もう随分昔に感じたきりになっていた感覚に身を委ねる。
 その感覚は研ぎ澄まされ、ものすごいスピードで墜ちていく感覚と
 もう一つのゆっくりとした時の流れを、余すことなく感じ取っていく。
 
 あぁ、懐かしい――――――
 
 黒髪の少女は瞳を閉じたまま、ゆりかごのようにさえ感じられるこの時空間旅行を
 ただひたすら感じていた。
 
 
 
 
「え、優衣お姉ちゃんも行っちゃうの??」
 
 母親譲りの黒髪を揺らして、友人であり母親代わりのセンナの娘、優奈が驚いた声を出す。

「うん、どうもちょっと気になって、ね。優お兄ちゃんだけじゃ不安だから」
「でもなんで? お兄ちゃんは好きでやってるって云ってたけど、お姉ちゃんが危ない目にあうのは・・・」
 
 自分を本当の姉として慕ってくれている優奈に、だいじょうぶ、と頭に手を置いて静かに告げる。
 そして静かに視線を自分の友人達に戻す。
 
「センナちゃんや篠くんには、余計な心配かけちゃうけど・・・」
「良いのよ、依頼はあの子が受けるって決めてるんでしょう?」
「それに優衣が自分も必要だと見極めてるなら、それが一番いいんだろう?」
「2人とも・・・・・・」
 
 感極まってありがとう、と云うと、並んで座っていた友人二人の首に手を伸ばす。
 久しぶりな気がする抱擁は、難なく受け容れられ、そしてふっと息を吐いて惜しむように離れる。
 
「優衣お姉ちゃん・・・」
「ん、はい、優奈も」
 
 そう云って不安そうな妹を抱きしめる。
 この温もりも、しばらくは感じられないだろうと覚悟を決めて。
 
「優を危険な目にあわせちゃうかもしれないけど、絶対死なせないから」
 
 少女は2人の瞳をまっすぐ捕らえると、告げた。
 
「絶対無事に帰すから」
 
 
 
 
 
 独特な越えている間の感覚は、ひとによっては一瞬のもの。
 抜けたと自覚したときには既に、少女と少年は並んで大きな城下町の外れにある草原に立っていた。
 どこと無く記憶の琴線に触れるような感覚に少女は自分の中の数ある記憶を手繰るも
 それが何であるかは、実際の所思い出せない。
 はふっと息を吐いて、目的地を封筒で確認し、それがあの城下町にあることを認識して
 少女は隣に立つ『兄』へと声をかけた。
 
「お兄ちゃん、絶対に死んじゃダメよ」
「そういうお前こそ」
 
 辺りに殺気らしきものを感じ取って、瞬時に獲物へと手を伸ばす。
 部屋に合った武器―――以前彼女が使っていたもの―――を適当に見繕って持ってきたのだが
 碌な手入れをしていなかった所為か、その中でも使えるものは少なかった。
 中でも使えそうなものだけを吟味し、所持しているのだが、少年は丸腰だ。
 はっきり云って分が悪いにも程がある。護りながら戦う、というのは。
 
 低い唸り声とともに姿を現した獣は、複数体。
 唯一の救いは知能レベルが低そうだということ。
 
 取り敢えずは逃げるか、と判断し、少年の腕を取って地を蹴る。
 いきなりのことに少年は多少驚いているが、しっかりと自分でも走っている。
 丸腰なのはまずかったな、と今更悔いても仕方ない。
 少女は獣達への牽制にほとんどさび付いて殺傷能力がないナイフを彼らの目の前の地面めがけて投げる。
 その動作は自然でいて俊敏。
 明らかに慣れているとでも言いたげなその動作の一つ一つ、どれをとっても無駄や隙が無い。
 
 そして少年が必死で走っているにも拘らず、少女の息が切れていない。
 獣たちを巻いたことを悟った彼女は徐々にスピードを緩めていったが、完全に行動を停止した時には
 既に城下町へ辿り着いていた。
 
「ふぅん」
「どうした?」
「否、ね。戦時中にも拘らず、門番さえいないのだな、と想って」
 
 その言葉に少年もこの開けっ広げな街を見る。
 普通なら、軍事の拠点となる場所ならば、厳重な警備がされていてもおかしくは無い。
 本当に一般庶民ばかりの町に少し呆気に取られたが、よく捜せば腕が立ちそうなものもそこかしこに居る。
 だが皆陽気で、今が戦時中だということを忘れさせるほど明るい。
 
「確かに。時は間違ってないんだよな」
「封書に導かれて来たから間違っていないはずだわ。取り敢えずはここの軍主の情報収集ね」
「必要あるか?」
「依頼人が軍主でなく、軍師だってことが不思議なの。
 軍師はこんな依頼ができるなんて迷信だと想ってて、使用するかどうか怪しいものだもの」
「確かに」
「軍師なら来たらめっけもの、捨て駒くらいに考えられている可能性もある。
 軍主の人となりによってはそういうことを嫌うから、そっちを優先的に調べた方が利口ね」
 
 淡々と紡がれる言葉に抑揚はなく、彼女の視線は絶えず動いて街の人々を観察している。
 
「とにかく、ここは部外者でも入れる一般的な街のようだし、旅人装って情報を聴きだしてきて」
「・・・『きて』って、お前は行かないのか?」
「私は別の手段で見極めるわ。そっちはよろしくね。優お兄ちゃん?」
 
 にっこり、と音がつきそうな笑顔で妹にそう云われてはNOとは云えない。
 と云うか、NOとは云わせない、というような気迫が背後に見えたのは気のせいだろうか。
 少年はため息を吐きつつ、わかったよ、と云うと、すっと人込みへと紛れた。
 
