白く煙る緑。
視界は全て霧と緑の白緑色。
まるで異世界にいるような、そんな感覚さえ憶える白い緑色の中で
少年は地図を広げて唸っていた。
「あれ、ここの道、こういったはずなのに・・・」
日に焼けて茶色く変色したその紙に描かれた詳細地図を片手に辺りを見渡す。
だが、見えるのは白く煙る緑だけ。
道らしきものを辿ってきたものの、こう同じ景色が続いては方向感覚が狂わされる。
磁場の所為か、コンパスさえ狂っているこの状況下、自分の頭だけが頼りだというのに
少年は深く深くため息をつくと、その場に座り込んだ。
肝心要な自分自身の判断さえ、迷う自分にまた一度ため息をつく。
「なんでかなぁ・・・」
少年は頭を抱える。
それでも大きく息を吸い込むと、それらを全て吐き出した。
何回かそれを繰り返すと、よし、と握り拳を作る。
「なんじゃ、小僧。迷おたのかえ」
ころり、と笑う声が聴こえたかと思うと、白髪の少女が姿を現した。
「始祖様!今までどこに行ってたんですかっ!」
少年のどこか咎めるような言もそ知らぬ表情でかわすと
少女はふむ、と地図を覗き込んだ。
「どうやらここは結界の中のようじゃの」
「結界・・・?」
またなんで、と云う表情をした少年に、少女は地図のある一点を
その白く細く滑らかな指で指し示した。
「エルフの村じゃ」
「あぁ、エルフの村が・・・」
そこで少年も合点がいったというような表情をする。
昔エルフの青年と旅をしたことがあった。
そのときに、エルフの集落の周りには結界が張ってあることを教えてもらっていた。
結界の中では、行けども行けども同じ場所をぐるぐる回っているだけだとも教えられた。
つまり、だ。
「僕たち、迷ったんですね・・・」
「おんしはそういうことじゃの」
ころころと嬉しそうに笑う少女を見て、少年は悟った。
この少女はこの森の抜け方を知っているのだということを。
少年は改めてエルフの青年が話してくれた集落周辺のことを思い出す。
周りの普通の人間にとってそれは『迷いの森』やら『惑わしの森』と呼ばれていること。
そして、その森は大体今まさに少年が見ているように、深い霧がかかっていること。
最後に、自分が発した問いに人差し指を口の前に当てて
悪戯めいた表情で彼が云った言葉を思い出した。
『間違って結界の中に入ってしまったら・・・?』
自分の発した問いの後の、青年の不思議そうな表情がが瞼の裏に鮮明に浮かぶ。
『紫色を探してみて』
明らかに亜人種だとわかるそのとがった耳。
そして体力はそんなにはなかったけれど確かな弓使いと魔力。
そして彼は確かこう云ったはずだ。
『紫色を見つけたら右、それ以外は道成りだよ』
そこまで思い出して少年は立ち上がる。
とにかく道成りに進み、分岐点で改めて注意深く辺りを観察した。
そして見つけた、紫色の花。
クローバーに囲まれたシロツメクサと色違いのその花は、紫色をしていた。
そして少年は、人間よりももっともっと寿命の長い種族の青年の言葉通り、そこを右に曲がる。
それを何度か繰り返している内に、やっと視界が開けた。
明るい、というよりも眩しい光に目を右手で庇いながら、開けた視界にほっと胸をなでおろす。
他の人間には内緒だよ、と笑った彼に感謝しながら、少年は固く強張っていた身体をほぐす。
「少しは知恵をつけたようじゃの」
「始祖様はご存知だったんでしょう・・・?」
少年の行動を黙って見守っていた少女が、やっと口を開いた。
自分の記憶と知識を試していたのか、何も云わなかった彼女に何か文句の一つも言いたかったが
彼女の次の一言で黙るほかなかった。
「ひとりでも解決できるようにならんと、わらわと離れたときに心配じゃしのぉ」
誰が、誰を、などいう必要などない。
少年が自立できるようにと、旅慣れた少女は少年の力を試していたのだ。
旅を一緒にすることになった仲間からの情報は貴重な知識。
それをただ会話を楽しむだけでなく、実用しなければ、それはただの雑学。
全てを自分の知識として吸収することが大事だ、と暗に云っている少女に
少年は、素直じゃないなぁと改めて苦笑した。
「ありがとうございます、始祖様」
「何のことかの?」
礼を云った少年に、とぼけた表情をする少女。
「いいえ、良いんです」
いつまでも自分の心配をさせてはいけない、と
もっと自分がしっかりしなければ、と
少年は改めて決意した。
==============================
少年と始祖様の旅。
また花の名前がきちんと出てきませんでした。
こんなのでよければ。
お題:『ムラサキツメクサ』『迷う』『白緑色』
お題提供:たんぽぽ様
コメント
結界から抜け出る色に、ムラサキツメクサを使っているのが
とてもいいですね。
おお~!!って、こころの中で言いました。
少年を見守っている始祖様も、
いいですね!!
始祖様との旅、やっぱりシリーズ化しそうです(苦笑)
その時々によってお相手は変わりそうですし
時系列も全く考えてはいない話ですが、喜んでもらって嬉しいです。
コメントありがとうございました♪