あきらめていたけれどそれでもやりきれないのは
2008年7月26日 思考回路大好きなひと 大切なひと
おじいちゃんと比べるから
まだ大丈夫だってそう想ってた
伯父や伯母が亡くなったとき私は置いていかれた
それでも関係の深いこの伯父にはついていかなければ
そう想ってる
また天理教式のお葬式
二度と体験したくなかったけど
それでも老いは付きまとうもので
長く肝臓を患っていた伯父は
天理教式で云う『出直し』した
元気そうでよかった
今月初めに会って思ったこと
おじいちゃんの最期が
私にとっての最後の瞬間だから
それと比べるとあまりにも短い入院期間
覚悟はしていた 諦めていた
それでもやりきれない想いがあるのは
微かに希望を持っていたから
家のおばあちゃんは倒れて手術して
それでこっちに移り住んできてはや20年強。
渡米中も元気に過ごしてくれて
まだ生きててくれてる
そんなおばあちゃんみてるから
微かな希望を捨て切れなかった
主治医は波がある病気だから、と
余命宣告はしなかった
でも息子であるりょうにぃちゃんは
伯母に覚悟を決めておいて欲しかったのか
あの時点でもって1ヶ月だろうと云っていた
主治医じゃない内科医じゃない外科医の判断
それでもお医者様であることに変わりはない
やよちゃんも入院の報せを入れたとき
おじちゃんの希望入院だと聞いてよかったって
それでももたなかった
やよちゃんは看護師さん
家の姉妹で入院前の伯父に会えたのは私とお姉ちゃんの2人だけ
上の2人は会いに行くつもりで結局会えず終いだった
2番目の姉も看護師 直接会えばもっと近況が見えたかもしれない
突然ではないけれど死を目前にした伯父は
心の中で整理ができていた
ねぇねぇおじちゃん
親神様の仲間入りしてどんな気持ちですか
お道を全うして傍を楽にするために働いて
おばあちゃんには会えましたか
別に教祖様に会っては欲しくなかったのだけれど
まだお葬式の日程は決まってない
伯母ちゃんきっと張り詰めてるだろうね
りょうにぃちゃんちゃんと支えてあげてる?
伯父ちゃんが危ないから
敷地に家を建てて移住してくる予定だった
でももう無理だったね
これからはしっかり伯母ちゃんを支えてね
くどいようだけれど私は無宗教。
どちらかというと精霊さんが全部に宿ってる気がする。
神様じゃなくて、精霊さん。
神様なんて信じてない。
信じても願ってもその願いが叶えられることはないことを知っているから。
私は「おさずけ」してもらっても楽になれない。
どちらかといえば鍼灸師さんのほうが直接わかる。
病は気から、の発想だろうけれど
陽気暮らしが何ぼのもの。
『出直し』するのは死が付きまとう。哀しみが一緒。
寿命を全うして亡くなって、それは人間の摂理。
哀しみは付きまとうものだけれど。
お姉ちゃん達はここにはいない。
お父さんも月曜日からアメリカ出張。
私がお母さんを支えなきゃ。
フリー塾、頑張ろうと思っていたけれど
どうしようね、ダメ、かも知れない。
否、確実にダメな日はあるんだ。
来週は木曜日まであるのに
今日だって星空祭だったのに
全部全部断らなければいけないのが申し訳ない。
私だけでも行って役に立つかな。
それともお母さんを支えるべきかな。
どちらも大切だけれど、どちらを選べば良いのかわからない。
今お母さんを1人にしたくない。
でも請け負った仕事を2人分の穴を開けるのは申し訳ない。
センターは優しい所だから
許してはくれる、くれるけど
迷惑かけるの、申し訳ない。
持ちつ持たれつだよ、って云われても
昨日あんな偉そうなこと書いたのに
実行できない自分がツライ。
ボランティアなんかよりよっぽど責任ある立場なのに。
せめて私だけでもしゃきっとしてなきゃ。
お母さんがつぶれちゃう。
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