『これは誰もが参加しなければいけないゲームだ』
その言葉を聴いたのはいつだっただろうか。
あの言葉が頭に響いたかと想ったら、私はこの世界にいた。
ここは、『不思議の国のアリス』によく似た世界。
ただ、会う人会う人物騒な、ちょっと変わった不思議の国。
ハートの国、マフィア、公爵有する遊園地での領土争いがゲーム。
面倒だが、この世界の人間はゲームに参加するのが義務らしい。
だが、私ともう1人、アリスは違う。
余所者と呼ばれることに相変わらず慣れはしないが、余所者は除外されるらしい。
余所者は、ただこの世界で人と触れ合って、過ごしていけば良いのだという。
引きずられるようにして白兎にハートの城へと連れ去られていったアリスの事を想いながら、私はふぅっとため息をついた。
「なんだい? 私の紅茶がまずいのか? それとも目の前に広がる光景に嫌気がさしたか」
「否、そういう訳ではなくて」
「では、どうしたというんだ?」
マフィアのボス、ブラッドは昼間の所為か気だるげにこちらに問いかけてくる。
余所者で、領土争いに関係のないアリスと私は、この世界を自由に行動できる。
今日も紅茶好きのブラッドのお茶会に誘われて、屋敷の庭にいたのだが。
「アリス程気のあう友達は今まで会った事がなかったものだから」
「・・・・・・彼女がいない茶会は意味がないと?」
「ブラッドの淹れてくれる紅茶は美味しいんだけどねー」
そう云いながら、目の前のオレンジの山の一角を切り分けて自分の小皿に載せる。
「アリスとゆっくりお話できるのが、ここか遊園地しかない、って云うのがね」
「君は時計屋の居候だろう」
「ユリウスの仕事の邪魔はしたくないもん」
最早慣れてしまったにんじんケーキを頬張り、今日も美味しい、と感想を漏らす。
そうすれば一緒にお茶をしていたエリオットが、だよな? だよな?? と鬱陶しいくらい嬉しそうに懐いてくる。
一見、マフィアの中では一番強面で、粗雑なイメージの青年だが、その頭に兎耳が生えている所為か、それ程怖くはない。
しかも、彼の内面を知れば知るほど、犬がじゃれ付いてくるような、大型ペットを飼っているような気分になる。
しょぼん、と耳を垂れ下げている様は、なんだこいつ、可愛いじゃないか、コンチクショウ! と思わず拳を握りたくなる。
懐くエリオットを遠い目で見守りながら、全く君の味覚は信じられないよ、とぼそりとブラッドが呟いた。
まぁ、彼がそういうのも解らなくはない。
なんせ、お茶会のときだけでなく、食事の時間さえこのオレンジの洪水に浸っているとなれば、気も滅入るだろう。
しかもブラッドとエリオットの付き合いは長いと聴く。
エリオットのにんじん料理好きは折り紙好きだ。本人曰く、にんじん自体が好きな訳ではないらしく、飽くまでにんじん料理が好きらしい。
だが、にんじんスティックをポリポリと齧っている様を見ると、それは料理なの? と疑問符を発したくなるのだが。
「いっそのこと拠点をうちに移したらどうだね」
「それは前にも云ったけどお断りします」
「・・・・・・まったく、相変わらずつれないね」
「時計塔は気楽で良いんですよ」
「私には君の考えが理解できないね。私は時計屋は好きにはなれないんだが」
「前に葬儀屋、って云ってた件?」
「なるべくなら君にも近づいて欲しくないんだがね」
「お生憎様。もう暮らし始めてどのくらいになると思ってるの?」
そう云って、最後のひとかけらを口に運ぶと、香りの良い紅茶で喉を潤す。
「ブラッド、この辺の焼き菓子持って帰っても良い?」
「・・・・・・はぁ、好きにしろ」
「エリオット、次の新作のにんじんお菓子期待してるって料理長に云っといてー」
「おう! 途中まで送ってやろうか?」
「ありがと、でも大丈夫だよ。私は余所者なんだから」
ごちそうさま! そう云って笑って席を立つ。
相変わらず顔の判別できないブラッドの屋敷の使用人に焼き菓子を包んで貰って、笑顔で礼を云う。
「いいえー、どういたしましてー」
「またいらしてくださいねー」
主の気だるさが移ったかのように気だるげに間延びした言葉を返してきてくれることにももう慣れた。
慣れとは、恐ろしい。そうつくづく思う。
