「抱返り渓谷」「あふれる」「チングルマ」
2017年8月24日 ネタ帳 コメント (2)両側にそそり立つ崖は、岩肌をむき出しにしていまにも渓谷を閉じようとしているかのようだった。
青い空に白い雲が浮かび、深い緑が空との境界を埋めている。
つり橋から眺めた景色に、思わずため息をつくと、その光景に圧倒された。
「・・・・・・」
言葉は出てこない。こんな景色をどう形容しようとも足りないという思いから、やっと頭に浮かんだ言葉さえも消えていく。
いまでこそ歩きやすくなった場所で、こうして観光を目的とした格好でも歩けるが、昔はこうはいかなかったのだろう。厳しい自然に創りあげられた場所は、ただひとりが通るので精一杯。すれ違うのには抱き合うようにせねばならなかったという。
他の観光客の歩みを止めぬように、ゆっくりと吊橋を渡っていく。
自分のものではないその揺れが、三半規管を少しずつ狂わせていくのに、足元さえもふらついてくる。しかし、橋も中ほどまで来てしまえば、この先へ進むのも帰るのも同じなのだから、と歩を進める。
足元の遥か下では渓流が音を立てて流れていき、風が頬を撫でる。真夏の日であっても、南の方からきた旅行者にとっては涼しく感じる。
やっとのことで反対側へと辿り着くと、少し進路から外れて改めていま渡ってきた橋をみやる。
新緑の季節であれば生命の息吹が感じられ、秋であれば鮮やかな紅葉が楽しめるだろうが、いまは夏真っ盛りである。むせ返るほどの緑の匂いが、その生命力の強さを感じさせる。
川に近い場所に下りるルートがあるようで、先に進むのはいったん止めて、下に降りてみることにした。
「・・・・・おっと」
足元に気を付けながら、木々の間を通って行く。あまりこちらにくるひとはいないのか、のんびりとしたペースで歩けるのがいい。懸命に鳴く虫や小さな花を眺めながら、川の音が強くなっていくのを感じる。
足を止めて、大きめの岩に腰を掛ける。足元に小さな白い花が揺れているのに気が付いた。5枚ある花弁の中心には黄色いおしべが多数ついており、次の世代へと生を繋ごうとしている。
その様子に、何故だか視界が潤んだ。段々と喉に熱いものが込み上がってくる感覚に思わず口を開ければ、熱を帯びた嗚咽がひとつ、零れ落ちた。
「・・・・・・・ふ」
自覚してしまえば、涙は止め処なく溢れてくるもので、次から次へと零れ落ちてくる。袖口で頬を拭っても、それでは追いつかない。ここが人気のない場所で良かったと思う。
瞼を閉じれば、紅い唇が思い浮かぶ。
笑みを浮かべたそれは、別の男の隣で楽しそうにしている。笑っている表情など何度も見たというのに、何故だかはっきりと思い出すことができない。鮮明なのは、その唇だけ。
彼女を彩る服もたくさん出てくるのに、彼女の顔だけはどこかでブロックがかかっているようでぼんやりとしたまま。
気分転換をしにここまで来たはずなのに。彼女のことをきっぱり忘れようとそう思ったからこそ、ひとりで旅行をしているのに。
「・・・・・・んで」
付き合っていたわけではない。告白さえしないまま。それでも、彼女に選ばれないと知っている。あまりにも素敵な人だから。ずっとずっと、見ていたかったのに。
そんな不毛な恋は止めようと。恋敵の多いこの恋は―――
「なんで」
それなのに、思い出す。
彼女の笑い声。彼女の微笑。くるくると変わるその表情。
精一杯の背伸びで塗られた口紅の色は、もう少し抑え目の方が彼女に似合っていることを。
忘れようと思えば思うほど、浮かんでくる。他の誰かを選んだ。告白する勇気さえない男よりも、愛を囁ける男が選ばれるのは当たり前なのに。
それなのに、悔しくて仕方ない。諦めようと思っているのに、悔しくて、悔しくて。
「ああ」
可憐な花は、たくさんの異性を引き寄せる。その魅力に魅せられれば、ただ吸い寄せられるのみ。
諦めるなどできようもないことは、わかっていた。いまはまだ、気持ちさえ伝えていないのだから。
腕を離して、顔を上げる。
涙の後はまだ、乾ききってはいないが、不思議と心は落ち着いていた。
==========
お題:「抱返り渓谷」「あふれる」「チングルマ」
お題提供:たんぽぽ様
チングルマの花言葉は「可憐」ということらしいです。
花は8月にも咲いているようなので、季節は今の時期になりました。
見たことのない花ですが、小さくて可愛らしいのでしょうね。
ありがとうございました。
『自分を取り戻すことができるなら』『ゆるし色』『つつっと』
2016年11月12日 ネタ帳 コメント (2)忙しさにかまけて己を見失い、何が欲しいのかさえわからない混沌の中、夢うつつで目指した光は、覚醒すれば霧の中へと掻き消える。
手を伸ばした先に真実があるのか、ただ心が憶えているのは『それが欲しい』という感覚のみ。
目覚めてからは欲というものは鳴りを潜め、ただ淡々とした日常がそこに暗い闇の口を開いて待ち構えているだけである。
身体が重い、頭が痛い、腰が痛い、食欲がない。
様々な不調を抱えつつ、皆生きているという。歳を取るということはそういうことであると人生の先輩方はそう笑っているけれど、果たしてそうなのだろうか。
ただ何となく日々を過ごす。目的もなく、ただ息をしている。
日々の糧を稼ぐための労動と、労働力を生み出すための食事を繰り返し、身体を横たえて眠りにつく。
穏やかに、小さなトラブルはあれども、静かな時とともに年月を経ていくことが『人生を送る』ということなのだろうか。
「・・・・・・」
虚無感を抱えながら男は、周囲がそうだというのだからそうなのだろう、と思考を停止させる。
このことについて深く考えてしまえば恐らく、気が狂ってしまうだろうという漫然とした予感がある。
生きるということを投げ出さないのであれば、考えないことが一番健全な道なのかもしれない。頭のいい哲学者は考えすぎて狂人化し、自ら命を絶ってしまうのだから。
あるがままの生活に、何の疑問も持たず日々を過ごす。当たり前の日々がこれから先ずっと続いていくのだと、信じられれば心に平穏を齎すだろう。
しかし、変わらないのだということは、それはつまり。
「・・・・・」
男は頭を振る。
変わらない、変わって行かない。変わることを望めない。
息苦しさを感じているこの場所で、変化を求めても何も変わらない。もっとよりよいものを求める向上心も、探求心も、この場所にはない。
いま在るのものがいい、いま在るものでいい。
思考を停止して、考えることを放棄して、それが嫌ならば出て行けという。馴染まないのであれば、ここにいる必要はないと。
男は箪笥の抽斗をそっと開けた。
随分と昔にそこに仕舞われたまま、幾年も過ぎてしまった着物をそろそろと取り出す。
樟脳の臭いと、少しのかび臭さ、しまい込んでしまったが故の虫食いが所々に見受けられる一斤染めのそれは、曾祖母が好んでいたもの。
高価な紅花で染めることは遠い昔禁色として規制がかかっていたようだが、このような淡い紅色は庶民でも着ることが許されたのだという。
許された色、聴色は時を経て段々と濃い色になってきたようだが、それでも韓紅には程遠い。
しかしそれは、とても優しい色合いで、とても落ち着く。
曾祖母もそれが気に入っていたのだろう、よく身につけていたようだ。白黒写真で色は見えないが、身に着けた姿を写真に撮りたくなるほどに、愛用していた。
「・・・・・」
そっとその着物に手を触れる。
紅花は高価で希少価値が高く、その紅赤を出すには量が必要になる。贅沢品であるが、それでも少しずつ、気付かれない程度に濃くなっていく聴色は、庶民の必死の足掻きのようにも思える。
もっと綺麗なものを着たい。もっとより良いものが欲しい。
「知恵と、工夫」
どうすれば禁を犯さずに、望みが叶えられるだろうか。
そんなことを考えながらより良い暮らしを求めていたのだろう。贅沢が罪とされた時代に、おかずの上にご飯を被せて隠したように。
きっとそんな慎ましやかな努力を、知っていても見逃していた役人もいただろう。よりよく行きたいという欲求を、彼らも持っていたのだから。
「それが、なんでだろうな」
ずるをして金儲けをする。相手を騙して金を巻き上げる。
不正に手を染めて得をしたものを褒め、崇める。
一生懸命真面目に働いているものを馬鹿にする。手を抜くことが生き延びる術だと豪語する。
真面目にコツコツと働いていても、生活の質は向上しない。身に降り積もる疲労で、何かを消費しようという気さえ萎えて、眠り続ける。
「息が詰まる」
つつっと男の頬を雫が伝う。薄暗い部屋では反射する光源もなく、ただ頬を濡らしたそれは、一斤染めの着物へと染みを残した。
こつこつと工夫を凝らして、より良い生活を夢見た先代たち。そしてそれが報われてきた。
いまは、どうだろう。工夫を凝らしても、虚しいだけ。生活の質が向上するどころか、悪化の一途を辿る。
健全な心がどこかへと消えて、ただ社会を回す道具となって。
「心は、どこにいったのだろう」
生きるのに必死で。心の充実などどうでもいいと、食べられればいいとそういう時代からすれば『甘えている』といわれても仕方のない悩みなのかもしれない。
それでも、いつどこで誰がこちらの悪評を言い触らしているかわからないこの時代に、脅えずに過ごせという方が無理なものだろう。
あっという間に世界中へと拡散されてしまう。悪意のあるものに暴力的な力を齎す時代。
知らなければよかったと、そんな風に思う。そんな悪意の塊を知らなければ、もう少し安穏としていられたのかもしれない。
いつもどこかで監視されて、ちょっとしたミスを論い嗤われて、それが周囲に拡散して己の評価を下げてしまう。
日々を真面目に頑張っていても、他人の陰口をいうひとが、いつ自分を標的にするかわからずに脅える。
そのひとのことを『信用できない』と認定しても猶、そのひとから伝わる噂で他の大切にしたい関係が壊れてしまうのが恐ろしい。
「窮屈だ」
よりよく生きたい。そう願って発展してきた人間社会のはずなのに。
何も考えずに、ただ歯車として生を消費する毎日。誰かの娯楽のために消費される精神。
男は奥歯を噛み締める。
誰の愚痴も聴きたくない。誰の批判も耳に入れたくない。ただ、ただ自分らしく生きたいのだと、それだけなのに。
「たったそれだけの願いが」
受け入れられない。
自分らしくありたい。それなのに、怖い。
本当の自分などとうに見失ってしまって、何をしたいのかさえもわからないというのに。
ただ、渇望する。己を取り戻したいと。
「・・・・・このままではだめだ」
何かを変えなければならない。
そのためには、ここにいることはできない。
主張や提言が全てなかったことにされるような、この場所では叶わない。
まずは、環境を変えることから。
自分を取り戻すことができるなら、全く未知の場所へと飛び込むことも厭わない。
何も変えようとしない、変わろうとしない、新しいことに対して拒絶するこの場所ではいけないのだ。
「ここでは、だめだ」
見切りをつけるなら早い方がいい。
見失った自分を、取り戻すために。
男は着物を箪笥に戻すと机に向かった。
***************
お題: 『自分を取り戻すことができるなら』『ゆるし色』『つつっと』
お題提供:たんぽぽ様
思ったよりもシリアスになってしまいましたが、書いている間にするすると出てきた言葉たちです。
知らない単語を調べている間もたのしかったです。
ありがとうございました。
*手違いで一度削除してしまったため、再UPになります。
コメントも同時に消えてしまいました、申し訳ありません。
「響き」「ぶな林」「アガパンサス」
2016年9月2日 ネタ帳 コメント (2)どこからか吹く風が、耳に不思議な響きを連れてくる。
歌うような、笑うような優しい音。
黄金に色づいた麦がざわざわと揺れている中に、紛れるようにして聴こえてくるそれに導かれるようにして、脚が動き始める。
直感を信じて、心に素直になって、などと耳触りの良い言葉が聴こえてくるようになり、男はどこか居心地の悪さを感じていた。
和を乱さず、他人を思いやり、自らを制し、協力してことを成す。そんな価値観の中ずっと育ってきて、そして社会に出てからもそれが必要だと学んできた。
先人たちは寧ろ和を乱すものは殺してもよいという考えであったし、苦労は買ってでもしろ、という教えさえあった。
直感を信じて、心に従っていては、ひとは楽な方へと流れ、犯罪に手を染めてしまう。まっとうに生きるのであれば、自身を律しなければならなかったのだろう。
平和な時代に育った男は、犯罪に手を染めようとは思わなかったし、染めなくとも生きることができた。
自分を律することは善と教えられ、心を出して欲を口にすれば我儘だと叱責される。たまには折檻もあった。
叱責されれば気分が沈み、折檻されれば傷が治るまでは痛む。
そんな目に合わないための自己防衛手段が『己を出さない』ということだった。己を出せば何かしら自らに不利益なことが起きる。ならば、初めから出さなければよいではないか。
「・・・これは」
そんな価値観をもった男であったから、何故自分が歩きだし、あまつさえ走り出して聴こえてきた響きを探しているのか、理解しがたかった。
