少し休もう。
 そう思ったのは隣の女性が酷く顔色が悪かったからじゃない。
 ただ他の仲間も足を引きずるようにしていたり、体温調節ができていないのか顔が真っ赤だったりしているから。
 この炎天下じゃ仕方のないことかもしれないけれど、いつもよりこの一行の進む速度は遅い。
 見上げれば、入道雲がもくもくと膨れ上がっていて、ぼんやりと、あれは積乱雲だっかな、と思い起こす。
 今は必要のない知識。
 それよりも寧ろ重要なのは雨が降るとか嵐が来るとかそういった知識で。
 
 
 休もうと決めたところで、休める場所が早々あるわけでもない。
 旅をしているのだから非常食はそれなりにあるけれど、いつもそればかりでは飽きてしまう。
 確かに、そう云っても贅沢するだけの予算はないのだけれど、それでもせめて、栄養価の高いものを時折摂取せねば皆疲労で倒れてしまう。
 今は特に、みんなの疲労の色が濃い。

 改めて地図を広げる。

 この峠を越えた先に、小さな集落がある。
 そこに行けば、多少なりとも新鮮な食物を分けてもらう、とまでは行かないものの、物々交換でなんとかなるだろう。
 確かに野宿には慣れているけれど、やはり硬い地面で毛布に包まるのではなく、きちんとした部屋で休みたいと思うのは人の性だろうか。
 
 
 程なくすると森は開け、眼下に地図に載っていた集落を見渡すことができた。
 一行は息を呑む。
 その、まぶしい黄色の大輪の花々が咲き誇る様は、道端で名も知らぬ野草の花の美しさとはまた違い、心の中が温かくなる。
 身体自体は、もう相当な暑さを経験していて、体温的にも高くはなっているが、それとはまた別物だ。
 
 丁寧に手入れされているらしきそのひまわりを見て、人がいる場所へと出たことを悟った一行の歩は早まる。
 井戸水。そしてできれば栄養価の高い新鮮な野菜。
 
 水は旅をしていれば湧き水など、上手い水があるが、それとはまた別物だ。
 旅暮らしでは早々手に入らぬそれらへの気体を込めて、坂を一気に下った。
 
「おや、めずらしい」
 
 集落で始めてであった老人は、人のよさそうな笑みでひまわり畑から腰をかがめて出てきた。
 
「見事な花ですね」
 
 疲れてはいるが、それでも笑顔は絶やさない。それが人付き合いの基本だ。
 
「この集落の名産で、他の街に出荷しとるんじゃ。お前さんらは、旅のひとかね」
「えぇ。でもここまで立派なひまわりは初めてですよ」
 
 そういうと老人は、そうじゃろそうじゃろとにこやかな笑みを向ける。
 どうやら第一段階を突破したようだ。
 
「どうじゃ、わしの家に来んかね。たいしたもてなしはできんが」
「ご迷惑では?」
「なに。若い衆が作った作物が多くてな。腐らすのももったいないでの」
 
 夏の収穫の時期。
 それが功を奏したのか、老人はついて来い、といわんばかりに先陣切って歩き出す。
 一行もそれに続いた。

 収穫したての野菜は、生でも旨い。
 少々大振りになりすぎたものは老人の奥さんが火を通して、あっさりと味付けをしてくれたものを出してくれた。
 有難い。
 そう思いつつ、自分が先ほど老人にとった行動を思い出す。
 気に入られるためとはいえ、やはり処世術はあまり使いたくない。
 今回は他の仲間の疲労が、もちろん自分もだが、濃いために仕方なしに使ったが、それをしなくともこの老人は自分達を受け入れてくれただろう。
 予防線のようなものだが、それでも気がめいる。
 ありのままの自分で接して気に入ってもらえるのが一番なのに。
 
 一通り料理をいただいて、至極丁寧に例を云うと、案の定、人のいい二人は微笑んでいた。
 そして、その礼として、集落の農作業を手伝うと、辺りは夕暮れ、西はまだ明るいが、東はとうに藍色に変わっていた。
 そこで老人が迎えに来て、泊まっていけ、と云ってくれた。
 さすがにそこまで迷惑はかけられない、とは思ったが、どちらにせよ農作業を共にしていた若者たちの家に誘われていたため、人数を分けてお世話になることにした。
 
 老人は、この集落の長老のようだ。
 若い衆は老人のことをとても愛していたし、尊敬もしていた。

 だが、不自然だと思ったことがあった。

 若い衆がいる。それなのに老人を見かけたのはこの長老とその妻だけだということ。
 これはどういうことなのだろう。
 これは訊いてもいいことなのだろうか。
 散々迷いつつ、それでも疲れが溜まっていたため、久しぶりの安全な床の中、深い、深い眠りについた。
 
 翌日、世話になった礼を改めて云うと、老人はやはり微笑んでいて。
 そして、とうとう、気になっていたことを訊いてみた。
 
「なに、簡単なことじゃ」
「?」
「わしらを残して全員徴兵されたんじゃ。
 
    今の若い衆がほんの赤子だった頃にの」
 
 重い口調でそういった老人の表情は曇っていて、言葉に詰まった。
 その老人の話によれば、まだ若かった頃には同世代がたくさんいて、今の若者はその子どもだったという。
 老人夫婦を残し、男は徴兵され、女はその給仕にと借り出された。
 そして、その日以来、帰ってくるものはいないのだという。

 若者たちがこれほどまでに老人を慕っているのは、実の親がいなくなり、老人が育ての親だから、ということだろうか。
 
 とにもかくにも井戸水で水筒を満たさせてもらい、再び一行は旅路についた。
 今でも残る、先の戦争の傷痕を目の当たりにし、仲間は少し沈んだ表情をしている。
 それでもあの、太陽に向って背を伸ばして咲いていた花を思い出す。
 あの花は希望だ。諦め切れない彼らの象徴。
 死んだのだと頭では理解していても、それでも諦めることができない。
 いつか還ってくるのではないかという、かすかな希望、願い。
 
 その花はまっすぐ誇らしげに咲いていた。

 彼らの願いが、天に届くように。 
 
 
 
 
 
=========================

お題:『ひまわり』『あきらめきれない』『藍色』
お題提供:たんぽぽ様
 
お題提供ありがとうございました。
否、また、わかんない話になりました。
でもまぁ、使い方としては自然に書けたかな、と思います。
無理に入れ込まずに。
 
 
 
  

コメント

nophoto
たんぽぽ
2008年7月23日23:14

お題で、こんなにすばらしい文章をありがとうございます。
毎回、とても楽しみにしています。
今回も、とても自然に、そして重要ポイントとして、お題が入っていますね。
惹き込まれて・・・そして感動しました。

平和を願う気持ち
処世術と
ありのままの自分のこと
とてもよく書かれていますね。

老人しかいない村の不思議の
真実がわかるところ
最後の希望

すばらしいです。

k
稚維
2008年7月24日10:39

♪たんぽぽさん
うわぁぁぁああああ!!(絶叫)
そ、そんな、そんな立派な文章ではありません!(焦)
で、でも・・・褒めてくださってありがとうございます。(照)

今回は、お題の使い方にこだわってみました。
書き始めはこんな話にする予定じゃなかったのですけれど
書き始めたらタイピングが乗り出して
頭の中でムクムクーっとこんな話になりました。
『ひまわり』をどう使うかで悩んでたんですけれど
結果的に良かったかな、と思います。

てか、何で私の書く文章は戦争関連多いんでしょう・・・?
 
 
k

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