届け響け心の音

2008年11月17日 ネタ帳
 
 
 
 
 
 
 けっして豪華な造りとは云えないが、そこに揃えられた調度品は年季の入ったものばかりで
 『無駄がない』という言葉がこれ以上ふさわしい場所は考えられないほど
 整然とした部屋の中で、両親とも黒髪を持つ彼が何故に金糸を持つかと思われるほど
 端正な顔立ちを持った少年は、部屋の大きな机に置いてあった白い封筒―――若干日焼けしている―――
 を手に取り、封を開けたのは、それはもう日が傾いたときのことだった。
 
「あ、珍しい。依頼だ」
 
 遺伝子学的にはおかしくない額にかかったその金糸を、無造作にかきあげて、中身を読む。
 そして隔世遺伝した蒼い瞳を細めると、口角を僅かに上げた。
 
「あれ?優、どうしたの?」
「―――・・・!」

 書状を読むのに集中していた所為か、黒髪を持つ少女の近づく気配に優、と呼ばれた少年は気づけなかった。
 僅かに驚いた表情を見せるものの、すぐにふっと息を吐いて自分を取り戻す。
 
「お兄ちゃん、だろ? 優衣」
「あ、そうだった」
「ったく、一緒に暮らすからっていきなりお兄ちゃんになってね、なんて母さんも・・・」
「あら、センナのこと悪く言わないで?」
「まぁ、母さんは母さんだから仕方ないかもしれないけど、あの父さんまで・・・」
「篠のことも悪く言わないで」
「大体なぁ・・・お前は家に住み始めて一体何年経ったと思ってる」
「さぁ? まだ幼い頃だったから憶えてはいないわ」
「だったらいい加減、俺のことも『お兄ちゃん』で固定させろ」
 
 そう云いきった少年に、少女はそうは云っても・・・と、首を傾げる。
 
「仕方ないじゃない。転生前のこと、思い出してしまったのだもの。実年齢は兄よりずっと上、なんて、時々気が滅入るわ」
「お前が時々じゃなく頻繁に俺を名前呼びするから妹の優奈まで、時々間違えるんだ」
「だって、私は優・・・じゃなくてお兄ちゃんが赤ん坊の頃から知ってるんだもの」
 
 仕様がないじゃない・・・と瞳を伏せる血の繋がらない妹に、優は盛大なため息をついた。
 コイツのこういう表情は好きじゃない、と思いながらも、こういう表情をさせてしまった自分に
 散々心の中で悪態をつきながら、そうじゃない、と妹の頭に手を乗せる。
 
「俺だって馬鹿じゃない。
 今のお前の姿は俺が幼かった頃母さんや父さんと一緒に俺と遊んでくれた、あの人とおなじだから―――
 否、実際同一人物なんだから仕方ないが。お前が家に引き取られた時にはお前、退化してたから」
 
 少年は自分よりも幼い少女がやってきた日のことを思い出した。
 突然両親が、この子を家の子として育てたい、と云いだしたのには驚いた。
 一体どこでその幼子を拾ってきたのか、とか聞き出したいことはたくさんあったが
 両親がそれまでにも揃って家を留守にしてどこかに行っていたのは知っていた。
 それが彼女の身の回りの世話だったのだと聞かされたときには、ほとほとあきれていた。
 確かに自分は手のかからない子供だったかもしれないが、よその子供まで、と。
 
 ただ、事情が違っていたのは、その幼子を両親は、古い知り合いなのだと説明したこと。

 どこをどう見ても自分より幼いその幼子を古い知り合いと称す両親が自分でも信じられなかったが
 今ではそれも信じられてしまう。
 
 彼女は何かの危機に陥り、身体の年齢が遡ってしまったらしい。
 そして物心がついた頃にはそれまで失くしていた記憶も戻り、両親と友人としての会話をしていた。
 だからこうして頻繁に自分のことも友人の子、として認識し、今の状況を忘れ、名前で呼んでしまうのだ。
 そう理解はしていても、やはり妹として可愛がって育てた兄としての心が「兄」として
 きちんと認識して欲しいという欲求を持ち出す。
 我ながら子供染みてる、などとも思うが、実際彼女は血が繋がらないとはいえ、妹なのだ。
 その辺の区切りはきちんとつけろ、と毎回のように行ってはいるのだが、昔からの癖というものは
 そう易々と抜けてはくれないものらしい。

「それで?」
「それで、ってなんだよ」
「その封書、何だったの? お兄ちゃん」
 
 『お兄ちゃん』と云う言葉を誇張して紡がれた言葉に、あぁ、と頷く。
 
「依頼」
「何の?」
「今度は五体満足で帰ってこれるかな」
「まさか、危ない仕事?」
「うん、傭兵依頼」
「傭兵??」
 
 徴兵じゃなくて??と返してくる辺り、少女も少女だ。
 今のこのご時勢、この国にいれば平和だと云い切れなくもない。
 それなのに傭兵の依頼だなんて、と、そちらを驚くべきではないのか。
 
 だが彼女が両親と出会う前に色んなことを見聞きしてきたことを考えるとその発言も納得がいく。
 きっと両親に出会う前にでも戦争に巻き込まれたか、自分で突っ込んでいったのだろう。
 ・・・・・・完全に否定し擁護できない辺り、自分も彼女のことを理解してきたのだな、と想う。
 
 
 
「なるほど、ね」
 
 封書の中身――こちらは日に焼けていない――に目を通して少女は、はふっと息を吐いた。
 
「現場指揮ができるような人材を捜している、と。つまりは隊長クラスの派遣依頼か」
「あぁ」
「まぁ、お兄ちゃんは訓練受けてるから、戦場で生き残れないことはないだろうけど」
「だろうけど?」
「現場指揮はどうかしら、と想って」
「一応俺もリーダー的立場は経験してるぞ」
「そうかもね。でも戦場じゃそんな甘いことも云ってられないのよ」
 
 そう云って少女は顔を伏せる。
 
「それに第一依頼人が信用ならないわ。引き受けるにしてもお兄ちゃん独りじゃ危険すぎる」
「・・・それじゃどうするんだ、って云わずとも判るがな」
「それは結構。元々この万屋は私が開いたものだし、私も行くわ」
「そうは云っても、これは時空を超えるぞ?」
「大丈夫。もうそれに耐えうる身体にはなってるわ。それじゃ、準備しましょうか」
 
 そういうと少女は、センナちゃんたちに挨拶してくる、と部屋を出て行った。
 この無機質ともいえるような、殺風景ともいえるようなこの部屋は、彼女のもの。
 彼女が倒れていた家がここなのだ。
 普段は空き家になっているが、それを感じさせないこの美しさ。
 昔彼女に一体何があってここに倒れていたのかは知らないが、それでも想う。
 彼女が幸せであれば良いと―――――
 
 
 この部屋は、あらゆる空間と繋がっている。
 だからここはあらゆる世界から依頼が届く。
 すべての時と空間を統べたようなこの部屋で、彼女は一体何をしていたのか。
 幼い頃は時空を越える体力が無い所為で自分を責めていたが
 もうそれすらも関係ない、といえるほどに成長してしまった。
 
 つらいことがあったのではないか、と想えるほどの彼女の傷つきようを
 少なからず感じ取っていた少年は、彼女を連れて行くべきか否かを考える。
 護りたい。哀しい目にあって欲しくない―――――
 それでも、自分には彼女を止める権利は有していないのだ。
 
 
 
 
 それもまた、彼女が選び取った運命なのだから。
 
 
 
 
 
 
 

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