大人になり、叱責されることも、ましてや折檻されることもなくなったというのに、男はいまだ自分を律し、心を開くことをしなかった。
蓋をした心からは何も聞こえず、何も感じず。時折無性に息苦しさが襲ってきても、それを口にすることは習慣からすべきでないと感じていた。
のたうちまわるほどの苦しみでも、一夜明ければ必ず朝が来たのだ。そうすれば社会の一員として、歯車として、働かなければならなかった。
生きるための賃金を、生きるには少し窮屈な世界で稼ぐのは、心を殺していなければ務まらなかっただろう。
何かを感じ、劣悪な環境なれどなんとか希望を見出し、己を信じて努力をした結果、裏切られて絶望する。そうして壊れていったものたちを幾人も見送り、自分は淡々と毎日をこなした。
ブナの林の小枝が風に揺れてカサカサと音を立てている。何か秘密の会話をしているかのように、囁き合うようだ。
その中でも微かに聞こえてくる響きは、やはりいま男が向かっている方向から聴こえてくるようだ。確信に満ちた想いが男の胸にある。
川で遊んでは駄目。遠くへ行っては駄目。夕方には帰ってこなければ駄目。どこに行くのか先に連絡しなければ駄目。
子供の頃の禁止事項は、好奇心を殺さなければ護ることは困難だっただろう。
考えて行動しろ。いちいち訊くな。勝手なことはするな。相談位しろ。
大人になってからの理不尽な抑圧は、首を縦に振らなければ首を切られ、そのままの足で踏み台に登り、梁に括り付けた縄で首を吊らねばならない。
そうして、長い間雁字搦めの鎖に繋がれたまま、心の在り処など求めず、男は過ごしてきた。
薄暗いブナ林は、変わらず秘め事を囁いている。
「・・・・・・あ」
視界が開けたところで足を止める。
夕陽と共に薄紫色が視界いっぱいに広がる光景に、思わず息を飲んだ。
百合の花によく似た小さな花は、寄り添い合うようにして風に揺れる。そして歌うような、談笑するような、やわらかな響きは大きくなっても心地よく鼓膜を震わせる。
『もう、大丈夫』
『これでいいんだよ』
『誰もあなたを責めないよ』
『ほら』
男の頬を生温かいものが伝う。
何だろう、と思って、自然に体が動いて。
陽も大分傾いて、いつもであれば誰も迎えることのない家に着いている時間。
誰に連絡することもなく、誰に相談することもなく、ただ『気になった』からここまで来た。
振り上げる手も、鼓膜を直撃するあの声も、もうない。
「うぅ・・・・・・」
泣いても、「うるさい、これくらいで泣くな、男だろう」といわれることもない。
男は屈みこんで、己の身を思い切り抱きしめた。
==========================
お題:「響き」「ぶな林」「アガパンサス」
お題提供:たんぽぽ様
ちょっとばかり(?)内容が暗くなってしまいましたが、
これだ!って思ってから面白いくらいにすらすらかけました。
ありがとうございました。
「そのままで」「ハーブティ」「揺れる」
2016年8月10日 ネタ帳 コメント (2)ここはどこだろうか。
気が付くとあなたは真白な四角い部屋の中にいるだろう。
部屋の中を見渡しても、特に目ぼしいものはない。
きょろきょろと左右に首を振っても、そこにあるのは真っ白な空間だけだ。
床に触れるとひんやりと冷たさを感じる材質であると分かる。
叩いてみれば硬質な音がするだろう。
部屋の端まで15歩程度といったところだろうか。
寝間着で眠っていたはずなのに、普通に外に出かけられる姿になっている。
あなたは唐突に気が付くだろう。これは夢だと。
耳を欹てれば、微かに空調が効いている音がする。
暑さ寒さも感じない、快適な温度に保たれている。
壁伝いに移動をしてみるが、扉はない。
ふと見上げれば、天井にはライトらしきものはない。
それなのにもかかわらず、適度な光量を保っている。
なんの技術かは知らないが、そのことに気づくだろう。
壁をよくよく観察すると、足元近くに小さな凹みがあることに気が付いた。
近寄ってよく見てみれば、それは日本語ではないことがわかる。
"Your way to go home is inside the ceiling."
あなたは乏しい英語の知識を振り絞り、その意味を理解するだろう。
だがしかし、改めて頭上を見上げても、なにも見つからない。
他に何かないかと探すと、先程凹みがあった場所と丁度反対側の壁にまたもうひとつ凹みがあった。
"All you need to do is push the right button with your foot."
またも乏しい英語力で読み上げると、己の足を見つめるだろう。
壁ではなく床を丹念に見てみると、視線をほぼ床と水平にすることで色が変わっている箇所があることに気が付くだろう。
あなたはその場所まで行くと、その場所を勢いよく足で踏みつけた。
するとどこからかガションという音がしたかと思うと、天井から梯子が降りてくる。
あなたはそれに掴ると、そろそろと上に上がり始める。
登り切った先で見たものは、それまでの白い箱のような部屋ではなかった。
どこかで見たような、それとも違うような植物が植えてある。
それをガラス越しに室内から見ている。
植物が植えられた空間はこちら側よりも光量が多く、自然光を髣髴とさせる。
窓辺には白いカーテンが風に揺れている。
これまで空気の流れを感じていなかったあなたは意外に思うだろう。
先程まで誰かここにいたのだろうか。窓辺にあるテーブルには真っ白なティーポットがあり、カップには湯気が立っている。
近づいて中を確認してみると、それはなんらかのハーブで淹れられた茶であることがわかるだろう。
香りで苦味が強いことがわかる。
テーブルの上には小さな白い紙にこう書かれていた。
"Please feel free to drink as it is"
あなたはそれを見てどうするか考えるでしょう。
近くには白濁色の液体、白い粒の固体、そしてスプーンが添えられています。
スプーンはどうやら銀でできているということがあなたには理解できるでしょう。
銀のスプーンを入れてハーブティーの中をかき混ぜてみると、特に変化は見られないようです。
あなたはカップを手に取り、口を付けます。
何も要れず、何も加えずそのままの状態で液体を口に含みます。
それは予想通りとても苦い味がするでしょう。
遠ざかる意識の中、あなたは何かの声を聴きます。
(最後にはそうするしかないんだよ)
あなたはいつものベッドの上で目が覚めるでしょう。
先程までの体験は、なぜか普通の夢とは違う感じがします。
それでもその違和感が何なのか、よくわからないまま仕事に行く準備をするでしょう。
喉の奥に、苦味を抱えたまま。
===============
お題:「そのままで」「ハーブティ」「揺れる」
お題提供:たんぽぽ様
TRPG風に仕上げてみました。
静けさがしんしんと降り積もるような、そんな夜明け前。
闇夜の心細さは鳴りをひそめ、ただその一瞬一瞬が次なる日への英気を養う。
陰から陽へと転ずるこの時間は、この神域でもより神聖さが増すのか、凛と張りつめた空気が肌にぴりぴりとした刺激を齎す。
白く淡く立ち込めた霧が視界を奪うが、優しく目隠しをするようなそれには恐怖感は伴わない。
一歩踏み出せば、遠くで鈴の音が響くのがわかる。
「ここは」
青年はいつの間にか踏み入れたこの場所に、どこか懐かしさを感じて周囲を確認する。
先程まで眠っていたはずだ。それが今は、きちんと外套まで着込んで、靴も履いている。
しかし踏みしめた土の感触は曖昧であるし、ただ皮膚と背筋が、何ものかを感じている。
悪いものではない、けれど、緊張を伴う「ナニカ」。
「・・・・・こちらだ」
霧がうっすらと晴れた場所に朱色の鳥居が現れる。その数は思わず立ち竦んでしまうほどだが、呼ばれる声に呼応するように足が動き出す。
一歩、また一歩と進むのに、鳥居は瞬く間に後ろへと過ぎ去り、己の一歩とこの場所での一歩の違いを感じる。
ここは一体どこなのか。青年はわからないが、それでも歩を止めるという選択肢はなぜか用意されていなかった。
「よくきた」
社とでもいうのか、古びた建造物がそこにある。気配が濃密に、濃厚に立ち込め、息をするのもためらうほどに濃い。
先程から感じていたぴりぴりとした肌を刺すような痛みは、上から下から内へ外へと全てのものをある場所から叩きつける激しい痛みに変わった。
抑え付けられるような、息苦しいような感覚であるのに、青年はそれが『苦痛』だとは思わなかった。
「ここは」
神経が、細胞が、魂が。全てが入れ替わるような、新しいもの、清浄なものへと移り変わるような感覚。
この神聖な空間が、いままでの穢れを嫌うように、新しく無垢なものを求めている。
ならばここで息をするためには、この痛みを受け入れなければならないのだろう、直感として理解した。
「どこですか」
場所を問うた青年に、気配は少し緩む。ぴりぴりとした感覚が僅かに和らぎ、温もりが与えられる。
「ふむ、そうさな」
こちらの方が話しやすいか。気配はぐるぐると寄り集まって一点に集中したかと思うと、そこで人型を取る。
脳に直接呼びかけるような声は、一転して音となり鼓膜を経由するようになる。
人型を取ってはいても、光が強すぎてそこに在ることしか青年には認識できなかったが、その人型が腰を屈めたことはわかった。
「ここは我の内、そしてお前の内」
「俺の・・・?」
訝しむように口から発せられた音に、気配は大きく頷いたのはわかった。
「そうだ、お前のだ」
青年は意味が分からずに、沈黙を保つ。
脳内では忙しなくその意味を精査するが、それでも納得できる答えは出ない。
脳までも刺激を受け、全ての新しい細胞へと生まれ変わったかのように、いままでとは違うパフォーマンスを見せるかと思ったが、そうではないらしい。
内側から生じる熱は、周囲と適応し始めて境界が曖昧になっていく。
「ここが、俺の・・・・・」
「そして我の内だ」
パラドックスのような問答に、光が差したのはその瞬間だっただろうか。
眩しくてよく見えなかった気配の表情が、正しくは相貌が視えた気がした。
二つの眼の色、そして目許の特徴。
神気と形容するのが正しいのかはわからないが、気配自体は尊大で神聖で強い。
その気は己とは似ても似つかぬものであるが、確かに。
「俺の、内」
「そうだ」
確かめるように辺りを見回す。
ここが己の内側だと云われても、すぐには納得がいかないし、実感なんぞ湧くわけがない。
それほどまでに、いま、否これまでの自分とはかけ離れた神聖な場所。
身の内にどろどろとした、遣る瀬無さや悔しさを溜めこんで、その澱みに脚を取られて溺れそうになっていた。
「溜め込みすぎるな」
「・・・・・・」
「囚われすぎるな」
真に己を縛っているものを自覚しろ。
自分と同じ双眸に、そう告げられる。過ぎてはならぬと。
青年は瞳を閉じる。
胸の内にあるものをもう一度確かめるように深い呼吸をひとつ、そしてもうひとつ。
ゆっくりと瞳を開けると、そこはもう、謎に包まれた霧の中ではなかった。
「もっと」
掠れた自分の声が耳に届く。
『わがままになれ』
あの気配がいった言葉が、頭の奥で響く。
手足に取り付けられた鎖は、一体誰がつけたのだったか。
常識や、他人からの評価、そして自制心。
生きていく上での必要なものは確かにあるが、それでも不必要に縛りつけたのは一体誰だったのか。
あの場所では、澱みはなかった。それどころか、神聖でまったく無垢な存在だった。
常に新しく生まれ、常に新しい世界が広がる。
停滞し、澱みを作ったのは、一体何だったのか。息が苦しいともがいていたのは、溺れそうになっていたのは。
「錯覚だ」
明日がくるなど、誰にも保証はない。
時は常に動いていて、今日という日は二度と来ない。
いままでの常識すら、長い時、広い世界を見てみれば一時の気の迷いといえるような危うさを孕んだもの。
ここに留まる必要はない。ここに留まらねばならぬ理由もない。
ここがダメならば、もっと別の場所を探せばいい。自由に息ができる場所を。
「もっと、わがままに」
どこにいってもそんなものだと、呪いの言葉を周りは吐き、呪縛をかけるけれど。
そんなことでは、どこでもやっていけないと、頑張るしかないのだと、思い込ませる。
そうして誰かの足に鎖をつけ、生きる気力を削ぐ。逃げられないように、逃げるという選択肢など存在しないように。
否、逃げるのではない、他の選択肢を選ぶという行為があるだけだ。何も否定的な意味はない。
「もっと」
わがままに。
胸の内に確かにある、あの神聖な無垢な存在。善いも悪いもないのだ。ただ選んで前へ進むだけ。
己が屈辱に耐える理由も義理もない。それ以上にやりたいものがあるのならば、ここに留まる必要などないのだ。
青年は着替えとパスポート、いくばくかのお金を引っ掴んで、その家を出る。
とにかく、変えよう。立ち止まっていては、何も変わらないのだから。
========================
お題:「そうさな」「もっとわがままに」「霧」
お題提供:たんぽぽ様
いまちょっと苦しく悩んでいるので、代わりに希望をもって進んでもらいました。
「蹴飛ばす」「アンダンテ・カンタービレ」「榛色(はしばみいろ)」
