑んでいる元のアキラが戻っていた。クラウスは暫らく沈黙した後、椅子から腰を上げた。
「夜更けに失礼した。しかしアキラ殿、私は先の戦争の事を忘れられません。私の立場は貴殿より下です。」
 最初は威厳に満ちた正軍師の顔で、そして最後はまだ未熟なクラウスと言う青年の顔になり静かに笑うと、扉に歩を進め静かに開いた。アキラはまた窓の外の月を眺めていたが、クラウスがそこで立ち止まったままで居るのは気配で感じ取れた。
「貴女は恋愛など戦いには邪魔なだけだと仰いますが、私は前の眩しかった貴女が忘れられません。守るべき者があればそれだけ人は強くなれるのではないのですか?」
 クラウスは少し沈黙し、アキラの応えを待ったがアキラは何も言わなかった。暫らくしてクラウスは失礼しましたと扉を閉め、部屋から去っていった。机にあるランプを消しに移動し、また椅子に腰掛け窓の外を眺めると月明かりがアキラの頬を伝う雫を明るく照らした。それに気付いたアキラは自嘲気味に考えた。
(あれから何年も経っているのに未だに忘れられない。引きずっているのはこっちじゃないか。)
 アキラの嗚咽の音だけが夜更けの部屋の中に響いていた。
 
 
 
 

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