ざくざくと新雪を踏みしめながら、コートを着込んだ身体と
 手袋でがっちりガードした手で茶色い紙袋を抱える。
 さーっと音がするほど強い風が地面すれすれを吹き抜ける。
 途端舞い上がった粉雪に視界が真っ白に染まる。
 
 
「なんじゃ、お主かえ」
「・・・・・・?!」
 
 
 突然現れた新雪と同じ色の肌を持つ白髪の少女は
 その柘榴色の瞳を閉じ、すっと浮き上がったかと思えば、自分の隣に来ていた。
 
 
「こんな所で会うとは奇遇じゃの」
「お、お久しぶりです」
 
 
 若干緊張しながら男性は言葉を口にした。
 正直云ってこの人と一緒にいて、良かった思い出など無い。
 散々こき使われたかと想えば、急に姿を消して
 自分がピンチの時には助けにすら来てくれず
 その事後処理が終わった後何食わぬ表情で戻ってくるのだから
 本当に性質が悪い人だ。
 
 
「前に会うた時よりも、老けたかの」
「そりゃ人間ですから」
「そうじゃの、わらわが人間じゃないのかの」
 
 
 ころころと笑うその姿は、始めて少女と出会ったときと変わりなく。
 出で立ちも喋り方も同じなのだから、この人型をした少女は何者なのか、と想う。
 全くの別人というわけでも、他人の空にとも違う。
 彼女は彼女自身なのだ。
 
 
「で、こんな所で何をしてるんですか、貴女は」
「・・・待っておるのじゃ」
 
 
 自分が抱えていた茶色い袋の中身を目ざとく見つけた彼女は
 一つよこせ、と云ってその紅紫色の芋を、熱くもなさそうに両手で持っている。
 ほくほくと白い湯気がたっているそれを二つに割れば、中の黄金色がまたも美味そうだ。
 やはりあの店で買ったのは正解だったな、と想いつつ、自分も袋の中身を一つ取り出した。
 
 
「待つ、って誰を」
「人の子よ」
 
 
 人の子? と首を傾げたこちらに気づいていながらそれを無視する辺り、変わっていない、と想う。
 散々振り回された挙句に荒らされて行った自分の家の惨状を思い出すと
 どうにも気が滅入るが、よくよく考えると、彼女とこうしてまともに話したのは初めてかもしれない。
 
 
「人の子、って、まさか貴女と一緒に旅をしてる人がいるのですか」
「そうじゃ。意外か?」
 
 
 まさか人間でこの人のペースについていける人がいるとは想わなかった。
 驚いた表情を隠すこともせず、と云うか隠そうとも想えなかったが
 ただ唖然と口をあけていると、どこからか小さな声が聴こえた。
 
 
「ふむ、来たようじゃの」
「来た・・・?」
「し・・・」
「し・・・?」
「始祖様、速いです!!いくらなんでも速すぎます!
 僕にあれについて来いというのは余りに酷です!!」
「おんしが寒いというから、身体を温めさせてやろうと想っての」
「判ってます!判ってますけど、始祖様、僕を何だと想ってんですか!」
「小僧じゃ」
「そうですよ、小僧です。
 小僧が始祖様と同じレベルで移動できるかと問われればそれは否です。
 そのくらいお分かりでしょう???」
 
 
 目の前の林から出てきて、息を整えた少年は、『始祖様』と云う単語をやっと紡いだかと思えば
 その後を一気にまくし立てるかのように、言葉を続けた。
 少年の言葉をうるさそうに聴いている少女は、雰囲気こそそうしていれども
 その表情は、まるで面白がっているかのようで。
 
 
「とにかく―――――あぐ??
 ――――――――――けほっ!って、熱っ!なんですか、これ」
「芋じゃ」 
 
 
 まだ続きを云おうとしていた少年に、自分が持っていた焼き芋の半分の片割れを口に突っ込み
 それを黙らせた少女は、喰え、と一言付け加えると、少年は大人しく、頷いた。
 
 
「焼き芋って熱いから僕苦手だったんですけど、これやけに冷めてますね」
「おんしは猫舌じゃからの」
「・・・・・・冷ましてくださったんですか?」
「・・・・・・」
「ありがとうございます。始祖様」
「礼ならこいつに云え。その芋はこいつのじゃからの」
 
 
 そう云って少女が自分の方を示す。
 そこで初めて自分に気がついたかのように少年は一瞬動きが止まった。
 
 
「す、すみません! ご挨拶が遅れました!
 ・・・・・・始祖様が何かしませんでしたか?」
「おんしはわらわを何だと想うておるのじゃ」
「始祖様です」
「・・・・・・・」
「で、あなたは?」
「そこの村で商人をしてるもんだ。と云うか、よくこのひとに着いて行けるな」
「お主も大概じゃの」
「あはは。でも始祖様との旅は学ぶことが多いですよ。
 知らないこと教えてもらって・・・ホントに、火を起こすとこから教えてもらいましたから」
 
