ぽつり、と雫が頬を伝う。
 最初の一粒を境に、霧雨となる水に、青年はかごの中身を濡らさないように走った。

「帰りおったか」

 はぁはぁ、と肩で息をする青年に、柘榴の瞳をした少女は呟く。

「はい、始祖様の仰ったとおりですね」

 午後から雨が降る、と見事なまでに晴れ渡った空を見上げて言い切った少女に、最初は戸惑った。
 だがしかし、旅慣れている彼女の予知的発言は日常茶飯事のこと。
 しかも外れることなど殆どない。
 今回も早目に宿を取って、必要物資を青年が買いにいっている最中に降り出した。

「どうして判るんですか?」

 外套についた雨粒を払い終わって、壁につるすと、青年はふと疑問に想ったことを口にする。

「匂うのじゃ」
「匂う?」
「そう、雨の」

 そう言ったきり、彼女は宿の備品なのか、いつの間にか手に入れたらしい本に目を戻した。



『だから、宿で休もうかって提案したじゃないか』
『だって、これ以上日程崩したくなかった・・・』
『お前、雨降るときいつも調子悪くなるんだから今更だろう』

 そんな会話が隣から漏れ聴こえてくる。
 呆れたような落ち着いた男性の言葉は、決して女性、少女だろうか?、を責める言葉ではなく、心底案じている様子だ。
 その言葉に、小さく、ごめんなさい、と女性の言葉が続く。

『温かいものでも貰ってくる。何なら食える?』
『消化に良いもの』
『了解』

 その後、隣の扉が開いて、そして閉まる音がする。
 階下の食堂にでも注文しに行ったのだろう。


「雨が降るだけで調子を崩す方もいるのですね」
「隣の部屋の会話に聞き耳を立てるなど、行儀の悪い」
「すみません・・・って、そういう始祖様はどうなんですか」

 ちゃっかり内容を把握しているらしい少女に、青年はため息をつく。
 その様を見てふっと笑うと、少女は本を閉じて、ゆっくりと立ち上がる。

「ユイか。久しいの」
『その声は、シアン様???』
「そちらに行ってもよいか?」
『構いませんけど・・・』

 そうして部屋を出て行く少女に、青年は迷った挙句、ついていくことにした。

「相変わらず、不便な身体をしておるの」
「お恥ずかしいです」

 扉を開けて開口一番そう言った少女に、女性はベッドから起き上がると、視線を落とす。

「お加減が悪いのにお邪魔して申し訳ありません」
「いえ、私の方は全く通常通りですのでお気になさらず」

 雨の日は調子が悪いのが通常だ、という女性に、青年は哀れみすら憶える。

「それにしてもシアン様、お久しぶりですね」
「何年ぶりかの」
「いやぁ、それは私にも・・・」
「とうとう呆けたかえ?」
「否、一般の方が居る所でお話したくない、という意味で・・・」

 あははは、と明後日の方向を見ている当たり、彼女も一般に見えるが、一般ではないのだろう。

「なんだ、声が多いと想ったらシアンか」
「相変わらず小娘に手を焼いておるようじゃの」
「や、俺は別に困ってはいないから。というか俺で遊ぶのやめてくれ」

 少女の言葉に背の高い男性は否定の言葉を返すと、嫌な記憶でも甦ったのか、こちらに視線を投げてくる。

「あんた、今のシアンの連れか?」
「えっと、はい」

 突然の問いかけに、青年はシアン=少女という等式を咄嗟に完成させて頷く。

「始祖様にはお世話になっています」
「なんだシアン。お前、連れに名乗ってなかったのか」
「悪いかえ?」
「シアン様、一緒に旅をするなら名前くらい教えてあげても・・・」
「なんじゃ、ユイまでわらわが悪いと申すか?」
「だって仲間じゃないんですかー?」