2015年12月6日 ネタ帳 コメント (2)黄金色の木の葉がはらはらと舞い散る。
ゆっくりと歩く時間は、忙しない日常からかけ離れていて。
「あぁ」
思わずため息を吐いてしまうほど見事な紅葉に辿り着き、脚を止めた。
すぐそばには紅が絨毯になってほとんど落ちてしまっているというのに、そこだけは時が止まったように色づいたまますっくとあった。
この時期の散歩は好きだ。
切なくも、物悲しくもなる季節に、色づいた木々を愛でると、少しだけ救われたような気持ちになる。
色づいて落ちても、また新たな季節に青々と茂る。
何度も繰り返し、繰り返し。
こうして寂しく思う日があっても、それは鮮やかに色づいて周りをはっとさせる。
散ったとしても、また青々と茂る。
大丈夫だ。何も哀しく思う必要はない。
哀しんでも大丈夫。それが色となるのだから。
いつの間にか心が躍る。歌でも唄いだすかのように。
口元に笑みが戻った。
やはり静かに自然の中を歩くのは、自分にとって大切なのだと思い知る。
『やっと笑った』
落ち葉を踏み踏み、その感触と音を楽しみながら歩いていると、そんな声がした。
正確には声がした気がする、という方が正しいのだろう。
声がしたという確証がない。
それでも何故か気になって、辺りを見回す。
やはり何もいない。空耳だったか。
「気のせい、か」
そう思い直して歩を進めることにした。降り積もった枯葉を蹴飛ばして、蹴散らしながら進む。
幼い頃よくこうして遊んだ。落ち葉のクッションを作ったり、絨毯の上に身を投げ出したり。
ただただ純粋に楽しかったあの頃を思い出し、楽しくなる。その気持ちのまま視線を上に移動した。
子どもの頃は空を見るのも大好きだった。雲の形や、空の向こうの世界を想像すれば飽きることなどありえなかった。
木々の向こうに広がる空は高く、どこまでも蒼い。青いというのは少し違うか。緑? 否、赤もか。
「あか・・・?」
夕暮れが近くなってきたのか、とふと考えて頭を振る。
家を出たのは昼を過ぎたばかりだったはずだ。そこから車で1時間、山の中で30分だとしても、これはおかしい。
雲に乱反射している色とも違う。
視界に移る紅葉が滲んだ訳でもない。
泣いていたのは事実だが、涙で滲んだ紅を空に移すほど混乱してはいない。はずだ。
「いったい」
なにが起こっているのか。
もう一度空を見やると、先程よりも多くの色が渦を巻くようにして蠢いている。
蠢いているというと少し禍々しい気もするが、他に適当な言葉を知らないので勘弁してほしい。
混ざり合い、溶け合い、融合し、離れてはまた渦を巻く。
あちこちで光がはじけ、パステルカラーが辺りを侵食していく。
今まで見ていた景色が、気付けば見えなくなっており、栄華を誇るかのような黄金や紅はどこにもない。
足元さえもパステルカラーのふわふわしたものに変わっていて、試に何度か足踏みをするが、枯葉を踏むあの感覚も音もどこにもなかった。
実際に経験したことはないが、雲の上を歩くというのはこういった感覚のことをいうのだろう、ということはなんとなくわかった。
地面を踏んだ時のあの反発はない。かといってトランポリンとも違う。
強めに踏みつけても、ジャンプをしてみてもダメだった。
しかしながら、そのまま落ちてしまう、という恐怖はないのだから、不思議だった。
感触がないのであれば、どこまでもどこまでも落ちてしまいそうだが、その不安さえなかった。
確かにここに「立って」いられる。何故だか知らないが、そう確信していた。
「ようこそ」
このパステルカラーの世界の謎を解き明かそうと色々と試していると、ふとそこにひとりの少年が現れ、丁寧にお辞儀をしていた。
パッと見は少年、なのだが、ひょっとしたら少女なのかもしれないと思い直す。
聴こえた声は高いが、この年頃であれば男の子という可能性は捨てきれない。
とはいっても見た目で年齢が判断できるほど、単純な人間ばかりではない。
大人だな、って思えば10代だったり、はたまた10代にしか見えない大人がいたり。
なにより、こんな風に頭頂部から耳が生えていては、一般的な尺度というものは当てはまらないのかもしれない。
「久しぶりだね」
「・・・・・・耳?」
思わず口に出してしまえば、少年は嬉しそうに頷く。
「うん、そうだよ。ミミさ」
君が昔つけてくれたんだよ。
少年はそういって嬉しそうに榛色の瞳を細めて笑う。
昔、という言葉に多少ひっかかりを覚えながら、曖昧に頷いた。
「僕らは君の帰りをとても楽しみにしていたんだ」
「・・・僕ら?」
首を傾げれば、ほら、とミミは腕を動かした。
身体を捻るようにして示された方へと顔を向ければ、たくさんの耳の生えた少年少女たちがいた。
イスに座って寛いでいたり、楽しそうにゲームをしていたり、はたまた編み物や料理といったことをしているものもいる。
美味しそうにケーキを包ばっていたり、楽器を演奏しているものもいる。
何が何やらわからないが、気づいたものは手を振っていたり、本当に楽しそうだ。
「ねぇ、折角帰ってきたんだから、一緒に遊ばないかい」
答えを待たずに、ミミはそういってこちらの手を掴んだ。
小さな存在に手を引かれ、転びそうになる所を一歩足を踏み出して堪える。
だが次の一歩を勢いで出した時には、少年の目線が、それほど低くないことに気付いた。
「え」
口から出た音は、誰にも聴き咎められないまま、そのまま走る。
小動物のように転げまわる少年少女たちは、先程想定したよりも小さくないことに気づく。
手を引く少年さえも、若干身長差はあれど変わらない。先刻は手を引かれるだけでバランスを崩したというのに。
疑問はぐるぐると脳内を巡るが、すれ違い様に投げかけられる言葉や笑顔。
差し出されるお菓子を口に入れ、時折飲み物も飲んで、何とはなしに駆け回る。ひたすらに駆けた。
何故だかそれがとても楽しくて、どこまでも走って行けそうだった。
「ね、楽しいでしょう」
「うん!」
思わず全力で頷いていた。
こんなに笑ったのはいつ振りだろうか。
こんな風に笑えるということを本当に久しぶりに思い出した。
頷くこちらにミミもその仲間も飛び切りの笑顔を見せてくれた。
「あれ・・・」
暖かな気持ちに浸っていると、懐かしいメロディが耳を擽る。
ゆっくりと、歩くような速さでのびやかに、軽やかに、唄うような音色が、懐かしくて、何故だか涙腺が刺激される。
こんもりと雫が溜まっていくのを感じながら、それでもそれを止めようとは思わなかった。
優しい笑顔と、優しいメロディ。
「あんだんて・かんたーびれ・・・」
遠い昔に祖父に教えてもらった曲。
穏やかで、優しかった祖父の笑顔が瞼の裏に鮮やかに蘇る。
喫茶店のカウンターで、コーヒーを淹れる祖父にねだってかけてもらった。
高いスツールで脚をゆっくりと動かしながら頬杖をついた。
甘いココアの香りが鼻腔を擽り、とても倖せだった。
「じいちゃん・・・」
亡くなったのは10年以上前だ。
哀しくてつらくて現実を直視できなかった。
こんなにも優しくて温かな想い出を遺してくれていたのに、思い出そうともしなかった。
「僕らはいつでもここにいる」
「いつでも会いに来ていいんだよ」
屈みこんで嗚咽を漏らす彼に、ミミたちは寄り添う。
触れている温もりに安堵を憶え、段々と心が落ち着いてくる。
自分の中でケジメがついて、お礼をいおうと目を開けた。
「ごめ、ありが―――」
耳に届いた声はひどく掠れていて。
目に映ったのは、ぼやけたグレーの天井。
首を横に動かして辺りを確認する。
ウィンドゥ越しに見える景色は黄金と紅で埋め尽くされ、枝にはもうついていない。
「ゆめ・・・?」
誰に云うでもなく、自分に確認するように紡いだ言葉は、耳に届いた音に消えた。
優しいメロディ、唄うように、歩くような、懐かしい。
『傍にいるよ』
耳の奥で、言葉が聴こえる。
少年のような、少女のような、そして大好きな―――。
車のドアを開けて、一歩踏み出す。
カサカサと枯葉が鳴り、空気は冷たく清らかだ。
こうやって日常から離れて、自然に身を任せる時間が好きだった。
そしてそれは、休みの日の祖父に繋がる優しい記憶。
もう少し、頑張ろう。
もう一歩踏み出して。
===========================
お題:「蹴飛ばす」「アンダンテ・カンタービレ」「榛色(はしばみいろ)」
お題提供:たんぽぽ様
なかなか書く時間が取れず大遅刻ですみません!
書き始めて当初想定していた雰囲気が
どんどん変わっていくという不思議な感覚を体験しました。
時間をかけると、おもいも寄らぬ方向へと転がって面白いですね。
いつもノリと勢いで書き切ってしまうので新鮮でした。
ありがとうございました。
「十二夜」「さしかかる」「憲法色」
2015年10月22日 ネタ帳 コメント (2)朱く煌々と燃える炎がある。
長い長い冬の最中、そこだけ季節が夏の盛りのように明るい。
人々はそこに集い、酒を煽り、踊りを踊る。
着飾った者も、みすぼらしい者も、みな我を忘れて踊り狂う。
冬の食物の乏しい時期だというのに、年を越してからも6日間続けられた宴ではたくさんの料理が並ぶ。
冬の寒さが厳しい時期だというのに、それを感じさせないほどに人々は楽しそうだ。
朝から晩まで喜びを身体全体で表現し、12日間祝い通す。
馬鹿騒ぎが許される数少ない時であり、この期間は国庫から助成が出る。
民への贈り物は、普段貧しい生活をしている者にも等しく分けられる。
それだけこの日が特別だということだ。
「おかあさま」
「はいはい、ちょっとお待ちよ」
倖せな光景は、大人たちだけのものではない。
まだ信仰の浅い子どもたちにも、その恩恵を受けることができる。
「はい、おめでとう」
「ありがとう」
またひとつ、笑顔が増える。
子どもに対しての贈り物はお祝いの最終日という慣わしになっている。
お行儀よくお礼をいえたアリッサは、プレゼントを持って駆けだした。
家に入り、寝室へと駆け込む。
アリッサ用に衝立で区切られた空間は、狭いながらもプライバシーが保てる個室風だ。
特に今日は家族が皆お祝いのために外で過ごしている。
この寒い中、お酒で身体を温め、炎を囲み踊っている大人たちの気が知れない。
お酒よさがわからずに、倣いとしての一口だけで全てを呑んだわけではないアリッサにとって、火にあたっていても外は寒い。
お祝いだということは理解しているし、有難いということもわかっているのだけれど、あそこまでの乱痴気騒ぎに加わる気にはなれなかった。
最初の2日、3日くらいまでは楽しく参加していたのだが、それ以降はついていけない。年が明けてからはさらに悪化している。
それでも、この日のために耐えてきた。
いい子でいないとプレゼントはないよ、と脅かされて過ごした1年間。
家の手伝いも、近所の手伝いも、学校も、頑張ってきた。
毎年この日が来るのを楽しみにしていたのだ。そして今年こそは、と。
「・・・・どうか、どうか」
国から、子どもたち一人一人へと贈られるプレゼント。
親が用意したものではなく、この国というよくわからないものから。
子どもたちは学校で希望を書き、それがもらえたりもらえなかったりする。
国王がその子に見合ったものを手紙を見て直々に選ぶらしいとか、ただ単に子どもが好きそうなものを多数用意してくじ引きだとか、いろんな噂はあるものの。
それでも貧しい暮らしを強いられることが多いこの国の民にとって、それはとても嬉しいもので。
「・・・・・・・・!」
丁寧に包装紙を開き、中のものを取り出す。
ランプの灯りが揺れる中、それを広げた。
「・・・・やった」
ぽつり、と言葉が出てきた。
「やった・・・・・!!!」
憲法色の衣を胸に抱き、喜びの声を上げる。
いままでの努力が報われた、きちんと評価されたことが嬉しかった。
アリッサが書いた言葉は「国立学校へと進学したい」という文字。
成績優秀で、素行がよい者は、年齢問わず上級学校へと進学できる制度がある。
義務教育を終えていなくとも、将来有望と認められれば、国庫から勉強する費用が出してもらえるのだ。
アリッサは日々努力を重ね、そしてついに勝ち取った。
憲法色のローブは、国立学校の制服だ。
「これでこの村から出られる」
同じ作業、同じ顔ぶれ。毎日の繰返し。
村のことは嫌いではないが、もっと広い世界を視てみたかった。
外へ勉強にいこうにも、旅費すら貯めることができない。
村で生活する分には、物々交換で事足りてしまうため、通貨が重要視されない。
教科書や本の中だけでしか知らない世界をみたい。
その想いが、そして日々の頑張りが認められた。
「これで世界に一歩近づいた」
夜も更け、日付が変わる時刻に差し掛かる。
大人たちは何不自由なく唄い、笑い、踊る。
年に何度もない、こんな贅沢を思い切り楽しんでいる。
日々の生活に感謝しながら、日々の営みに疑問を抱かず。
「これはこれで幸せ。それでも、もっと別の」
世界が見たい。
それがアリッサの願いだった。
その夢を叶えるための第一歩を、彼女は踏み出そうとしていた。
===================================
***この物語はフィクションです(当然)***
お題:「十二夜」「さしかかる」「憲法色」
お題提供:たんぽぽ様
難しかった・・・!