 
 そう云ってしみじみ思い出す少年の瞳の奥は、自分が想っている色よりももっと深い。
 外見にしては大人びたその瞳は、普通の少年のそれにしては不釣合いに見えた。
 
 
「でも始祖様にこんなお知り合いがいるなんて驚きました」
「え?」
「だって、あなた本当に普通のひとだから。始祖様とはいつ?」
「・・・・・・幼い頃だ」
「じゃ、きっと美少年だったんでしょうね。始祖様美少年好きだから」
「おんしは何を云うとるか!」
 
 
 こてん、と少女にグーで殴られても、変わらない笑みを見せる少年。
 少年の言葉に『?』を飛ばしながらも相槌を打っておく。
 どうも、この話の流れだと、この少年も人間じゃないような・・・・・・
 
 
「それじゃ、どうもごちそう様でした」
「いや・・・」
「始祖様、これからどっちに行くんですか?」
「そうじゃの、この辺りはこれからもっと酷くなるじゃろうから、もうちと暖かい所かの」
「それにしても始祖様に雪、って似合いますよね」
「そうかえ?」
 
 
 少女の問い返しに少年は深く頷くと、瞳の色が映えますから、といとも簡単に伝える。
 恥ずかしいという感情を欠いているのではないか、とも想うけれども、実際彼女は雪に映える。
 白い雪のような肌は雪に融けて消えてしまいそうだが、その瞳は彼女の存在をそこに焼き付ける。
 ここにいる、と強く光を放つその存在は、普通に生きてきた人間とは違う稀有なもので。
 
 
「それじゃおじさん、僕たちはこれで」
「お主も達者での」
「あぁ・・・・・・・」
 
 
 
 
 
 嵐のような存在の少女は、更にパワーアップして連れを連れていた。
 そして彼女たちの姿が見えなくなると、また夢だったのではないかと頬をつねる自分がいる。
 いつの間にか『おじさん』と称される年齢になっていたのか、と客観的に冷めた目で自分を見て
 そう云えば手に皺が深く刻まれていることに、改めて気づく。
 
 
 あの少女は変わらない。
 
 
 そしてきっと、あの少年も同じなのだろう。
 人間くさい少年なのに、とふと想う。
 少女を人間じゃないと称した自分への戒めのようなあの屈託の無い少年の笑顔が
 誰よりも人間性を主張しているかのようで、瞼から離れない。
 
 
 時に置いていかれる感覚というのは、どういうものだろうか。
 
 
 ふとそんなことを考えてしまった、冬の日―――――――
 
 
 
 
 
=================================
 
 
お題:『粉雪』『伝える』『紅紫色』
お題提供:たんぽぽ様
 
 
ふと思いついた、始祖様with普通のひと。
最終的には少年と旅をしていることになってますが
最初はただ始祖様に振り回されて迷惑を被る普通のひと、でした。
でもちょっと昔話にしてみれば、始祖様がどんな時を生きてきたのか
それが視えるかなぁ、なんて。
 
普通のひとにとって始祖様は割と我侭な存在です。
このひと長生きしてるから、と云う認識がないので
少女の外見にしては生意気で小憎たらしい存在だと想います。
少年は始祖様とある程度付き合ってから旅立ったので
彼女の存在も、自分の存在も『時に忘れられた存在』として
普通とは違うけれど人間、と云う認識で
始祖様はとても長い間生きているので本当に長寿の知恵を借りている、と云うか。
 
 
突然始祖様のような少女が目の前に現れたら
それこそ嵐のようなものでしょう。自然災害です。(をぃ)
 
 
紅紫というのを見た途端、焼き芋が喰いたくなったのですが
焼き芋を焼く話じゃ粉雪を入れられないので
普通のひとに寒い雪の日に焼き芋屋さんで買ってきてもらいました。
 
 
 
 
 
それでは素敵ネタをありがとうございました♪
 
 
 
 
 

コメント

nophoto
たんぽぽ
2009年2月8日5:15

お題で書いてくださって、ありがとうございました。
年末に、私のPCが壊れ修理に出していたのと、もろもろありまして、
すっかりお礼が遅くなって、ごめんなさい。

題が、とても自然になじんで書いてありますね。
少年の初々しさも、少女のおもしろがっている様子も
とてもわくわくして読ませていただきました。
k

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