 そう言って唇を尖らせた女性は、酷く子どもっぽく見える。
 普段少女が少女らしい言動を取らないから、こういう行動があることすら忘れていた。

「シアンのやつ、ユイの気を紛らわしに来てくれたんだな」

 ぽつりと呟かれたその言葉と共に、男性はほっとため息をつく。

「始祖様とは古いお知り合いで?」
「あぁ、まぁな。ユイのことはシアンの方がよく知ってるかもしれない」
「・・・・・・?」
「雨でユイが体調が悪くなるって俺に忠告してくれたのはシアンなんだ」
「始祖様が?」
「俺は言われるまで気づかなかった。でもよく見てみると、本当に雨の日はつらそうで」
「・・・・・・」
「見ているうちに、目が離せなくなった」

 何でお前にこんな話してるんだろうな、と男性は苦笑すると、少女たちの会話に加わる。

「なぁ、シアンも一緒に参加しないか?」
「そう、それが良いですよ、シアン様!」
「もう人の争いごとに関わるのはごめんじゃ」
「シアン・・・」
「・・・ここを通ったのは、たまたま?」
「たまたま、時の巡り合わせじゃ。いまはこやつと旅をしておる」
「始祖様」
「面倒ごとは、こやつの世話でいっぱいいっぱいじゃ」

 ふぅ、と長く吐き出された息の意味を青年は知る由もない。

「今のおぬしたちの主はおぬしたちを泣かせてはいまいな?」
「・・・あぁ」
「・・・もちろん!」

 沈黙を破って紡がれた言葉に返ってきた言葉は、肯定。
 青年はこの短い言葉にどれだけの意味が込められているのか、知らない。



「シアン様、また季節が巡っても、どこかで逢えますように」
「そうじゃの、また、いつかの」
「シアンとの旅じゃ、色々と大変だろうが、元気でな」
「ありがとうございます。お2人とも、お気をつけて」

 次の朝、すっきりと晴れ渡った空の下。
 体調が回復したらしい女性の顔色は、昨日とは比べ物にならないくらい晴れ晴れとしていて。

「あ・・・・・・」

 そう言えば、と青年は手を振りかけてやめる。

「どうかしました?」

 問うて来る女性に、ひとつ訊いても良いかと訊ねれば肯定の返事が来る。

「雨の前兆って判りますか?」
「あぁ、はい」
「何故?」
「私は気圧の変化に弱い体質だから、身体が教えてくれるんです。あとは・・・」
「あとは?」
「あとは、雨の匂いがするから、ですかね」

 それを聴いて、目を瞬いて、少女を見やる。
 少女は、いつもと変わらない表情をしていた。
 だが、どこか満足そうでもある。
 礼を言って、改めて男性と女性と別れて、本来の当てのない旅路に戻る。
 少女の隣を歩きながら、雨の匂い、を探ってみる。
 だがそれは、青年にはよく判らなかった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

突然始祖様シリーズ書きたくなったので書きなぐりました。
ただ単に、気圧の変化で調子が悪くなる人の話を書きたかっただけです。
『見ているうちに目が離せなくなった』って言うの、なんか良いな、って想って。
始祖様の名前が出てきてますが、これは本名かどうか判んないですね。通称?
名前は相変わらず適当につけてます。
始祖様、昔の仲間に再会、の回ですかね。
昔出遭った人間の話は書きましたけど、仲間の話は書いてないなー、と想いまして。
 
 
 
 
 

コメント

nophoto
たんぽぽ
2011年3月26日0:25

書いてくださって
ありがとう。

怪我をした後とか、少し病気をした後とかに
あ・・・明日、雨が降るな・・・と
わかりますよね。

見ているうちに目が離せなくなった・・・・って
うん。なんかいいですね。

それから・・
雨の匂い・・・って、ありますよね。
ちょっとしめったような。

k
2011年3月26日1:22

>たんぽぽさん
お越しくださってどうもですー。
そしてそして、感想もありがとうございますっ!
あ、たんぽぽさんも雨予報できますか?
空気中の水分濃度が多くなって、雨の匂いってしますよね。
私は気圧の変化でじったんばったんしてますが(ぇ)

同意いただけて嬉しいですv
k

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