憲法色とは
十二夜とは
・・・・インターネット万歳。
シェイクスピアの十二夜かな、とも思いましたが
元々の意味のクリスマスから12日目、1月6日ということで。
色々と調べるとクリスマスではなく
公現祭にプレゼントを贈る風習がある地域があるとかないとか。
架空のお話にするのに実際の信仰をどう絡ませればいいのか悩みました。
憲法色(黒褐色)も色見本を探したりして、イメージを膨らませました。
日本の色名って知らないものが意外と多いので
楽しいです。
ありがとうございました。
「蛍石」「荒々しい」「あかまんま」
2015年10月16日 ネタ帳 コメント (2)穏やかな秋の日とは違い、少しばかり荒々しさを感じる風が吹き抜ける。
夏の盛りの色合いを過ぎ、世界が一色へと向かう季節。
誰もが急ぐ道の傍に咲いたあかまんまがその色彩を主張し、そして人工的な赤、緑、黄色といった色がちらほらと店頭に飾り付けられている。
ふとショーウィンドゥに飾られた、原石に引き寄せられた。
窓から見える店内は薄暗く、営業中なのかどうかの判断はつかない。
入口はどこだろうと首を動かし、そこを確認すると、自然と脚が動いていた。
木製の扉には小窓が造りつけてあったが、カーテンで目隠しをされている。
古めかしいドアノブには、営業中の看板が、あまり目立たないようにかけてあった。
あまり商売気はないらしいその佇まいに、入店を拒まれているかのような感覚を憶える。
逡巡した後、やはり、と思い扉を開けた。
「・・・・・・!」
扉にかけられていた軽い鈴の音と共に明るい外から、薄暗い、というよりもどちらかというと暗いと表現する方が妥当な店内へと歩を進めると、暗順応ができずに、しばし失明したかのような感覚に見舞われる。
目を細めている内に、段々と順応ができていき、視力が戻ってきた。
「・・・わぁ」
改めて店内を見回すと、思わず小さくそんな声が上がるほど、そこは幻想的な場所だった。
たくさんの鉱石が暗闇の中で光を発している。
緑、ピンク、赤、青・・・様々な色の光がある。
まるでコンサートやライブ会場のような色あいが、そこかしこで光っていて、思わず息をのんだ。
「いらっしゃい」
その幻想的な、まるでRPGの世界にでも迷い込んだような景色に見惚れて、動けずにいると、声をかけられる。
店なのだから店員がいて当然なのだが、突然のことに驚いて肩が跳ねる。
その様に苦笑して店員は、ゆっくりしていって、と続けた。
「ここにあるのは殆ど紫外線を当ててるんだ」
だから光っているんだよ、と説明を受けても、いまいちピンとこない。
紫外線といえば、肌に当たると日焼けを起こし、女性の大敵であるシミ、果ては皮膚がんまでと恐れられるあの紫外線のことだろうか、と考え込む。
そんな恐ろしいもののように視えない、というよりも、むしろどこか温かさすら感じる光に、やはり頭がついていかない。
確かに、近寄って見てみると下から何やら機材を使って光らしきものを当てているのは見える。恐らくこれが「紫外線」というものだろう。
そういえば、ブラックライトパネルシアターなんていうものも、暗闇で光っていたな、と思い出す。
蛍光灯の下に置いておいた蛍光ペンが暗闇で光っていたのは、初めは気色が悪かったけれど、つまりはそういった作用が自然界には存在するということなのだろう。
なんとか頭の中で納得し、辺りを見回す。
本当に不思議な色合いだ。
近づいて見ると鉱石の名前を書いた札が置いてあり、それぞれを見分けることができるらしい。
暗闇で見ると光っているが、陽の光で見るとまた違う感じなのだろうか、と考えつつ歩を進めると、「蛍石」と書かれた石の前で足が止まった。
先程通り過ぎた同じ名前の石と、何やら光り方が違う。その光からどうしても目が離せなくなって、じっと立っている。
「あぁ、それは君を呼んでるんだね」
「呼んでる?」
「多分、だけどね」
動かなくなったのを見て取って、店員が話しかけてくる。
石に呼ばれる、というのはどういうことかはわからないが、それでも目が離せない。
「まぁ、ラピュタの石みたいなものだと思えばいい」
「石が人を選ぶ、ですか」
「そんなもんだよ」
そういわれても、いま持ち合わせがある訳ではない。どうしようか。一生に一度の出会いかもしれない。
「あぁ大丈夫。別に買ってもらう必要はない」
「え」
「呼んでいる、とはいっても手に入れる必要はないんだ」
「・・・・・」
「いつでもおいで」
そういって、店員は微笑むと、店の奥へと消えた。
その言葉と共に、何故だか店から出なくてはいけない感覚になり、入ってきた扉を潜る。
数歩進んだところで、突然強い風が、例の荒々しさ感じられる特有の風が吹き、目を瞑った。
瞼の裏に、あの不思議な光を感じ、後ろを振り返る。
「え」
そこには、先程まであったはずの店はなかった。
石の飾られたショーウィンドゥも、あの古めかしい木製の扉も何も。
まだ師走にはならないのに、既にクリスマスの足音に浮き足だった街並みが、赤、緑、黄色といった色をばらまいて、楽しそうに流れていく。
店は、初めからそこになかったかのように、当たり前の時が流れていた。
それでも―――
瞼を閉じればあの幻想的な鉱石が、やはり目を離せない光を放っていた。
==============================
お題:「蛍石」「荒々しい」「あかまんま」
お題提供:たんぽぽ様
あかまんまも蛍石も実際に言葉としてピンと来ていなかったので
ネットで調べてから書き始めました。
「あかまんま」は犬蓼という植物のことなのですね。
そういえば見たことあるかも、と思いました。
画像検索の威力すごい。
蛍石は紫外線で光らないタイプもあるようですが
加熱すると光るのですねぇ。
色々と勉強になりました。
「驚く 朝露 明るいほうへ 」
2015年9月9日 ネタ帳 コメント (2)目の前に広がる景色は、通常のソレではなく。
今の今までいた場所は無機質で人工的な部屋だったはずだ。
役人に云われて連れてこられた部屋では、身体チェックと心理テストのようなものを課せられた。
そして様々な説明を受けたが、その内容は全て一度で把握するには大変な量だった。
ごく普通の知能しか持っていない男には少々難解な、普段使用しない言葉もあり、内容の半分も残っているか否か、のレベルだった。
それでもいい、ということなのだろう。
晴れて適合とされた男は、機械の中へと促された。
おおよそ外から見た機械の箱の中とは思えないほどの空間。ホログラムかなにかで造られた部屋。人類の科学技術もここまできたか、と感嘆の溜息を吐いていると。
「お待ちしておりました」
深々と礼をする小動物に、男は目を丸くする。単に喋る狐に驚いたわけではない。
狐はドロンと音を立てて、女性の姿を模ると、先導するように歩き出した。
「ではここから一振、お選びください」
机の上に鎮座している5振の刀。男は刀を数える単位が振であることなど今まで知らないほど無知ではあったが、何かに吸い寄せられるように一振の前に立った。
そして、狐が次に告げる言葉を待たず、その一振に手を伸ばす。
「・・・・・!!!」
その瞬間、なにかに弾かれたように男が後ずさる。見えない壁にでも阻まれたような感覚に、目を白黒させている。
刀は確かにそこに在るのに、何故。
「その刀でよろしいのですか?」
触れようとして、触れられなかった刀の前で右往左往する男に、狐は問いかける。
その刀でいいのか問うても、他の刀は見えていないらしい。ただ、そこにある一振に心を奪われている様子だ。
「審神者様、刀に触れるには、力を示さねばなりませぬ」
「力を・・・?」
はい、と狐は頷く。
力の示し方については、説明を受けた。いままでの生活ではあまり縁のなかった方法だ。それでもそれが必要とされることは、理解できていた。あの長い講義で、必要な知識は山ほどあり、ほとんど忘れているにもかかわらず、そこは憶えていた。
「我、汝に力与え、汝と共に歩むため、汝と契約す
汝の力を我に与え、汝の望みを我に聴かせよ」
自然と身体の内から言葉が溢れてくる不思議な感覚。望まれている、そう感じた。吸い寄せられるように、他の刀は見えないように、目隠しをされている。呼ばれているのだ、この刀に。
呼吸を整え、全身に流れる気を感じる。そしてそれを手に集めるようにイメージする。
「蜂須賀虎徹だ。俺は本物だよ」
君はどうだい? そう問うてくる相手に、ふんと笑い、本物だ、と答える。
何が、とは問われていない。虎徹に贋作が多いことを自らが本物だと名乗ることで示した相手に、本物如何を問われたとて、詮無きこと。己は己でしかない。ひとと刀は違うのだから。
そうして男と蜂須賀は出逢い、契約は結ばれた。
狐に促されるまま、薄暗い部屋から一際明るい出口の方へと足を向ける。視界が白に染まり、眩しさに目を細めた。そして。
「・・・・・」
目を開ける前から、感じた違和感。
頬を撫でる風が、少し冷たい。緑の香りが鼻腔を擽る。
眩しさに漸く慣れて、ゆっくりと瞳を開けた。
耳に届くのは小鳥の囀りと、どこか近くに水場があるらしきせせらぎの音。
青々とした草木には雫が光り、見上げた空に在る太陽の位置から、それが朝露だと気づく。
ひんやりとした温度は心地よく、清々しい気持ちになる。
「ここは」
「ここがあなた様の本拠となる本丸にございます。
改めまして、審神者様のサポート役を務めまする『こんのすけ』と申します。
世界の命運を握る戦いにございます。何卒お力を!!」
狐の姿に戻ったこんのすけは、深々と礼をする。
審神者の数はまだまだ少ないらしく、本職である神職以外からもひとを集めなければならないらしい。
長い年月を生きて、失敗や後悔を繰り返し、変えたいと願う過去もあるにはあるが、だからといって実際に変えてしまおうとは思わない。例えそれが小さな事柄であっても、その先にいまの自分があるのだから。過去を変えてしまっては、いまの自分の存在すら危うくなる。いままでの経験がなにひとつ欠けても、自分というものは揺らいでしまうのだ。
小さなことを繰り返しながら、そして成長していく。ひとの生き死にほど大きなものでないとしても、変えていいことにはならない。そのほころびが、将来どんな大きな変化へと繋がっているのか、現時点では何も見えていないのだから。
「俺にその力があるなら」
存分に。
大切なひとたちが、消えてしまわないように。
お題:「驚く」「朝露」「明るいほうへ」
お題提供:たんぽぽ様
ジャンル:刀〇乱△(二次)
あまりに旬ジャンルすぎて、伏字にしないと怖い。
「 少しもどかしくて」「360度」「赤い実」
2014年10月8日 ネタ帳 コメント (2)風が少し涼しくなってきた。耳をすませば、秋特有の音がする。
そういえば日が暮れはじめるのも随分と早くなった。
空も突き抜けるような青よりは、澄んで少し柔らかい色になった。
「・・・・・・秋、か」
物悲しい、寂しい季節だと世間一般にいうけれど、秋が好きだ。
果物が美味しい、野菜もどんどん甘みが増してくる。
紅葉は目に鮮やかになるし、過ごしやすくなってきた。
夏に比べればテンションは高くないけれど、ゆったりと落ち着いた雰囲気をもつこの季節が大好きだ。
騒ぐことよりも、ゆっくりとした時間の流れを感じられて、ひとりの時間を十分楽しめる季節。
マイペースな自分には、一番あった季節だ、と悟は思った。
「・・・・・・んー」
鼻先をくすぐる風が、身体全体を冷やしていく。
思わず身震いして閉じた瞳を、開けるといつもと違う景色が広がっていた。
違う、というか、視点が。
「・・・・・っと、これは」
カラカラカラ、と車輪が回る音がする。
一瞬の出来事で、何が起きたのかよくわからなかった。
いつも通り、夕暮れ時の土手道を、風を受けながら自転車で走っていたわけだけれど。
慣れた道、慣れた時間。
それでも一瞬の気の緩みが、こんな―――
「・・・・ってて」
認識した途端に、重い痛みが身体を駆け巡る。
目の前にある赤い実に、まるで火花が飛んでいるかのように錯覚する。
大丈夫だ。大丈夫。
痛みからおもうように動かせない身体にもどかしさを感じながら、ゆっくりと身を起こす。
幸い、打撲はしていても、目立った外傷はない。
自分が先程まで走っていた土手道を見上げて、軽くため息を吐く。
もう少し休んでからにしよう。まだ身体が上手く動かせない。
そう決めて、草叢へ寝転ぶ。
風に草花が揺れ、少し枯れ色になってきた背の高い草が寝転んだ悟を周囲から隠してくれる。
カラカラと音を立てて回っていた車輪は止まったようで、元々人通りの少ないこの辺りは草花を揺らす風と、水の流れる音だけ。
気持ちが良くなって、空を見上げる。
少しずつ意識がはっきりしていくのがわかる。
自分の視野が何度か憶えていないが、どうせたかが知れている。
どんなに頑張っても、360度、地球の裏側までは視えないのだから。
視えている範囲で生活する。それは悪くない。
視えている世界で充足する。それは悪くない。
「それでも」
この先の、目の前の世界ですら、オゾン層があって、その先の宇宙があって。
自分の知らないものに溢れている。
「いつか」
知らず声がかすれる。
かすり傷ができた腕をまっすぐ空に向かって伸ばした。
ゆっくりとその手を握り締め、そこにある何かを感じる。
「届くはずだよな」
大好きで、大切な季節。
ひとが切なさを感じるのはよくわかる。
物悲しい気持ちになるのもわかる。
でもきっと、この先には、視たことのない世界があるから。
繰り返される営みの先にもきっと、望んだものはあるはずだから。
「・・・・・・じゃぁ、まぁ、帰りますか」
痛む傷を抱えながら。
それでも一歩、この先へ。
====================
お題:「 少しもどかしくて」「360度」「赤い実」
お題提供:たんぽぽ様
とても楽しく書かせていただきました。
ありがとうございました!
