吐き気

2004年6月28日 ネタ帳
 気持ち悪い・・・

 勢いよく立ち上がった所為で一瞬目眩がするが何とか立ち直り、担当教師に何も言わずバタバタと口を片手で押さえたままトイレへと駆け込む。
 幸い隣の教室だったからよかった物の、もう少し遅れていたら吐瀉物をぶちまけてた所だ。とりあえずギリギリセーフ。しかし未だ襲ってくる吐き気の波に洋式トイレでガバガバと景気よく吐いていると朝食がよく噛み砕いたにも拘らず、形と色を残したままで出てきている様が見えた。

 やっぱりまだ朝食は無理か・・・

 夕食まで出てきてない分だけマシかと思いつつ、出て来るのが胃液だけになった事を確認すると盛大なため息をつく。学校に着いて、しかも3限目過ぎた辺りで吐くってどうですか。大きな音を立てて流れる水に軽蔑の目を向けてみるが、それは自分自身の問題だ。もっと早く吐いてくれれば胃も負担が少なかったろうに。そんな事を思いつつも、うがいをして、取り敢えずは落ち着く。
 ストレスからくる胃弱体質。最近は調子が良くて吐かなかったと言うのに『朝食』を胃は受け付けないらしい。今まで反応がなかったのは、まだ食べ物が胃に入ったと認識されてなかったからなのかも知れない。
 そうなら話は別だ。胃の働きが鈍い所為でまともにご飯を食べられるのは夕飯位で、胃の精密検査を受けた時、まだ前夜食べた物が残っていた事がある。検査を受けたのは殆ど正午だったから、丸々半日以上掛けても食べた物を消化できないという事。
 その頃に比べたらまだ、朝食が出てきた位で驚いてはいけない。2、3時間形を留めているなんて私の胃にとってはそれこそ『朝飯前』なのだ。
 しかし何故今頃になって吐いてしまったのか、それがどうにも解せない。しかし派手に教室を飛び出してきてしまった手前教室に戻るのもなんだろう、という気がしてならない。しかも隣だから嘔吐の音も聞こえている。授業に集中しててくれ、受験生諸君。
 教室の手前で担当教師を呼び、保健室に直行する旨を伝える。自分でも確認したが、壮絶な顔色をしている私に気遣いの言葉と付き添いの必要性を訊いたが、一人で大丈夫だと返す。いつもこうなのだ。吐く為のエネルギー消費量は半端じゃない。そしてその間殆ど吐きっ放しな訳だから酸素不足になる。
 酸欠状態の顔と、エネルギー源が去った後でげっそりとしてしまった顔とは、精神的には元気なので似ても似つかない物だろう。この時間にこれが初めてなのもまずい。午後の授業ならば、昼に食べた物を吐く事が多々あったから。たまに慣れない事=朝食を食べたりするからこうなるんだ。
 大抵午後の先生方は、私がトイレに直行した時点で、また保健室行きだな、と思ってくれる。だから私も気兼ねなくフラフラと1人で行くのだが。さすがに初体験の相手にはちゃんとその事を言っておかないとまずいと思い1人呼び出した訳だが、心配性な性格なのか一向に保健室へと向かわせてくれない。
「私の事はいつもの事ですから。先生は授業に戻ってください」
 そう言ってみれば、先生も渋々納得したようで。途中また吐き気の波が襲ってくるが必死で抑える。頼りなげに歩いていれば、午後担当教師がその時間は空いているのか途中で、大丈夫か?と声を掛けてくる。それに手をヒラヒラと振りながら苦笑を返せば、相手も苦笑する。
 そう、いつもの事だから。心配ないんだ。
「センセー?居ます??」
 保健室のドアを音を立てて開ける。すべりが悪いよここの戸。ゆっくりと静かに戸を閉めてソファに腰掛ける。
「あら、珍しいのね、こんな時間に?」
「最近調子良かったから調子に乗って朝食食べてみたんです。そしたら・・・」
 吐くマネをしながら自分の体の事ながら呆れ返る。先生もそれに苦笑するといつもの保健室利用カードを差し出す。手馴れた手つきで、そこに記入し、熱も測って記入する。37.5℃。まぁ、微熱といえば微熱か。36度台前半が平熱だから。
 そんな事を考えつつ、先生にそれを渡すと、もう一度盛大なため息をつく。
「そんなんじゃ体が持たないわよ?病院に行って点滴してもらった方が良いんじゃない?」
「病院嫌いなんです。点滴はして貰った方が良いんだろうけど。とりあえず夕飯でできるだけ栄養素とって、それからサプリメント飲むしか無いですかね。とりあえず今の所錠剤は吐いてないんで。でもサプリメントでも飲むと腹痛くなるんですよね」
 胃が受け付けない。でも精密検査をした所で異常は見つけられない。胃の働きが鈍っているとしか内科では診断されない。メンタル面での治療は素直に受けているものの、いまいち効果が無い。休みの日にブランチとして胃に入れた時は、収まったのが不思議だった。
 お腹は空く。けれど食べるのが怖い。寧ろ他の人に食べてもらった方が料理も、食材も喜ぶ気がする。後々外に出されて栄養分も何もそのまま水に流されるよりは。自嘲気味に笑って見せると、先生はそんな風に思わない方が良いと優しく言った。
「横になる?それともお腹温めとく?」
「あー、横になるのは喘息併発してるんで止めときます。毛布在ったらお腹に掛けときたいんですけど」
 保健室の本棚から本をとりながら先生と会話する。本を読む位の体力はある。ここに来る度に色々な本を家捜しする。そろそろ部屋にある全ての本を読みつくした頃見かねて先生は長編の推理小説やらホラーやらファンタジーやらエッセイ集やら、たくさんの本を保健室においておくようになった。
 ソファに身を預けて、足を上げたままそこに毛布を掛けるのがスタイル。授業に出ていたからといって、これといって問題は無いのだけれど、受験シーズンのこの時期、周りに迷惑掛ける事だけはしたくない。
 暫く読んでると、先生が紅茶を淹れてくれた。先生が誰か海外出張に行った時のお土産でパッケージには怪しげな文字が並んでいるけれど、香りはそんなに悪くない。何も入れないままそのまま 一口含んでみると、ちょっと柑橘系の味のする紅茶だった。
 砂糖をいれて、スプーンで混ぜる。いつものように紅茶を飲み干して、また本に戻る。その内に睡魔が襲ってきて・・・だけどその眠気も一気に次の瞬間掻き消された。

