「あなた、水難の相が出ていますよ」
町に入って宿を探していたとき、ふと呟くような声を耳にした。
別に自分に云っている訳ではないだろう、とそのまま通り過ぎようとしたのだが
もう一度、そこのあなた、と今度は強めの口調で呼びかけられて、仕方なしに足を止めた。
振り返ってみると、建物同士の間の細い路地に、ひっそりと設けられたテーブルと、見るからに怪しい風貌の女性。
テーブルには何やらきらきらと光源によって輝く布と、その上に水晶球が乗っていた。
女性の表情は頭から顔を半分以上被っているベールで見えないが、つけているアクセサリー類から見ても、やはり怪しい。
自分が訝しがっているのを知ってか知らずか、隣にいた少女が声を上げた。
「そなた、星占術師かえ」
「・・・・・・」
少女が淡々と告げた言葉に、謎の女性は静かに頷くことで、同意して見せた。
「セイセンジュツ?」
聴きなれない言葉に、思わず首を傾げる。
「星を見て占う者のことじゃ。そのくらい知っておろうに」
「あぁ! 星占いみたいなものですか」
「星占い?」
「えっと、おひつじ座とか、おうし座とか、そんなのに分けられてて・・・」
「ふむ、羊に牛か・・・確かに似てはおるの」
それを静かに自分たちの会話を聴いていた謎の女性は、少し違いますが、と前置きした上で、言葉を続ける。
「あなたは見たところ宝瓶宮のお生まれのようですね」
「宝瓶宮?」
「寒い季節に生まれているでしょう?」
また聴きなれない言葉が出てきたことで、きょとんと首を傾げた。
しかし続いた言葉に、自分が冬生まれだったことを思い出す。
しかも年明けの行事が取り敢えず一段楽した頃に生まれたそうだ。
謎の女性に、首肯することで続きを促すと、彼女は静かに語りだした。
彼女が黄道十二宮というものでひとの未来を見ていること。
そして、それは太陽の軌道を分けて、星座と同じようなものを示していることを解り易く説明してくれた。
そして今、自分の星回りが余り良くないことを告げた。
彼女はオーラのようなものも視えているらしく、それを総合的に判断して、水に気をつけろ、と忠告をくれたらしい。
「それにしても、そんな道を通る人に声をかけていてはあなたのお仕事が・・・」
「良いんです。占いを求めてくる人は自ずから自然と来てくださいますから」
「え、でも・・・」
「これでもひとを見る目は確かだと自負しています。
あなたは優しいひと。だからこその忠告です」
「・・・・・・」
「ひとの忠告は素直に受け取れ。
占いというものは危険回避のためにあるものじゃからの。
それを心に留めて気をつけておけばよいのじゃ」
おずおずと彼女の仕事の心配をすれば、その必要はないとやんわりとお金を受け取るのは断られた。
その上、自分を優しいと形容した上での忠告だという。
相変わらずベールに隠されて表情は見えないが、少しだけ見えている口元が笑みを作っていた。
その笑みが良いものなのか、悪いものなのか判断に困り沈黙する。
黙ったままの自分を見かねて、少女が息を吐いて、口を出した。
「その方の仰る通りです。私は飽くまで忠告しただけ・・・
それを気をつけるかどうかは、あなたしだいですよ」
その謎の女性から別れて、数十分後、賑やかな市を通り越して、少し人気のない場所に宿屋はあった。
傍には家庭菜園程度の畑と、果樹園らしきものがあり、並木のように植わった木が風を受けて葉ずれの音を耳に運ぶ。
そこに一部屋取った自分たちは、無農薬栽培の野菜や地鶏をふんだんに使った料理を食べて、部屋に戻った。
開いていた窓から一際強い夜風を受けて、それを遮るために窓を閉める。
「開けて置けばよいものを」
「でも始祖様、この季節にしては冷たすぎやしませんか」
「よいよい。暑いよりも涼しい方が好みじゃ」
カタンと音を立てて窓を閉めた自分に眉をひそめた少女が、不機嫌な声ではないが、抗議をする。
それに振り返って微妙な声で問いを返すと、案の定、呆れたような声が返ってくる。
既にベッドに転がっている少女は寝返りを打ってこちらに背を向けている。
風邪を引かないかな、と少し不安になりながらも、云われた通りにする。
風邪を引くほど軟な身体ではないが、万が一、ということも考えられる。
それに今の時期の風邪は、一度罹ると治りにくいのを充分承知している。
一通り宿を探している間に町を見て回ったが、病院らしきものはなかった。
まぁ、医師の一人くらいはこの規模の町ならば見つかるだろうが
それなら旅慣れた自分たちの方も軽いものならば薬草の煎じ方も解っている。
ただ心配なのは、食べられなくなる、ということ。
それさえクリアしていれば、この町にいる間ならば医師に頼むか、薬草のありそうな森に入って煎じ薬を作れば良い。
「(始祖様はお歳がお歳だし・・・)」
隣のベッドで桔梗色のマントを羽織ったままこちらに背を向けている少女に、それまで窓に向けていた視線を移す。
