『許さない国』
防衛線は始めに展開した時よりも後退している。国の城壁が、もう肉眼でも見えるようになってしまった。
脅えたような瞳が多くなりながら、自分たちには、相手を傷つける術は無い。
食料も、滞ってきている。戦争自体を望まない市民達が、クーデターでも起こして、食料が尽きてきているのだろうか。
寒い、寒い・・・相手から受けた傷口が化膿している。もう、目も霞んできた。医療班はもうとっくに撤退していたっけ。
ひっきりなしに矢が飛んでくる。それを拾い集めて、自分たちは火を起こす。
自分たちはそれを武器として使ってはならないのだ。
よろめく足で、地面に足をつけて踏ん張って、やっと、やっとで敵の前に立ち塞がる。
薙ぎ倒されるかもしれない、それでも、護りたい。
ドサッという音が聞こえた。嗚呼、また味方が倒れたのか、そう思った。
でも違った。違ったんだ。
必死で掴んだ馬の足。暴れた馬の背から落ちた男。落ちたショックで、どうも内臓をやられたらしい。
起き上がりもせず、横になったまま血反吐を吐く男に駆け寄る。よろめくその足で。
「殺せ、どうせ俺はもう長くは無い」
そう言って自らの剣を自分に渡す男の瞳は、濁っていたが、決意が現れていた。
「・・・・」
柄を持って、その重たさに思わず落としてしまう。男は、その様に苦笑していた。
もう一度、手にとって持ち直すが、手が震えて剣はカタカタと音を立てる。
「急所はココだ。外すなよ」
喧騒の中でも確かにはっきりと聴き取れるその声は、どうしても死に行く者の声には聴こえなかった。
「お、俺には出来ない・・・」
そう一言呟くと、男は観念したように一言、そうか・・・と言った。
「なら、俺を殺してくれる『誰か』を探すしかないな。お前、適当な、お前より出世欲のある奴をつれて来い」
戦争なら、戦果を上げた者が上に行くのが当り前だと言わんばかりのその言い草に、自分は恐ろしくて震えてしまった。
確かに、その男の言う通り、自分はこの男の最期を告げるのにはふさわしくないだろう。だが―――・・・
「・・・俺たちの国にはそんな奴は居ない」
彼らは気づいていなかったのか。自分たちが何も仕掛けてこない事を。強固な壁を作り上げるだけで、何も武器を持っていないことを。
国に帰れば刃物はある。狩をするための矢や銛もある。鉄工業が進んでいないわけではない。
それでも―――――
「俺たちは人を殺せば、皆自決する。自ら命を絶ちたいと願う者は、ここには居ない」
男は驚いて、細めていた目を見開いた。
「それが例え、戦争だとしてもか?」
「戦争だろうが、何だろうが、そんなのは関係無い。人を殺せば、自分も死ぬ。
たった1人、それが過失だったとしてもだ。
俺は自分の家族を悲しませたくない。だから、お前を手に掛ける事は出来ない。
他の奴らも、皆同じだ。死にたいなら、同胞にやって貰え」
喋っていると意識がまた朦朧としてきた。そのまま、重力に逆らわずに倒れこめば、やはりこの男が地面に落ちた時と同様、鈍い音がした。
「まぁ、お前がこのまま死んでしまったら、どっちにしろ俺はどうせ死ぬがな」
その男の最期を見取ってやれないが、今はもう、意識を保っている事さえ困難だ。荒い息遣いが隣で聴こえる。
自分のも頭の中でやけに反響して、煩い。脈打つ音も、息遣いも、煩い。
「被告人に死刑を言い渡す」
隣に寝ていたはずの男は息を引きとって、どうして自分は生きていたのだろう。
自責の念が、胸を突き上げる。
結局自分は家族を悲しませる事になったし、あの男の願いも叶えてやる事は出来なかった。
首吊りの前、一緒にいた同胞がただ一つの真実を伝えてくれた。
『あの男は致命傷を負いながら、陣地まで運んでくれた。それで、お前の命は助かったんだ』
ああ、そうか。だからなのか。自分もあの男を相手の陣地に送ってやればよかったのか。
そうすれば少なくともこの自責の念は、無かっただろう。
「でもまぁ、どっちにしろ俺が死ぬ事に変わりは無いがな」
相手に殺されるか、あのまま放置されて出血多量か、今目の前にある壇上の縄に首をかけるのか。
最期は人を助けたかったかな・・・そんな風に思ってしまった。
そして俺は深呼吸を一つして、台に足をかけた。
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救われない話だな・・・
戦場で、人を殺した数だけ勲章なんておかしい。
戦争なんて、無くなってしまえば良いのに。
そんな事を考えながら書いてた。直でごめんなさい。
暗くてごめんなさい。あー、何でだろう。
まぁ、自殺も自分と言う人間を殺すという点では
人殺しなのかもしれない、なんて思いながら。
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