 傍にあったティッシュの箱を引き寄せて乱暴に何枚か取り出すのがやっとだった。それを口に当てるか当てないかの時に波は過ぎ去ったと思っていたが胃から出てくる、酸っぱくて苦い味覚に咽返る。胃酸を含む液ではなく、そこには鉄の味がする物も混ざっていた。先生も状況の変化を察したのか、振り返り、少し青ざめた表情を見せた。
「センセー・・・苦しい・・・」
 いつもなら言わない弱音を先生と目があった瞬間に口にする。嘔吐と吐血を繰り返しながら掠れた小さな声で紡がれた言葉は先生に届いたのか疑問だったけれど、その言葉と同時に我に返った様子で、何処かへ電話をしている姿が眼に映った。

 数時間後、私は病院のベッドの上でうっすらと目を覚ました。気を失っていたようで朦朧とする意識の中で色んな物に繋がれているのを感じた。
 口には酸素補給の為のマスクと、腕には栄養補給の為の点滴と。胸には心電図まで取り付けられていた。
 亡くなる間際の祖父の様だ。祖父はこれ以上の物に繋がれていたけれど。麻酔薬でも点滴に入っているのか無性に眠い。このまま永遠に横たわっているのも悪くないかも知れないそう思って私は瞳を閉じた。

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