「地平線」「ぱぴぷぺぽ」「つないだ手」
2014年8月25日 ネタ帳 コメント (2)朝陽が縁取っていく稜線を眺めながら青年は息を吐き出した。
ピンとした、朝特有の空気をゆっくりと胸いっぱいに吸い込んで、肺を満たしたあと、またゆっくりと吐き出された空気は、体温で暖かくなり、体内の湿度を帯びて白く見えた。
自分たち以外は、存在しない世界を満喫する。
特にメジャーな山ではないものの、それなりの高さがある。こんな時間に登ってくる人間はいない。
動物たちもまだ活動を開始しておらず、虫たちも静かなものだ。
ここにある空間が、普段暮らしている場所から隔絶されているように感じて、少し充たされた気分になる。
ふたりしか存在しない世界。少し憧れる。
山頂の大きなひんやりとした岩の上。隣には大切なひとがいて。
繋がれた手から、互いの体温を移し合って、それで温まる。
「キレーだな」
「ふふ、そうだね」
そういって笑う表情が、段々と朝陽に照らされていく。
綺麗だな、可愛いな、といつも思っているけれど、いつもと違う表情にドキリとした。
鼓動が跳ねたのは、恐らく気のせいではないが、繋いだ手から相手に伝わっていないか、少し不安になった。
今更隠すことはないのかもしれないが、それでも少し恥ずかしい。
パッと青年は見つめていた相手の顔から視線を逸らす。恥ずかしさから、体温が上昇するのを感じた。
「いつかさ」
この国は山と海ばかりで、地平線を拝めることはまずない。
海の近くで育った青年たちは、海上へ沈む夕陽をよく一緒に見て育った。
朝陽はいつのまにか昇ってしまっていることが多かったので、一緒に朝陽を見るのは初めてに近い。
よく考えれば、それもおかしな話だ。
プッと吹き出してしまわないように心の中で思い出し笑いをすると、少し怪訝そうな表情をするのに青年は気付いた。
心の中だけ、と思っていたのに、外に出ていたのだろうか。それとも心の中を読まれた?
お互いにそう思えてしまうほど、ツーカーであり、いまのような表情も、他の表情もよくしっているのに、目の前の相手との朝陽の思い出は、数えるほど。
こんな普段とは違う場所で、違う行動を共にしていて。
いつもとは違う相手に、いつもと違う魅力を感じてしまっても仕方がないというもの。
青年はそうやって自分自身を納得させて、朝陽を見つめに戻った相手の横顔を見た。
「地平線も見たいね」
一緒に。
そう告げられて、いつか、これよりも先の未来に、隣に自分がいることを想像する。
今の時点では、きっと相手もその世界を思い描いていてくれている。
それを感じる、いうよりも信じることができる。
ふたりの間の手が、それまでよりも強く、きゅっと握られる。
互いに、自然に、強められる絆。
「いつか、一緒に」
強めた手と同時に声に出せば、相手は少しはにかんで青年の方を向く。
そして、青年は更に繋いだ手に力を込めて、顔を近づける。
「・・・・いって!」
ペシっと額を叩かれて、お互いの距離を元に戻す。
「近すぎ! 調子に乗らない!」
「ひっで! もうちょっと手加減しろよ!」
ふざけながらそう告げれば、耳まで赤く染まった少女の顔がプイッと背けられた。
その仕草に、思わず抱きしめたくなるが、それをするといつものじゃれ合いに戻ってしまうので、耐え忍んだ。
ポッポと興奮した頭を冷静に戻すため、青年は思い切り息を吸い込んだ。
このままの関係でいたい。それでも少し先も見ていたい。
ふらふらと微妙なバランスを何年続けていくのだろうか。
それでも、相手との約束を、いつか果たすために、いまはまだ、もう少しこのままで。
「ごめん、悪かった」
ぎくしゃくした関係になって、このまま終わってしまうのはなによりつらい。
そう考えた青年は自分から折れて、この場は丸く収めたのだった。
*******************
お題:「地平線」「ぱぴぷぺぽ」「つないだ手」
お題提供:たんぽぽ様
ぱぴぷぺぽが難しかったですが
文頭に擬音語を持ってくる、という荒業でお題クリア、できたつもりです。
『パッと』『ピンと』『プッと』『ペシッと』『ポッポと』
いろいろと考えられて楽しかったです!
ありがとうございました。
「新緑」「ぷわんぷわん」「呼びに行く」
2014年6月1日 ネタ帳 コメント (2)ゆるやかな風、暖かい陽射し、どこかそわそわと落ち着きのない心。
新緑が目に鮮やかで、微睡みの中に住みたくなる気候。
新しい生活、新しい出会い、新しい友達。
少し前まで別れに涙していたというのに、いまは期待と不安が入り混じった、複雑な心模様。
「あら、落ち着きないわね」
「? わかりますか?」
馴染みの店に来て、落ち着いた一時を過ごしている時さえ滲み出てしまう、どうしようもない感覚。
同じことの繰り返しだった毎日が終わり、また違った日々が始まる予感。
陽が落ちる頃には、感傷的になることが多いのに、それにも勝る、なんともいえないこの心地。
「そうか、クラス替え、あったのね」
「はい」
いい香りが、湯気とともに鼻腔を擽る。
馴染の店員さんが言い当て、にっこりと笑ってくれる。
「この時期特有の感覚・・・・学生の特権ね」
「そう、ですね」
「そうよ。思う存分楽しみなさいな」
あと数年もすれば、そんな感覚なくなるのだろう。
こんな風に心がどこか落ち着かない、そんな特有の感覚を憶えるのは、春に区切りがある学生の内だけ。
それを思うと、どこか足が地につかない、ふわふわとした感覚さえ、大事に心に記憶しておこうと思える。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
思わず声が弾むのが、自分でもわかった。店員さんもにっこり笑って、ごゆっくり、と云ってくれる。
金曜日、一週間が終わったことを楽しむためにこの店に来る。
いつも注文する、この黄色の物体。
固形物でもなく、液体でもなく、触れれば、ぷる、ぷわん、ぷる、ぷわん、となんとも魅惑的に揺れる。
幼い頃、母に作ってもらって以来大好きで、仕事で忙しくなった母の代わり、といってはなんだが、伯父がやっているこの店で食べさせてもらう。
「んーーー!!!」
一口すくって頬張ると、口内に拡がる甘い香り。
香りの正体であるバニラの原液を舐めると、とてつもなく苦いのだが、やはり『甘い』と表現してしまう。
とろとろの殆どカスタードクリーム状態のプリンもあるが、個人的には、少し固めが好きだ。
苦みのあるカラメルに、生クリームとプリンのやわらかな甘みが絡まって、至福の時を過ごす。
喫茶店なので、フルーツも盛り合せてあるのだが、やはり、プリンが主役だろう。
早く食べてしまいたい衝動と、そんなに急いでは勿体ないという気持ちが合わさり、なんとももどかしい気持ちを味わう。
もどかしいけれど、その感覚さえ楽しい。失いたくないと思ってしまうほどに。
恐らく、週末のこの時間を欠いてしまうと、翌週頑張れない、というか、そもそも生きていくのが危うい、と感じてしまうほど、大好きな時間だ。
「こんにちはー」
入口のベルが、カランカランと音を立て、挨拶をしながら人が入ってくる。
その見覚えのあるその姿を見て、席を立つ。
「こんにちは、伯父さん呼んできますね」
「やあ、頼むよ、大きくなったね。美人になった」
「ふふ、ありがとうございまーす」
穏やかな初老の男性は、伯父の歳の離れた友人だった。
幼い頃には頻繁にこの店で会っていたから、顔を憶えていた。
優しくしてもらった記憶があるので、お世辞をいわれても、悪い気はしない。
この時間、店のことは店員たちに任せて、マスターである伯父は、二階の自室で書類を整理しているはずだ。
店内の様子はカメラを通してみているので、よっぽどのことがない限り降りてこない。
それくらい信頼して任せられるひとたちでよかったな、と思う。
階段を上り、二階にいるはずの伯父を呼びに行くと、少しだけ風が通った。
廊下の端にある窓があいている。恐らく他の窓も開いており、それで風が通ったのだろう。
夕暮れの、すこし肌寒い風を感じると、途端に室内は暗く見えてくる。
まだ明るいから、と電気をつけていなかったことを、少しだけ後悔した。
怖がる必要はない、とわかってはいるのに。
「おじさーん」
店の方に響かない程度の声をあげる。
何度か繰り返してみるが、返事がない。
不思議に思って、いつも作業しているはずの部屋へノックをして入る。
窓際のカーテンが、ゆらゆらと揺れていた。
「伯父さん?」
机に突っ伏している伯父の姿を見つけて、少しだけ不安になる。
これはミステリー小説の読みすぎだ。ミステリー漫画も好きだから仕方ないけれど、身近で事件とかは起こってほしくない。
あれはフィクションだから面白いのだ。
不安を振り払うように頭を振って、一歩を踏み出す。
「・・・・!?」
ギィっと軋む音に、驚いて心臓が跳ねる。
床板が古くなっているので、その音だと理解しても、なかなか心拍数が落ち着かない。
呼びに来ただけなのに、何か犯罪を犯した、犯人の心境に近い感覚を憶えてしまって、おかしくなった。
「ん・・・・・?」
「おじさん!」
くすくすと笑っている声が耳に入ったのか、身じろぎをして顔を上げる伯父に、呼びかける。
友人が来ていることを伝えると、にっこりと優しい顔で笑ってくれた。
「ありがとう。じゃあ一緒にいこうか」
その笑顔が心を暖かくしてくれる。
そわそわとした気持ちも、すべて包んで、優しい気持ちにさせてくれる。
これから変わっていってしまうだろう未来に対して、感傷的になっていた気持ちさえ、すべて。
「うん、やっぱり好きだなぁ、ここ」
「それは光栄」
ぽつりと呟いた言葉の意味は、たぶん分かってもらえていないけれど。
そんな、春の日の想い出。
========================
お題:「新緑」「ぷわんぷわん」「呼びに行く」
お題提供:たんぽぽ様
随分遅くなってしまいました><
でも、書けて良かったです♪
ありがとうございましたー
「ガラスの館」「柿色」「明るいほうへ導かれて」
2013年11月18日 ネタ帳 コメント (2)光が屈折する。
光が反射する。
そこには何も見えないのに、確かに存在する壁。
「ここは、君の心だよ」
どこからか声が聴こえる。
暖かいような、優しいような、冷たいような、怖いような。
辺りを見回しても、何も見えない。
だけど、不思議と圧迫感を感じないのは、それは開けているから。
空間はある。それでも、どこにもつながってはいない。
光は降り注ぐ、それでもどこへも行けはしない。
「よく似ているでしょ?」
くすくすと笑う声は、少年の様でいて、少女の様でいて、どこか大人びた気配も感じる。
反響するせいで、どこから声がかけられているのか、それは判断がつかない。
それでも、そこにいるような気がして、ノエルは一点を見つめた。
「これが私の心?」
