ゆらりゆらりと揺れる人影に、息を呑む。
一番きてほしくないものが来てしまった、そんな感じがする。
「やぁ」
そう云って、影の輪郭の口が弓なりに笑む。
「そろそろ覚悟は出来たかい?」
ふるふると首を振るものの、声は声にならない。
がくがくと足が震える。
その様を楽しむかのように、影の瞳が嬉しそうに笑む。
「そうは云っても、この状況だ」
君も助かりたいだろう?
段々とはっきりとしていく、影の正体は---
「わたしは、『わたし』に負けない」
震える声でようやく紡ぎだした言葉に、力を貰う。
言霊。
目には見えないけれど、確かに存在する。
「わたしは、『わたし』に屈しない」
声に力が戻ってくる。
先程よりも強く紡がれた言の葉に、影は苦しげに眉をひそめた。
「きみは、永遠にここを彷徨うつもりかい?」
先刻の強気な言葉が嘘のように弱くなった語調に、こちらが強気で答える。
「大丈夫。光は見失ってない」
そして笑う。
「あなたもわたしの一部。だから置いていったりなんかしないよ」
言外に、不安にならないで、とそう願いを込めて。
その瞬間、影が自分自身を覆ったけれど、それは悪くはない感覚だった。
きっと、これからも惑わされたりするだろうけれど。
怖くなって逃げ出したくなるかもしれないけれど。
大丈夫。まだ光は見失っていない。
そう思って、手足に力を込める。
ヘドロのように足を取っていた足場が固い。
少し意識を集中して、そして、声を上げる。
「大丈夫。まだ大丈夫、壊れたりなんかしない」
まだ、君の幸せを見てないから。
そう強く願えば、闇は霧散する。
今置かれていた状況を、ようやく思い出す。
「人の心は弱いけど、人の心の繋がりは信じているだけ強くなる」
根拠はないけど、多分そういうものだと思いたい。
「わたしにこんな幻覚はもう通用しないんだからっ」
強く心を持てと云われたのは、いつだっただろう。
もう遥か昔に過ぎ去った人たちを想い、瞳を閉じる。
すぅっと深く呼吸して、そして立ち上がる。
「それこそ、無駄な足掻きというものだよ」
たとえ、その言葉が真実だとしても。
「君の願いは何? ボクがそれを叶えてあげる」
たとえ、その言葉に嘘偽りが無いのだとしても。
「そのあとに支払う代償がこの世界なら、何も願わない」
静かに告げると、訳がわからない、というように、二本足で立った小動物は肩を竦めた。
「ボクらはこの世界を消したりしないさ。結果この星がなくなるだけ」
「一緒だわ。だからわたしは何も願わない。浄化されなさい。生きとし生けるもののために」
「ボクが死んだって何も変わらない。人はまた新しいボクを作り出す」
小動物は笑う。そして確信めいた予言をする。
「たとえボクを殺しても、人間の欲がまた新しいボクの仲間を作り出す。
君のやっていることは、全くもって無意味なんだよ」
それが世の常だからね、そう云って小動物は群れを成す。
どれだけの人が、この生物の生血になったのだろう。
それを考えると、この生命すら、護ってやりたくなるが。
「わたしの仲間、みんなを傷つけたあなたは許さない」
走馬灯のように駆け抜けていく仲間たち。
最後をわたしに託してくれた大切な、大好きな人たち。
希望の光を、わたしに見ていてくれるなら---
「わたしは、負けないから」
自己犠牲が尊いとは教えられなかった。
自己犠牲ではなく、そこに自分の満足を見出せるなら、それでよかった。
人間の欲の塊、それを目の当たりにするのはつらいけれど。
ふっと力を入れていた全身から、力が抜ける。
『リラックス、リラックス』
『最初から力みすぎだよ』
『大丈夫。僕らも居るよ』
『問題ない。身体は遠いが、想いは共に』
『交信可能。一緒に居るよ』
『やっと私の存在に気づいてくれた?』
『まったく、世話が焼ける人ですね』
『一緒にその地に立てなくてすまない。だが共に』
たくさんの声が聴こえる。幻聴ではなく、本当に。
わたしの頭はどうかしちゃったのか。
『なんだそれ、俺らがせっかく力送ってんのによ』
信じられないって?
そう云って、呆れたような声を出す少年に、思わず笑みが零れる。
そうだね、心で繋がってる。
目に見えないものだけれど、身体のどの臓器を探しても出てこないけれど。
瞳を閉じれば、惑星の声さえ聴こえてきそうだ。
育んで、試練を与え、進化させた生命の母体。
人間の欲に、他の生物までも巻き込んじゃいけない。
「みんながいる。傍にいてくれる。心強いな、ホント」
先刻まで闇の中に居た。
あれは孤独が見せた幻。
寂しさに負けそうになったが、今は嬉しさで涙が出そうになる。
「いくよ、みんな!」
『『『おう!!!』』』
群れを成した小動物を浄化するために、力を練り上げていく。
わたしに、神子に与えられた力。
それは、全ての生きとし生けるものを浄化する力。
悲しみも。柵も。人間の欲も。
人間が勝手に聖なるものと位置づけている力だけれど、少しだけでも今回の旅で、役に立てると実感した。
だから、自信を持とう。
何で自分なんかに、と今でも想う。だけど、今はこの力が少しだけ誇らしい。
今、みんなの、気持ちをひとつに----
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
突発走り書き。なんか、最終決戦ぽい。
RPG的な発想だな。いきなり着地点か。
しかし、最終戦は主人公(?)1人だけになってるようだが。
これは大丈夫じゃなくないか?
コメント