 
 

 少女はまっすぐ城へと向かっていた。
 城下で聴くところによれば、軍主はまだ年端も行かない子供らしい。
 丁度あんたくらいだよ、と云われたときにはどう反応したものかと考えたが
 それでもそこも上手くかわして、一様に云われる軍主の人望の厚さと
 そしてまだあんな子供なのに、と云う嘆きを聴いてきた。
 それが軍主なのだとしたら、軍師は一体何をやっているのか。
 
 軍主が少年だということで、悪戯好きならば、こういう依頼の出し方が在ると知ったならば
 試しに実践してみる、というのも考えられる。
 でも差出人は軍主ではなく軍師なのだ。
 そこがどうも合点がいかない。
 
 
「・・・・・・あれ? 君、見ない顔だね」
 
 城の入り口付近であれこれ考えていれば、いずれ関係者が出てくるだろうと想ってはいたが
 まさかここまで早いご登場とは考えていなかった。
 警備の兵――恐らく一般兵――を労っていた少年は、こげ茶の髪を揺らして、こてんと首を傾げる。
 しばらくの間は、彼が自分の仲間全員を思い出していたのだろう、そう考えれば納得もいく。
 そして警備の兵の反応からすれば、この少年はそれなりの位置にいると考えて間違いないだろう。
 
「うん、たまたまこの街に寄ったから」
「へぇ、そうなんだ? 今は物騒なご時勢なのに、ひとりで?」
「ううん。兄と一緒なんだけど、この街広いから逸れちゃって」
「そっか、それで目立つ場所、と思ってここに来たの?」
「そう」
 
 大変、なかなかに切れ者のようだ。
 内心その頭の回転の速さに、にやにやしながら少年と話を続ける。
 
「一緒に捜しに行こうか? 僕この街詳しいからどんな場所でも大丈夫だよ?
 それともお兄さんとここで待ち合わせしてるの?」
「そういうわけじゃないの。でも多分きっと、お兄ちゃんもここを目指してるだろうから」
「そっか。じゃぁここを動くわけにも行かないね。君はどこから来たの?」
「ずっと上の方・・・」
「上? 北って云うと・・・丁度僕らが戦ってる相手の国の方から来たんだね。
 よく無事でいられたね」

 上、というのは感覚的なものであって決して方角的なものではないのだが
 少年の言葉に『上=北=敵国』と云う図式が出来上がっているようだ。
 まぁ、確かに地図で上といえば北を指すが。
 少年はくりくりとした髪と同じ色の瞳をうーんと、と上に持っていき、何やら考えている。
 外見年齢は、確かに近いかもしれない。
 街で聴いた『軍主』の特徴の天真爛漫、というのも当てはまる気がする。
 ということは、この少年が・・・? と不躾に少年の顔を見やる。
 その視線に気づいてか、少年はこちらに視線だけチラッと向け、視線があうと、ははは、と乾いた笑いをこぼした。
 
「何? 僕の顔に何かついてる?」
「ううん。何でこんなに優しくしてくれるのかな、って想って」
「え? 何で、って云われてもなぁ・・・。困ってるひと助けるのは当たり前じゃない?」
 
 そう云って笑った後、真摯に向けてくる瞳は、まっすぐで、嘘を語っているとは想えない。
 全てを統べる、軍主という立場の人間・・・
 神、と云う存在がいるとすれば、こういう人間こそを好むのだと、そのまま。
 
 
「そっか、そうだよね」
「納得してもらえたなら良かった。で、君、名前は――――――」
「優衣!こんなとこにいたのか!」
 
 こげ茶色の瞳を持つ少年が少女の名を訊ねた声にかぶさるように
 金糸に青色の瞳を持つ少年が妹をみつけて呼んだ。
 少女はこげ茶の少年ににっこりと笑って手を振ると、自分を呼んだ声の主の元へと走りよる。
 それはどこからどう見ても、仲のいい兄妹が再会した場面そのもので。
 
「優、どうだった?」
「大方、良いもの。ちょっと遊びが過ぎる、って云ってるやつもいたがな」
 
 賭け事とか遊びとか、と聴きだした情報を空で述べる少年に、はふっと息を吐く。

「んで、口癖は『ねぇ、仲間にならない?』だそうだ」
「ふぅん」
 
 そう云いながら視線を先ほどまで話していた少年へと向ける。
 にこにこと楽しそうな少年は、少女の視線に気づくと歩み寄ってくる。
 
「えっと、あなたは?」
「俺はコイツの兄貴だ」
「あぁ、この子が云ってたお兄さん、ってあなたのことですか」
「そうよ」
「で、君たちはこれからどうするの?」
「・・・・・・?」
「この辺先刻も話したけど物騒なことこの上ないんです。お兄さん相当お強いんですね。
 ねぇ、君たちさえ良かったら、僕の仲間にならない?」
 
 
 この決定打を聴くまでは、と想っていたが、さすがにこうもあっさりと認められては。
 
 
「この依頼書、出した軍師に会いたいんだが」
「え、それ・・・本当にいるんですねっ!」
「は?」
「だってそれ、サルシードさんの名前使って書いたの僕ですもん」
 
 そう云って、悪戯好きの少年は、『じゃぁ、もちろん仲間になってくれるためにきてくださったんですよね』
 と、ひたすらにこにこ笑っていた。
 
 自分のした悪戯が想いも寄らぬ方向で成功したことに喜ぶかのように。
 
 
 

 
 
 


 

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