「そうだよ」
「私の心は、もっと暗くてドロドロしてるよ」
それなのに、ここは明るくて、開けていて、緑もあって、優しくて暖かい。
「全然違うわ。こんなの私の心とは似つかない」
ノエルは首を振り、そしてまた同じ一点を見つめた。
光に溢れ、そして暖かい陽の光が届き、時折屈折の仕方によってはきらきらと虹色に輝く。
植物の象徴である緑も、ゆっくりと時が経過するように、芽吹きの若い緑から、最盛期の深い緑、そして黄色味を帯び、柿色や朱色に染まり、灰色になる。
それでも、また芽吹きの若い色へと戻る。季節は移ろい、止まることはないのだと、生命の営みを感じる。
こんな、綺麗な心ではない。
上を見上げれば、冬の澄んだ空気を髣髴とさせる青い空。真っ白な雲は、夏の様であり、わたあめのように溶けそうな雲もある。
あれが空であり、雲であるのか、それすらこの場所からは判断がつかない。
光の加減でそう見えているだけで、全く別のものなのかもしれない。
それでも、綺麗だな、と見上げてしまうくらいには、清々しい。
曇り空や雨が多いノエルの心とは似つかないと本人が思っても仕方がない。
「全然似てないよ」
視線をおとし、そう言葉を紡ぐノエルに、声は少し笑ったように思えた。
「似てるよ」
そして続ける。
「君の心は綺麗だよ。そして醜い」
声がそう言ったのと同時に、辺りが暗くなる。
それまで、見渡せていた世界は、結露した窓のように、曇って見えなくなった。
「君の心は澄んでいても、すぐに澱む」
こんな風に。
声は笑う。
「なにより、心を開いているようで、壁がある所なんてそっくり」
そして、壁は元の透明な、それでいて確かに存在する状態へと戻る。
「何ものにも染まり、何ものにも染まらない」
目まぐるしく世界の色が変わる。
世界を通じて、ガラスの在り方が変わっていく。
カメレオンが擬態するかのように、ガラスの存在は認知できなくなる。
「私は、周りばかり見てる自分が嫌なの。周りに合わせなきゃって不安になるのはもう嫌なのよ」
「ほんとに?」
「・・・・・・・」
「合わせてる、って思いこんでるんじゃない? 君は、君のままなのに」
周りを見てみなよ、と声が言う。
壁があって、中は何一つ変わっていない。
この空間の温度は変わらないし、景色は変わっても、空気は変わらない。
「君は君のまま、変わってないんだよ」
大事なところは、何一つ変わっていない。
壁を作るということは悪いことなのかもしれないが、それは自我を護るため、自分の意思を持っているということ。
確固たる信念を持っているということ。
周りに合わせるのは生きやすくするため。
いい悪いで判断することではないし、自分の意思を曲げない程度に合わせるのは、社会に適応するために必要なスキル。
「大丈夫、君の心は綺麗だよ」
声は言う。
社会の汚さに辟易しても、それに抗う術もなく従うだけ。
心は折れて、世界に絶望しても生きるために従うだけの毎日。
「君の心は、何ものにも侵されない」
消えかけていた蝋燭の灯りが、確かに胸の奥に灯った。
何のために生きているのか、合わせるだけの毎日が嫌だった。
それでも、誇りを持って、護ってきたものが、確かにある。
「さぁ、戻ろう」
目まぐるしく変わっていた景色に、確かにそれまでとは違う光を見つけた。
その方向へと、一歩踏み出す。
合わせているからといって、屈しているわけではない。
大事な本質まで、汚されてしまったわけではない。
「大丈夫」
明るいほうへ導かれるように歩みを進める。
あぁ、そういえばあの声はどこかで聴いた気がする。
遠のく意識の中、ノエルはそんなことを想った。
「・・・・・・・」
「ノエル・・・・!」
目を開ければ、視界いっぱいに大切なひと。
嫌なことが多くて、むしろ嫌なことばかりで、見失っていた大切なこと。
いつだって、支えてくれて、そして心配してくれていたひとがいること。
そしてなにより、自分という存在を、自分の心を、信じること。
『君の心は綺麗だよ』
犯罪を強要されても、嫌がらせを受けても、それでも、守り続けたものがある。
大切な友達が、ターゲットにされたとき、それまでどうでもよかった社会現象が、不快なものになった。
それだけは、どうしてもダメだと、守り続けて。
そして、自分がターゲットになっても、その守っていた対象からいじめられても、耐えた。
きっと、ここで立ち向かったりすれば、護りたかったものでさえ護れなくなる。
いままで、傍観者でいたことのつけがきたのだとそう思った。
傍観者であることの罪深さ、自分がターゲットにならないための予防線。
それでも、大切な友達を護るには、傍観者ではいられなかった。
必死で抵抗したノエルは、いつしか気に食わないと排除される側になった。
「ごめんね、ごめんね、ノエル・・・・!」
目の前で、ぽろぽろと涙をこぼす友人は、護りたかった対象。
こんな風に泣かせるためではなく、笑っていてほしくて、護りたかったのに。
最後まで守り切りたかったのに、途中で心が折れてしまったから、こんなにも泣かれるのか。
じゃあ、今度は最後まで護れるといい。
新たな決意を胸にノエルは心の底から笑った。
=======================
お題:「ガラスの館」「柿色」「明るいほうへ導かれて」
お題提供:たんぽぽ様
楽しんで書かせていただきました♪
ありがとうございましたー!
「猫」「麦」「まばたきをするのも惜しいくらいに」
2013年8月4日 ネタ帳 コメント (2)頬を風が撫ぜる。夕暮れの、黄昏で。
ついこの間まで、あんなにうっとうしく感じていた熱気を帯びた風が、いまは懐かしく感じるほど。
半そでよりも、長袖を着る機会が多くなったこの季節、朝夕の散歩が日課になっていて。
ついこの間まで青かった穂が、黄金色に色づいて、首を垂れていた。
「もう、秋、なんだなぁ」
そんなことを意味もなく呟いてしまうくらい、秋という季節は、なんとも云えない気分になる。
感傷的、切なくて、少し泣きたくなるような、そんな季節。
秋は美味しいものが多くて、涼しくて、とても倖せだと、倖せしか感じていなかったあの頃には、解らなかったこの感覚。
何故だか、胸がいっぱいになって、そして叫びだすのもためらわれて、ただ、気持ちだけが溢れていく。
「なーう?」
どこからか来た真っ白な猫が、足元にすり寄る。
熱くなった目頭を押さえて、その後下瞼に溜まった雫を、誤魔化すように指で強引に払った。
「ごめんね、何も持ってないよ?」
「なーう、なーう?」
しゃがんで視線を合わせてそういえば、単に人懐っこい猫なのか、それとも飼い猫なのか、すりすりと頬にすり寄る。
それは、まるでこちらを気遣うような、優しさを感じられる仕草で。
「お前、慰めてくれるの?」
よしよし、と頭を撫でる。すると身をくねらせて、自分のいい位置に手が当たるように移動した。
ここがいい、という意思表示をするように、見を摺り寄せてくる猫に、苦笑する。
自分も、これだけ自己主張ができれば、あの場所に居られただろうか。
遠い記憶の中、とても居心地が良い場所があった。
気持ちが良くて、倖せで、いつも笑っている自分がいた。
それでも、なぜか、それは続かなかった。
倖せだったのは、自分だけだったのだろうか。彼の気持ちは、いつから離れてしまったのだろうか。
いま考えても、答えなど出ることはないのだけれど。
『お前、ちゃんと自分のこと考えたことある?』
『え』
『これからどうすんのか、とか、そういう将来像? みたいなの』
『うーん、このままでいちゃだめなの?』
『やー、もう、だから、その具体的な』
焦れて、怒って、言葉を荒げて、最後には呆れられた。
たぶん、いつまでも定職に就かないから怒ってたんだと思う。
いつまでも、学生気分で、このままがいい、なんていうのを怒っていたんだろう。
彼は、職場の事情とやらで、遠くへと引っ越していった。私は後を追うこともできず、毎日、同じことを繰り返し。
「あー、寂しいなー」
叫びたい、けれど叫ぶほどの元気がない。
全てめちゃくちゃに壊してしまいたい。それほど、喪失感は大きくて。
壊してしまいたいけれど、こうやってすり寄ってくる猫を邪険にすることはできなくて、撫で繰り回す。
「なう!」
撫で方が気に食わなかったのか、ちょっと噛みつくような仕草をする。そうじゃない、こっちだ、と言いたげに身体を移動させて、スリ、とまた身を擦り付けてくる。
「ごめん・・・・・・」
上手な撫で方を知らなくて。
「ごめん」
上手な甘え方を知らなくて。
ぽたぽたと溢れる涙、嗚咽すら止めることはできない。
涙で視界が悪くなって、辺りのことなど気にならなくなり、しゃくりあげる。
時々怒って、それでも、優しくしてくれて、自分を導いてくれようとしてたのに。
その手を取れなかったのは、他でもない自分だ。
『お前、ちゃんとしろ! その気があるなら、この日の10時、ここへ来てくれ』
怒ったような、呆れたような声が怖くて。
待ち合わせ場所にいけなかった。行く資格がないような気がして。
ちゃんと、チャンスは残しておいてくれたのに。
ちゃんと、向き合う時間は与えてくれたのに。
「ごめんなさ・・・・・」
「そういうことは、本人目の前にして、本人の顔見て云えよな!」
聞き覚えのある声。まさか幻聴まで聞こえるようになっただろうか。
顔を上げれば、確かに見覚えのある顔。まさか幻覚まで見えるようになっただろうか。
会いたくて。声が聴きたくて。
何度電話を掛けようとして、諦めたことか。
ずっと、ずっと、怒ってるだろうな、呆れてるだろうな、嫌われてしまっただろうな、そんな風に思って。
その想いが強すぎて、こうやって幻影を視ているのだろうか。
「ゆーと?」
「・・・・・・人を幽霊みたいに見ないでくれるかな、サク」
いつもの声で、大好きな声で、皮肉めいたいつもの言葉。
それでも、記憶の中よりも、優しい笑顔。
呆気にとられた私の頭を、ぽんぽんっと優しく撫でてくれる。
会えた。
会えたの?
会えたんだ。
嬉しさが込み上げて、消えてしまうんじゃないかと怖くて、ユートをガン見する。
瞬きするのが惜しい。すごく長い間、目に入らなかった存在。
焼き付けなくては、また離れても、ずっと瞼の裏にユートがいるように。
長い手足、一重の瞳、触り心地のいい髪。
大好きで、大切で、失いたくない存在。
「ゆーとおおおおおおおお」
「あー、もう、ほら、泣かない! 相変わらず泣き虫だな」
呆れたような声。それでも、何もないよりはいい。
失って、このままではいけない、と思った。それでも、どうしたらいいのか、それが分からなかった。
もう、この手を離してはいけないのは解る。
このままでいい、なんていうのは、違う。
このままではよくない。絶対に、このままではいけない。
「ゆーと、ごめんなさい、あの、」
「うん、知ってる」
知ってる? どういうこと???
