朝霧の中

2008年6月28日 ネタ帳
 
 
 
 
 
 いつものように朝陽が昇る前に起きた自分は、包まっていた毛布を几帳面にたたんで、寝ぼけたままの状態で水場へ向かった。
 朝露に濡れたまだ陽の当たらない草たちをきしきしと踏みしめて、十分に湿り気を帯びた空気を吸い込みつつ進むと、木々が分かれ、開けた場所に出た。

「あ」

 小さな湖の中で水浴びしている人影を見つけて、思わずどこか隠れる場所はないものか、と辺りを見回す。
 それでも、そこは明らかに開けていて、岩らしいものもなければ、木の陰に隠れようと思っても約5メートルは来た道を戻らなければならない。
 仕方なし。自分は悪くない、悪くない。
 そう自分に言い聞かせても、良心が痛む。他人の入浴、この場合は水浴びだが、を見るなんて、よっぽど気心知れた人以外はない。
 公衆浴場なら別だけれど。

 そして、取り敢えずは見ないように、湖には背中を向けて立つ。
 幸いなことに、人影こそ見えど、この朝霧の中では相手が誰なのかは判らない。
 早くこちらに気づいて、出てくれれば、と思うものの、こんな森の中で、静かに水浴びをしているのを邪魔するのも気が引ける。
 確か前の村からここまで3日程かかったはずだ。それまで立ち寄れる場所はなく、湧き水があるおかげで飲み水には困らなかったが、ここまで茶店の一つもなかったのだから、ここで旅の疲れや泥を落としたい気持ちも解るから。

 東の方角が、少しずつ色を変えていく。霧も少しずつ薄れてきた。

「あれ、お前、何やってんの?」

 カサ、と低木が揺れる音がして、驚いてそちらを見やると、見慣れた旅仲間が。
 だが、問題はそこではない。そう思ったときの反応は早かった。

「しーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「な、なんなんだ???」

 素早く立ち、仲間の肩を腕で引き寄せて、その場にしゃがみ込ませる。
 全く事情がつかめず目を白黒させているこいつには悪いが、声を潜めるように注意する。

「ひと、いるだろ?」
「??」
「水浴び中!」

 潜めている所為でかすれた声で怒鳴ってみても、凄みがなかったのか、相手はきょとんと首を傾げた。
 挙句の果てには、湖の方向にちらりと視線をやると、ため息を吐きつつふるふると力無げに首を振った。

「いないよ」
「は?」
「だから、いないんだよ」

 自分で確認してみろ、とでも云いたげに湖の方向を指差す相手に、自分も恐る恐る振り返る。
 朝霧が晴れ、東の空から光が降り注いだその場所は、思わず見惚れてしまうほど美しかったが、そこに先刻在ったはずの人影はない。
 思わずあれぇ、と間の抜けた声を上げて首を傾げた自分に、ケラケラと笑いつつ、肩をばしんと軽くたたいた相手は、初めにここに来たときの目的を果たすため、水辺に寄った。
 その行動に、自分もはたと目的を思い出して、同じように水際に寄る。

「確かにいたと思ったんだけど」
「見間違えじゃない?」
「う〜〜〜」

 水浅葱色の湖面に両手を入れて、その澄んだ水を掬い上げると、バシャバシャと顔を洗い、それから完全に頭を冷やすために、水の中に頭を突っ込んだ。
 勢いよく顔を上げて、左右に大きく頭を振る。

「水飛ばすなよ!」

 そんな抗議の声の方に手を伸ばすと、当然のように布を渡されて、それで顔を被って一息つく。
 自分が見たものはいったいなんだったのか。
 霧が濃かったとはいえ、確かに人の気配であった。ということは、自分が悶々と1人考えている間に上がった、ということか。
 はらり、と顔を被っていた布が落ちた先を見ると、何処にでもある露草が朝陽を浴びてこれでもかというほどきらきらと光っていた。
 否、何処にでも在る、という表現は少々間違いだ。自分が見たことの在る中では断然に鮮やかな色を放つその花は、可憐でいて、力強い。
 
「んでは、長居するのもなんだし、そろそろいきますか」
「ん? あぁ、うん」

 そういわれて初めて、随分と長い間ここに留まっていたことを思い知る。まだ明けていなかった闇色は、もう既に明るい青に変わっている。

 すっくと立ち上がると、自分達が野営していた場所へと歩き出す。
 朝露はまだ乾かないが、来たときよりも明るい色の草は更に命の輝きを増していて。

 麻袋に道具を詰め込んで、そして担ぐ。
 木々の間から差し込む陽光は柔らかく、やっと起き出した鳥の声が、まだ眠そうに囀りを響かせる。
 山道ではあるけれど、それほど整備された道ではない、半分獣道であるその道を、西へ向かって歩く。
 他の仲間たちも準備を終えて、後ろをついてくる。

 大丈夫、大丈夫。

 そう呪文のように心の中で唱えると、静かに口角を上げた。
 仲間たちの話し声が心地いい、そう思えるようになったのはいつからだろう。
 煩わしいだけだと思っていたこの関係が、頼もしく思えるようになったのはいつからだろう。
 人に心を開くまいと思っていた自分が。
 
 
 それにしても、あそこにいた人は何処に行っただろう。

 そんなことを考えつつ、今日もまた、西へ向かう。
 
 
 
 
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 
お題:『水浅葱色(ヘブンリー・ブルー)』『すっくと立つ』『露草』
お題提供:たんぽぽ様
 
 
 
 
・・・・・・訳わからん話になった。
何となく、雰囲気で書いた話です。
別に細かい設定もないまま、オリジナル。
どこかに旅してる一行、ということで。
 
 
 
 
 

 

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k

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