ブラッドの屋敷を出て、時計塔へと向かうべきか、遊園地へと向かうべきか迷っていると、さわやかな声が私を呼んだ。
「やぁ、冒険かい?」
「エースと一緒にしないで頂戴」
「うーん、君はもっと冒険を楽しむ必要があるよ」
「そういうエースの目的地はどこ?」
「え? 時計塔だけど?」
今まさにブラッドの屋敷を出てきたばかりの私は盛大なため息をついた。
万年迷子なハートの騎士、エース。彼の方向音痴は筋金入りだ。
「こっちはブラッドの屋敷に続く道。時計塔はあっち」
「あれー? そうかなー、このまま行けばつくはずなんだけど」
「私も時計塔に帰る所だから一緒に行きましょう」
「もつべきものは親切な知り合いだよねー。うん。うん」
そう云って笑うエースは爽やかそのもので、悪意など感じられない。
それはそうだ。彼は望んで迷子になっているわけではない。
冒険がどうの、といってはいるものの、一応万年迷子な方向音痴を直そうとはしているらしい。
だがそれで改善されたかといえば、答えは否なわけだが。
「エース、もう今度からブラッドの屋敷方面には迷子にならないのよ」
「えー、そういわれてもなー」
「あんた、一応それでもハートの騎士なんだし、敵対関係なのよ?」
「でもエリオットは優しいぜ?」
「あの人は面倒見がよすぎる所為で苦労性なのよ・・・」
ちょっとした哀れみを感じながらそう呟く。
「ディーとダムがあんたが迷い込んでくると返り討ちにするどころか重症になるから心配なのよ」
「ま、俺、これでも騎士だからねー」
「うん、だからまず、敵対領土には行かないようにしようよ、ね?」
じゃっかん疲れを感じながらエースを諭す。
善処する、との言葉を受け取れただけよしとしよう。
だが彼の場合、どんなに善処してもブラッドたちが被る心的被害は多いわけだが。
時計塔の広場についた途端、時間帯が変わる。
昼から朝へ。これなら遊園地に行って置けばよかったかな、と少し後悔する。
突然変わる時間帯も、その規則性のなさも、最初こそ戸惑いはしたが、今は平気だ。
そんな、この不思議な世界の日常に慣れて来ていた私は、エースをお供に時計塔の階段を昇る。
エースの部屋の前で別れ、自分はユリウスへの差し入れのコーヒーを淹れてから作業場に向かうことにする。
こぽこぽと沸騰するお湯を見ながら、ふと元の世界のことを思い出す。
この世界は夢なのだと、ナイトメアはいっていた。
これは夢だよ、そうささやく彼の声が鼓膜に張り付いてはがれない。
ゆめ、ユメ、夢---
いつかは向こうに帰って、ちゃんと果たすべき責任を、やり残してきた全てのことを片付けなければいけない。
それが自分のやるべきことだと思うし、そうすべきだとも思う。
ちくりと何かが胸を刺す。
これは罪悪感だろうか。
アリスもナイトメアに夢だといわれたそうだ。彼女と全く同じ夢を見ている事になる。
いくら余所者とは云えど、そこまでシンクロしなくても良いだろう。
アリスも、遣り残してきたことがあるといっていた。
でも帰る方法が解らないから、取り敢えずこの世界を楽しむのだ、と。
自分はどうだろうか。
この世界の人とそれなりに親しくはなってきたけれど、楽しめているか。
自分の夢なのだから、楽しめばいい。その理論は間違ってはいない。
夢でまで根暗な自分を出してどうする。
アリスはペーターに連れ込まれた。
だけど私は---?
ドリップされたコーヒーを片手に、ブラッドから分けてもらったお菓子をもう片方に持って、この塔の主の部屋へと向かう。
内心、ここに留まって良いのだろうか、という不安を持ちながら。
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ハトアリ二次創作。
アリス自身がトリップ主人公なので、そこにトリップしてみました。
アリスが大事にしてきた時間の世界なので
そこに本当の意味での『余所者』が入れるかは疑問なのですが。
というか、アリス出てきませんでしたね。連れ去ったのはペーターです。
ブラッドの気だるさが表現できていれば本望・・・・・・!
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