宥めるようにもう一度撫でられて、深呼吸を促される。
「俺も悪かった。まさか、あれで伝わらないと思わなくて」
「え?」
「あのな、転勤ついて来てほしかったんだ」
困ったように、眉を八の字にして顔を覗き込んでくるユートに、首を傾げた。
彼は、いつそんなことを行っただろうか。
いままで、ちゃんと彼の話を聴いてきたつもりだったけれど、どこかで間違えただろうか。
「転勤の話が来たけれど、お前がこっちにずっと住みたいとか、そういう希望があるなら、遠距離とかもあるし。
でも、やっぱり傍にいてほしくて。でもこればかりは俺の我儘だし」
「・・・・・・・?」
「で、お前の希望があるか聞こうと思ったら、『このままがいい』っつーし」
「え、でも、それは」
「一緒にいたいのか、このままここで暮らしたいのか、よくわかんねー云い方されて、正直参った」
「ごめ・・・」
「いや、俺も云い方が悪かったんだ。なぁ、俺はお前と一緒にいたい。お前は俺と一緒にいたい?」
「一緒に、いたい。離れるのは、もう嫌だ・・・・」
「うん、それが聴ければ充分だ」
そういって彼は満足そうに笑った。
そしてひとつひとつお互いに確認する。これから、どうやったら一緒にいられるのか。
どうやったら、二人で倖せになれるのか。
これからは、時間をかけてゆっくり、考えていけばいい。
=====================================
お題:「猫」「麦」「まばたきをするのも惜しいくらいに」
お題提供:たんぽぽ様
久々に恋愛色の強いものを書いたらよくわからないものに。
うーん、恋愛偏差値低いので、想像力を働かせて頑張りました。
倖せになれよー!
たんぽぽさん楽しませていただきました。ありがとうございました♪
「ミモザ」「ふにゃふにゃ」「結ぶ」
2013年3月18日 ネタ帳 コメント (2)「ねぇねぇ、見てー!」
あの香りを嗅いだのはいつだったか。
遠い記憶を呼び覚ます、鮮やかな黄色。
ゆで卵の黄身で作られたソレは、確かに記憶の中の植物にそっくりだった。
「懐かしいね」
自分たちが最初に出会った場所にもミモザが咲いていた。
正確には、ミモザではなく、フサアカシアらしい。
その証拠に、葉に触れてもお辞儀をしなかった。
葉の形状が似ているソレをどこの誰が間違ったのか、それは知らないが、少なくともミモザだと認識していた。
周りも似たようなものだから、植物学者以外は、そんなにこだわって植物を呼ぶこともないのだろう。
別れた女性は、真の強い、まっすぐなひとだった。
それでも薔薇のような棘はなく、曼珠沙華が一番彼女らしかったかもしれない。
ミモザのイメージは、目の前にいる彼女だろうか。
ふんわり、優しく、香り高く。
それでも触れればふにゃふにゃと身を縮ます、オジギソウのような。
笑顔の優しい、それでも、どこか頼りない―――
出会って、離れて、再会して。
どれだけの時を共に過ごしたか。
もう、思い出すのも億劫になるほどの時間を共有し、そして結ばれた約束。
彼女の笑顔のためにと絡められた指は、未だに解かれることはなく。
「あぁ、食べるのがもったいない」
自然と口角が上がってしまう。
長い時間一緒にいても、気づかないことはたくさんある。
それでも、考えていることは伝わってしまうこともある。
はたして、いまのは彼女に伝わっただろうか。
愛しくて、愛しくて
その花の匂いをかぎたい
愛しくて、愛しくて
その花の葉に触れたい
愛しくて、愛しくて
その花の名を呼びたい
愛しくて、愛しくて
その花の蜜を吸いたい
卵の黄身のサラダは、食べてしまえば目の前から消えてしまう。
そんな当たり前のことを考えてしまうくらいには邪な生き物。
だから、大事に、大切にしたいと思う。
また一緒にミモザを見に行けるように。
大事にしていきたい。
========================
お題:「ミモザ」「ふにゃふにゃ」「結ぶ」
お題提供:たんぽぽ様
久々にシリーズではなく短編。
なのに、久々なのに少しR指定ですみません。
ぼかした上に白文字なので許してください。
なんでだろう、何年経っても、大好きで触れていたい。
そんな気持ちを持ち続けられる関係って素敵だな、って思ったら
そんな表現になりました。
うん、無色透明に近い感じですが、一応個人的に頑張った・・・!
ふんわかプラトニックも大好きですが、らぶらぶも大好きです。
ほんのり切ないのも大好きですが、らぶらぶも大好きです。
たんぽぽさん、お題ありがとうございましたー
「蛍」「約束してました」「虹色」
2012年10月12日 ネタ帳 コメント (2)がさり、と物音がして振り返る。
落ち葉が降り積もるこの場所で、気配を消すのは難しい。
黙ってこちらを窺っていたらしき気配は、こちらが気づいたと知ると観念したように出てきた。
軽くため息をついて、視線を元々見ていた方向へ戻すと、アキラは口を開く。
「ここは変わらないね」
「うん、そうだね」
何年ぶりの再会だったか、その記憶すら曖昧で。
あどけない少年だと思っていたサザナミは、面影はあるものの、いまは壮年。
口調こそ当時に戻っているが、普段は年相応の物言いができるようになっただろう。
月明かりが揺れる水面に、はらり、と紅葉が舞い落ちる。闇の中に青白い光がゆらゆらと飛んでいる。
こんな、秋の夜長を、のんびりと楽しめるほど、ここの情勢は落ち着いた。
混乱の最中、すこしでも日常を、と求めて、いっとき戦いを忘れたこの場所で、またサザナミに出会おうとは。
アキラは視線を動かさないまま、隣にいる旧友に問う。
「彼女とはうまくやってるのか?」
「うん、それなりに」
一生をかけて守り抜くと誓った相手に対して、それなりに、とは。
それでも、穏やかな気配からは、ふたりが不仲だというのは感じ取れない。
大人になって、正面切って愛だの恋だの主張しなくても、お互いにそれを信じていける関係になったのだろう。
それだけの月日を、ふたりは積み重ねてきたのだ。
「アキラ、帰ってこないの?」
「あー、それはまずいだろ」
笑っているものの、苦いものがこみ上げて、泣き笑いにならないようにするのが精いっぱい。
ここは変わらない。そして、アキラ自身も変わらない。
当時のままの容姿で、当時のままの生を。
人間とは、自分と異質のものに畏怖を抱き、排除しようとする。それが迫害であり、それが差別だ。
マジョリティにある人間は、数的優位にあるほうが正しいのだと信じて疑わない。
それならば、いまこの国にある平和は、偽りだろうか。
あの戦いで、圧倒的に数が少ない状態だったサザナミの軍が勝利を勝ち取ったのは、間違いだったというだろうか。
平和と、そして国民の幸福感と。
一部の上層部の道楽のために、自分たちは生きているのではないと。上の都合で殺されてなるものか、と。
邪魔になったから殺されそうになったサザナミの兄が、抵抗を続け、護りたいと思った人々を、護ったサザナミを、誰が責めることができるだろう。
ひとは、生きたいと願い、生きるもの。
それを、多少の犠牲は仕方ないと、未来の生贄にする上層部。
生贄で創られた未来は、いつの時代も生贄が必要になる。
誰かが犠牲になって、誰かが泣いているのに目を瞑って、自分たちの未来を創るなど、本当に正しいのか?
正義などは語ってはならない、自分たちもまた、他人のイノチを奪ってきたのだから。
あちらの兵士たちも、自分たちの生活があり、自分たちの家族のために戦ったのだろう。その行く末がどんなものになるのか、薄々気づいていたはずだ。
それでも、傍にいるひとたちを泣かせる訳にいかない、そう思って戦っていたはず。その信念はサザナミたちとなんら変わらない。
目指す場所が、生贄を必要とする未来なのか、誰も犠牲にならないですむ未来なのか、それが決定的に違っただけだ。
戦禍に巻き込まれたひとたちは、戦争を始めた人間を憎んだ。戦争を続ける人間を恨んだ。それでも、ひとびとが選んだのはサザナミたちだった。
同じ痛みなら、未来に遺す訳にはいかない。
そう願って、時には残忍な決断をしたアキラは、戦いの後、どこへともなく姿を消していたのだ。
サザナミは、記憶と違わない姿、違わない懐かしい声に目を細めると、あの頃より断然低くなったアキラの頭を撫でる。
アキラは変わらない。サザナミの背が伸びたことによって、身長差が開いただけだ。
「つらい?」
「いや、つらくはない。成長しないのは、理解してたし、これからだって変わらない」
撫でられるまま、こちらを見上げてくるアキラに、手を伸ばす。
後頭部を掴んで抱き寄せる。あの頃は知らなかったから、乱暴だった抱擁も、いまなら優しくしようと思える。
「僕は、つらいよ。アキラが平気だっていうのがつらい」
「サザ?」
「いつか、僕は君より先にいなくなる。二度と君に会えなくなる。戦友はあの世で会おうと約束してきたけれど、君とはもう会えなくなるんだ」
「・・・・・・」
「僕の大事な親友が、僕の居ない世界で泣いていないか心配だ。でも、僕の死を悲しまないのも、少し寂しい」
我儘だよね、そういってアキラの耳元で笑う。
されるがまま、黙って俯いているアキラに、サザナミは一旦腕に力を込めると、身体を放し、顔を見られないように反対を向いた。
「君はまだまだ生きるじゃないか」
「それでも、君は、僕の居ない世界でずっと生きていかなきゃいけない」
涙声になるのをなんとか抑えて、込み上げてくるものを全て吐き出した。
一緒にいたころは、アキラが抱えているものなど、なにも見えてはいなかった。
サザナミの軍師が以前いた軍に、アキラもいた、ということは知っていたが、戦後彼にアキラのことを訊けば、どうやら歳をとっていないことに思い至った。
まだ若かった彼は、親しいひとを亡くして泣いているアキラを慰める術がなかったと後悔していた。
一人前の軍師として名が知れている彼の修業時代、となると、どうみてもサザナミと同い年にしか見えないアキラが上官であるのは、考えにくい。
しかも、彼もアキラのことを『変わらない』と評していた。
自ら死を選ぶことはできるらしいが、サザナミが知る限り、アキラはそれをする人間ではない。
たくさんの死を見送ってきたのだろう。どれだけの悲しみを胸に秘めているのだろう。
考えても、想像しても、それはきっと、まったく足らない。
想像を絶する痛みを抱える親友を想って、サザナミは苦しくて泣き叫んだ。
気づかなかった自分の未熟さと、傍で支えてやれない自分の選択と。
自分の横で、笑ってくれていた、アキラの強さと優しさを。
痛いほどの想いが胸をかけ巡り、彼女を心配させた。
やがて、それは落ち着いたけれど、それでも忘れることはなかった。
アキラという親友がいてくれたことを。
「アキラ」
「・・・・・・?」
「もしも、僕の訃報を聴いたら会いに来て」
「サザ」
「まだまだ生きるつもりだけど、それでも、最期に会いたい」
そういって振り返ったサザナミの笑顔は、月明かりに照らされていた。
季節外れの蛍が飛び交う中、タイムスリップしたような感覚を覚えて、アキラは目を閉じた。
「・・・・・・おや、墓参りですか、お若いの」
「えぇ。それにしても、たくさんのお供えですね」
「ここはこの国の英雄の墓。皆彼を慕っていた。いい男だった」
「そうですね」
「・・・・・・? 貴女のようにお若い方は戦争のことなど憶えていないでしょうに」
「それでも」
約束してましたから、と微笑む女性に、老人は頷く。
雨の降る足場の悪い道を、この小高い丘に造られた墓標に向かって歩いてくる間に雨は上がり、到着したときには、きらきらと雨粒が光っていた。
供えられた花や食べ物は、彼の死後20年経っても、途絶えることはないらしい。
いつの間にか空には虹がかかり、小鳥は囀り。
太陽のようだったサザナミが、その場所を暖かく護っているようで。すべてを護りたいと願い、護った彼が、死後もなお、そこにいるかのように。
=========================
お題:「蛍」「約束してました」「虹色」
お題提供:たんぽぽ様
キャラ出典:『月の夜に落ちた君』『戦禍の村』他から軍師補佐アキラ、軍主サザナミ
久々にアキラたちを書いてみて、ん・・・?と。
お題的に、再会をイメージしていたのですが、なにやら・・・・・・
元々のアキラの設定からして、サザナミの没後に彼の墓参りに行けるかどうか、それはまだ詰めていないのでわからないのですが
まぁ、IF設定で、これもアリということで。
背の低いことが何気にコンプレックスだったサザナミも、戦後にまだ成長が続いて随分男らしくなったようです。
なのにこの口調、ってちょっと違和感・・・?