その視線を感じてか、気配に敏感な少女は衣擦れの音を立てて、ごろりとこちらに寝返りをうってじっと眼を見つめてくる。
「おんし、何をそこまで心配しておる」
「・・・・・・・」
「心配するのはおぬしの方じゃろうに。
昼間の術師の言葉をもう忘れたか」
その言葉にはっとする。
確かに彼女は自分に声をかけたのであって、自分の傍らにいた少女については何も云っていない。
ならば気をつけるべきは自分の方だという彼女の言い分は充分すぎるほど解る。
解るには解るのだが、それでもやはり心配なものは心配なのだ。
窓を換気程度に少しだけ開けておいて、自分も窓際から離れた。
この部屋は暗い。もう外が暗いのだから、頼りはベッド脇にあるランプのみ。
それでも旅の途中はそれすらもないときがあるのだから、闇自体は怖くはない。
早く眠りについて、今までの疲労を回復させるべきなのだろうが、ランプの明かりを消しても、なかなか眠りにつけなかった。
「・・・目が覚めたか」
闇夜に月の光が入ってきて、ランプの色とあいまって少女の白髪を鮮やかな色に染めている。
「始祖・・・様・・・?」
自分のベッドの端に腰掛けている少女の姿を見止めて、疑問符を発する。
隣で眠っているはずの彼女が何故ココに、と。
「酷く魘されておったでの。
この夜半過ぎに医者を探すのは苦労したぞえ」
妙に息苦しく、悪夢を見ていたのはそれだったのか。
ふと、夢の内容を思い出して、夢じゃなかったのか、と息を吐く。
「僕は・・・」
「昼間市で買おた氷にでも当たったのかのぉ」
その言葉に、絶句する。
自分は少女の心配をしていたが、逆に迷惑をかけたのは自分の方だった。
医師が去った後も寝ずの看病をしていてくれたのか、少女の眼は紅い。
「・・・・っ・・・!!
す、すみません!!」
自分でやらかしたことを数秒後の覚醒した頭で想い、勢いよく起き上がって、ベッドの上に正座した。
そして、少女に向かって頭を思い切りよく下げた。
あれほど水には気をつけろ、と云われていたのに、暑さの所為で氷を一つ買って食べたのが災いの元だろうか。
少女も暑いだろうと想い、食べるか訊いたのだが、彼女は手で制して言葉を告げることなく辞退した。
それ以外は食べたものも何もかも同じなのだから、自分だけが調子悪くなるとしたらそれしか考えられない。
並の鍛え方はしていないが、少し免疫が弱まっていたのかもしれない。
普段なら崩さない程度のことでも、簡単に崩れてしまった。
情けない、と自分を責めつつ、迷惑をかけてしまったことを何度も言葉にして伝える。
すると少女は頭に手を置き、何回か軽く叩くと、大きく息を吐いた。
「おんしはほんに不器用じゃの」
その言葉の意味をはっきりと理解できなかった自分は、思わず首を傾げた。
それにもう一つ小さく息を吐いた少女は、いつもの呆れた様子もなく、優しい瞳で言葉を紡いだ。
「不調なときは、素直に礼を云うだけでよいのじゃ」
その表情が、いつものそれよりも酷く優しく見えて、思わず言葉に詰まる。
涙がにじんでくるが、泣きはしない。
嬉しくて、笑みを作ると、少女も微笑んだ。
「はい、ありがとうございます、始祖様」
旅慣れているとはいえ、少女に比べれば自分はまだ若輩者。
その懐の深さに改めて感動した夜だった。
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お題:『桔梗色』『黄道十二宮』『葉ずれの音(絹ずれの音)』
お題提供:たんぽぽ様
参考サイト:「黄道十二宮について」
ttp://www2.plala.or.jp/Rosarium/indigo/zod/
今回は使うのが難しいお題でした・・・。
ちなみに始祖様が桔梗色のマントをつけているのは
日焼けに弱いからだと想います。
普通に外套とか書こうかとも想いましたが
それはあまりに幻水2次に近づくので辞めました。
始祖様、イメージ的にはシエラ様に近いですが
やっぱり自分のオリキャラ的存在です。
ちなみにこの間書いた少年ともまた違う青年だと思います。
なんせ始祖様は長生きしてらっしゃいますから
旅のお相手も、その時々で変わるようです。
コメント
もう、すっかり小説ですね。
導入部分から、惹き込まれていきました。
自分のことは、置いておいて
少女(教祖さま)を心配するところ
教祖さまの言葉
「不調なときは、素直に礼を云うだけでよいのじゃ」も
とってもいいですね。
自分の不調よりも、相手の気持ちを思ってしまうところ・・
青年が、愛おしいです。
これからも
楽しみにしています。
えぇええ!小説だなんてたいそうな物じゃありません!
ただの下手の横好きのショートストーリーです。
と云いますか、教祖ではなく、始祖様ですよ〜。
元族長といいますか、しかし他の同族は逸れてしまっているような・・・
始祖様、気に入っていただけたようなので
また今後も書くかもしれません♪(単純)
コメントありがとうございましたv