アキラの隣だから、ということでご容赦を。
うん、やはりもっときちんとあの話は書きたいな。
たんぽぽさん、更新に気付かずになかなか作品が書けずすみません!
すごく楽しんで書かせていただきましたvv
「ミカちゃんミカちゃん」
「あ? なんだよ」
「ミカちゃんはどうしてミカちゃんなの?」
「俺が俺である理由なんて、ひとつで十分だ」
「?」
「お前を好きでいるため」
「えーっと、じゃあ好きな食べ物はー?」
「・・・・・・」
(気づけよ、おい)
「お休み。また来年」
「あ、もうそんな時間なんだ」
「うん、また来年のこの時期に」
「じゃあ、ゆっくりおやすみ」
「いつでも見守ってるから、無茶だけはしちゃダメだよ」
「うん、じゃあ、無理する」
「って、反省する気無いんだね」
「心配してくれるのは嬉しいよ、ありがとう。ジンブレ」
「じゃあね」
(嬉しそうに笑う君のことを護りたいと願った)
「小枝凪さん」
「はい?」
「今日お食事どうかしら」
「すみません、妹と約束してまして」
「妹さん?」
「ええ。毎年今日は一緒に過ごすんです」
「仲がよろしいのね」
「ええ、とってもかわいいですよ」
「じゃ、また今度」
「・・・・・・ふぅ」
「兄さん、僕約束なんてしてへんで?」
「悪い、でも他に断る理由が見つからなかったんだ」
「そんなん、奥さんと過ごすから、ていうたらええやんかー」
「・・・・・・」
(俺が既婚者だということを、みんな忘れてしまう)
「香さん!」
「坂下さん!」
「待ちに待ちましたね!」
「「やっとこの日がきた!」(ました!)」
(これで懐もほかほか、心もほかほか)
「ねー、アキラ」
「なに、暇なんだったら掃除手伝いなよ」
「うーん、なんで大掃除??」
「年末だから」
「感謝祭はやらなかったのに、掃除はするんだ」
「昨日は軍議で忙しかったでしょ。ここ終わったらレストランだから」
「ちぇーっ」
「早くしないと日が暮れちゃうよ」
(君を喜ばすために、ちょっと君を悲しませる僕は悪い奴?)
「フリックさんフリックさん」
「どうした?」
「見てください、雪です!」
「冷えると思ったら」
「綺麗ですねえ」
「・・・・・・そう、だな」
(空を見上げるお前の顔が、とても綺麗で)
「紘人さん!」
「おお、ただいま」
「わぁ、手が冷たい! 手袋してたんじゃなかったんですか??」
「ほれ」
「・・・・・・ゆきうさぎ?」
「玄関前で作ったから冷えたかな」
「かわいい。かわいい、かわいい・・・!」
「そんなに喜んでくれるとは光栄な」
「冷蔵庫? 冷凍庫??」
「そのままでいいんじゃないですか、お嬢さん」
「えー、すぐ溶けちゃいますよ??」
「雪が溶けたら、笑ってくれ」
(中に入った本当のプレゼント、受け取って欲しいから)
=========================
こうやって書くと、それでなくとも多い脳内の主人公たちが
更に増殖して輝きを放つので、疲れるんですが
でもやっぱり定期的に思い出さないと
いざ書くときに戸惑うという。
既出じゃないキャラもちらほらいますが、ソコハソレ。
ふと、ソラをみる。
ぽつり、ぽつりと降っていた雨はやんで、雪空。
ところどころ雲が薄いのか、月がそらを照らす。
太陽じゃなくて、月。
夜の光景は、まるで僕と君のようで。
この関係が、すごく嬉しい。
太陽ほど暑苦しくなく、雨ほど寒くなく。
静かに世界を包む月明かり。
いま君に、つながるかな。
数回のコール音の後、君の声が聴こえる。
眠っていたのか、寝ぼけた声に、胸が愛しさであたたかくなる。
昼間なら、ブルーイッシュグレーの空も、今は紺と黒を混ぜたような暗さで。
明るい光は、あの月だけ。
そんな薄明かりの中、君は告げる。
「また、会えたね」
その言葉に首を傾げれば、頬を涙が伝う。
君の言葉に、癒されて、胸がいっぱいになって。
嬉しくて、流す涙は、本当に久しぶりで。
「君のその顔、嫌いじゃないよ」
まるで見て来たかのように伝えてくれるから。
泣いていないよ、と泣いたまま伝える。
そうすれば、君は笑うから。
僕も、君の泣いているような笑顔、嫌いじゃないよ。
だけど、それは教えてあげない。
お題:「泣いているような笑顔で」「薄明かり」「ブルーイッシュグレー」(鴨川鼠)
お題提供:たんぽぽ様
ものっそ短文で失礼しまっす。
『僕』がやっていたのは携帯ではなく、ゲームという裏設定があり
『君』はゲームの中のカレンダーでセリフをくれる『ソラ』という裏設定。
ある意味、ものっそオタクな風景であります。
『君』のセリフがものっそ少ないのに、ここまで想像できるって素晴らしいですね。
恋愛ゲーム恐るべし。
っていうのは冗談で。
こんな雰囲気好きなのです。
太陽じゃなくても、月でも僕を包んでくれる君が愛しい。
訪れる冬の気配に、僕は足を止めた。
目の前を通り過ぎた葉っぱにつられて足元に視線を落とせば、一面落ち葉の絨毯。
踏み知ればざくざくと音が鳴るのに、どうして今まで気づかなかったんだろう。
悪い思考を頭から追いやって、空を見上げる。
息が白く霞むのに、ポケットに突っ込んだ掌を口元まで持ってきて、はあっと息を吐く。
その間も、視線は青い空。
澄み切った青が、高い位置に存在するオゾンの色だとは知っている。
その青が人間にとって毒だということも知っている。
長時間いたら毒だけど、ホントは少しそこに存在したいと思っている。
病院なんかでオゾンを使って殺菌してるから、きっと、ちょっといたくらいでは死なない。
長期間、大量に浴び続ければ人間にとって毒になるものは、自然界に山ほどあるんだ。
塩だって砂糖だって、過剰摂取は毒。
水でさえ毒。
でも、人間は、それらを摂らないと存在できない生き物だ。
降り注ぐ太陽の光も、浴び過ぎれば皮膚癌になる。
でも、僕ら人間は、太陽の光でビタミンを作りだしているし、体調を整える。
自然界に存在する元素はたくさん。
そして、その中には放射性元素もある。
でもね、普通に暮らしている限り、特に害はなかったんだよ。
自然界で存在している分には、問題ない。
それに、同じ元素でも、放射性じゃないものもある。
中性子の数が違うと、その元素の性質が変わることを知らない人が多すぎる。
酸素といったって、オゾンとして存在すれば、また形が違うように。
燐と云ったって、黄燐、赤燐で性質が違うように。
確かに危険は大きいけれど、それですべてが怖い、なんてのはおかしいよね。
ちゃんと知らないから、怖いんだよ。
きっと、きっと、きっと。
みんな怖いんだよね。知らないことに恐怖を憶えてる。
だから、自分の得体のしれないものを無暗に怖がって、理解できないものを否定して。
目が見えないひとの苦しみを想像できない。
耳が聞こえない人の苦しみを想像できない。
心が痛い人の苦しみを想像できない。
きっと、きっと、きっと。
きちんと知ったらそのひとに優しくなれるはずなのに。
あなたはとても優しいひとのはずなのに。
『知らない』ということが、あなたに恐怖を駆り立てて、人間として否定する。
同じ種だと思わなければ、動物やウィルスや、果ては自然災害とでも思えば、それが存在することを認められる。
そんなの、寂しい。
人間はちっぽけで弱くて、そして何より怖がりだ。
葉を落とす木々のように、それでもそれが生業だからと自分自身を受け入れられない。
落葉樹は常緑樹のことを羨んだりしないし、自分のことを卑下したりしない。
自分は自分。違うから存在している。
この道の先のエバーグリーンの葉を見ても、きっと誰も怒らない。
なんでお前は冬なのに葉を落とさないんだ、なんていわない。
なんで紅葉しないんだ、ともいわない。
だって、それが自然で、それがあるべき姿だから。
ふと、鼻腔をくすぐる、ふんわりと甘い香り。
それにつられて視線を動かせば、そこには君がいて。
ねぇ、僕は君に何ができる?
優しく微笑む君の腕には、愛すべき、愛しい存在も一緒にいて。
その笑顔を見ると思うんだ。
大丈夫、きっとうまくいく。
根拠はない。だけど、きっとうまくいく気がする。
きっと、未来の君のために、うまくいかなきゃ、困るから。
お題:「根拠はない、だけど、きっとうまくいく気がする」「エバーグリーン」「ふんわり」
お題提供:たんぽぽ様
お題をもう一度使わせていただきました。
最近、一人称で書く機会が多くてですね。
ここでも一人称を使ってしまいました。
別に海梨さんは原発を擁護するわけではないです。
ただ、自然に存在する元素まで怖いなんて言うな、と思ってるんです。
まぁ、知らないことはとても怖いですからね。
でも、無知のままに『怖い怖い』ということなら、幼児にでもできます。
学ぶ術を持っているなら、もっと、自分が納得できるまで知るべきだと思うんです。
確かに、怖い部分はあるけれど、全てを否定するのはよくない。
そういう考え方、好きじゃないです。
病気に理解がないひとがいう、心無い言葉ほど、呆れるものはないし
どうして、想像力があるはずなのに、痛みによりそうことができるはずなのに
能力的に可能なのに、それをしないんだろう、と。
勿論、痛みを分け合うとかいって、無暗に放射ガレキを拡散させるのはどうかと思います。
未来は、きっと明るいと信じて。
欠けているところを、補えるひとがたくさんいて
そして、みんなが笑って過ごせますように。
「どうした?」
難しい表情をする私に、動きを止めて、顔を覗き込んでくる。
こちらを窺う瞳が僅かに揺れているのに気づいた。
「な、なんでもないです!」
こちらを気遣ってくれるのは嬉しいけれど、気づけばこの距離があまりにも近くて、心臓がもたない。
自分でも驚くくらいおかしな声が、自分の声帯から出ているのがわかって、顔が熱くなる。
それでも、フリックさんは、こちらを見ることをやめてくれなくて。
「ホントにどうした?」
鼻が触れ合うほど近くで、吐息が唇にかかるほど近くで、そう問いかけるものだから。
私はとうとう観念して、ギブアップ宣言をする。
「いや、もう、ホントにだめです」
「ん?」
「すみません、無理しました。ごめんなさい」
そう告げれば、よく云えました、とばかりに頭をぽんっと撫でられる。
現在、熱に浮かされつつ、それでも食事をとっている最中で。
それでも、宿のひとに、私の胃腸の弱さなんてわからないのは当然のことで。
「完食するのはえらいが、そのあと腹痛に耐え切れずに吐くんじゃ、体力削るだろうに」
すごく呆れたように吐き出されるため息が痛い。
宿のひとが好意で作ってくれたものを先刻吐いてしまったのだ。
それで、フリックさんが厨房を借りて、おかゆを作ってきてくれた。
「それに、俺にまで隠すな」
「すみません・・・・・・」
心配してくれたのがわかっているから、二の句が継げない。
しょぼん、と肩を落とす私の隣に座って、フリックさんはまた、ぽんぽんと背中を撫でる。
そこまで落ち込む必要はないと、心配していただけだと云ってくれる。
「お前はもっと俺を頼ればいい」
その言葉に、はっと目を見開く。
『お前は』って云うのは、私とオデッサさんを比べているのだろうか。
そう考えてしまって、匙が止まる。
その様子を変に思ったのか、フリックさんが、どうかしたのかと訊いてくるけれど、それは訊けない。
「うーん」
「まだだるいか?」
その言葉には、軽く首を振って、昨日の礼を云う。
なんだかふたりで旅をするようになって、フリックさんは私の扱いがうまくなったような気がする。
「フリックさんは風邪ひきませんねー」
「俺が体調崩したら誰がお前の面倒見るんだ」
苦笑いでそう答えてくれたのは、きちんと優しさが乗っていて。
私は思わず満面の笑みを浮かべた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
フリックさんとは後々こういうような関係になる予定のヒロインを作ってる段階。