「よぉ、よく来たな」
「お邪魔してるわ」
時間帯が夜から朝に変わった。
遊園地の主であるゴーランドが、今日もいい天気だ! と伸びをして屋敷から出て来る。
夜からここの居候であるボリスに用があって遊園地に足を運んでいた私は、ここの主人に挨拶してなかったな、と少し困惑する。
「気にすんなって。いつでも来て良いっていったのは俺だぜ?」
ごめんなさい、と言葉にするまでもなく反省しているのを見破って、ぽむぽむと頭を撫でられる。
それがどうにもくすぐったくて、目を閉じる。
「そうやってあまやかすからボリスがあそこまで強引なのよ」
「何? 何かやらかしたのか、あいつ」
「一晩中いつ壊れるか知れないゴーカートに付き合わされたわ」
はぁ、とため息をつくと、ゴーランドは思いっきり笑った。
「ははははは、それ位付き合ってやれよ。やつに会いに来たんだろ?」
「会いに来たとはいっても、用事があって会いに来たの。遊びに来たんじゃないのよ」
「用事?」
「ボリスに今度お菓子を作ってくれっていわれてたから、ブラッドの所で作らせて貰って持ってきたの。
あ、ゴーランドも食べる?」
「あぁ、貰う。にしても、結構な量作ったんだな」
「この後アリスに会う予定なの。女王様とペーターにも持ってってもらおうかと思って」
「お前さん交友関係広いよな」
「だって、余所者だから領土争いとか関係ないもの」
勿論余った分は時計塔に持って帰ってエースとユリウスにあげるつもりだ。
ブラッドの所には先に置いてきたから、配分は向こうで何だかんだいいながら分けてくれているだろう。
「お、んまい!」
「・・・・・・ほんと?」
「あぁ、ホントだホント。お前さんいい嫁さんになるぜ」
「・・・お菓子作りと料理はまた勝手が違うんです!」
私が目を離している隙に焼き菓子をひとつ口に入れたのか、ゴーランドの声がした。
その言葉に目を瞬いていると、嫁さんという単語が出てきて、顔が熱くなる。
そう思った瞬間には、ゴーランドに対して、素直ではない言葉が出てきてしまっていて。
「でも俺は、料理できなくてもこういう菓子作れるやつの方がいいけどな?」
その言葉に、全身が固まるのが解る。
こっちの反応を見て楽しんでいるんだろうか、この男は。
それとも天然なんだろうか。
どっちでも良いが、速く脳内思考回路を急速に冷やさなければ、やばいことになりそうだ。
「あ、ユズル! みつけた!」
「よぅ、アリス」
「おはよう、ゴーランド。何、ふたりで話してた?」
邪魔だった? と問いかけてくるこの不思議の国で友人になったアリスにそんなことはない! と即答する。
よかった。彼女が来てくれたお陰で冷静さが戻ってきた。
「じゃ、ゴーランド、私はアリスとお茶するから」
「おぉ、よかったら後で俺様の演奏会---」
「騒音は結構」
「公害だからいい加減やめれば?」
「・・・相変わらずひでえな、お前ら」
なよなよと崩れていくおっさんを尻目に、私はアリスと共に笑う。
「あれで破壊的な音痴がなければいい人なのに」
「あと、いつ壊れるかわからない危険なアトラクションも廃止してくれれば安心だわ」
「根はいい人よね」
「うん、この世界の誰よりもわかりやすいと思う」
あのファッションセンスとか色々と物申したい所はあるけれど。
それはまぁ、この世界の人色々とビビットな所があるので、いわないで置こう。
「わぁ、これホントにユズルの手作り?」
「まぁ、ね。材料はブラッドの所にあったの使わせてもらったけど」
「これ、いい香り。紅茶のクッキー?」
「ブラッドに何するんだ、って怒られたけどね」
私の茶葉を、って。
でも焼きあがったの真っ先に試食させたら、まぁ、こういうのも悪くないかもな、っていってたから、それなりにはなったんだろう。
「レシピは頭の中?」
「うん。基本的なのは、ね。後はアレンジ加えて試行錯誤だから失敗もするけど」
「今回一番心配な出来なのは?」
「んー、これ?」
そうして取り上げたのはカップケーキ。
エリオット用に、と思って作ったにんじんカップケーキなのだが、自分の趣味丸出しなのだ。
通常生地とにんじん生地のマーブル具合がどうも気に食わない。
完全に溶け合わない、ゆらゆらした感じを出したかったのだが、それだとあまりにも水分量が微妙だったのだ。
すりおろしにんじんから出て来る水分は、意外と多い。
自然と重たい生地と軽い生地とに分かれてしまって、色味が悪くなってしまう。
「とっても美味しいけど?」
「うん、火は完全に通したから、味的には問題ないと思うんだけどね」
見た目が美しくない。
これでも大分美しいのを選り分けたつもりだ。
勿論、あまり美しくないのは捨てる訳にはいかないので、顔を覗かせたにんじん料理好きのエリオットの胃の中へ。
それでもやっぱり気に入らない。
「何か問題でもあるの?」
「うーん、女王様って赤好きよね」
「好きね」
「ってことはにんじん色も好きな色系統よね」
「・・・うーん? 話が見えないわよ、ユズル」
「美しくない赤を女王様に見せて機嫌を損ねないかしら」
下手をするとビバルディは兵のひとりやふたりイライラして首をはねてしまうかもしれない。
そんなことになったら私の所為だ。
これはアリスにはこの新作カップケーキは持って帰ってもらわない方がいいかな。
「・・・・ぷっ」
「・・・? アリス?」
「・・・・あはははは! ちょっ、本気でいってるの!?」
「何で笑うの?」
「ビバルディはユズルが作ったものだって知ったら大喜びで食べるわよ」
「・・・・へ?」
「だって、なかなか顔見せないからイライラしてるくらいなのよ?
ユズルがビバルディに会えないからお詫びだって持たせてくれたっていったら、喜ぶに決まってるじゃない。
ま、次は絶対ユズルをつれて帰って来い、とかはいいそうだけど?」
3人でお茶したがってたしね、とアリスは笑いながらいう。
そうなのか・・・ビバルディ・・・。
だけど、一旦ハートの城にいくと帰してくれなさそうだから行くに行けないんだよ。
「ペーターは、どうかな」
「あの人は基本的に私にしか興味ない気持ち悪い人だから」
アリスはその名前を聴くとピシリと固まり、遊園地のドリンクを飲んで、ため息をつく。
「私が嬉しそうに食べてたら興味持つんじゃないかしら」
「・・・相変わらず深い愛情ね」
「深すぎるのよ」
そういってため息をつき遠い目をする友人に一種の哀れみを感じてしまった。
「そういうユズルは?」
「え?」
「ユリウスとは?」
「とは?、とは?」
「疑問系に疑問系で返さないの」
「毎日仕事で大変だなぁって」
「それで?」
「ベッド占領して悪いなぁって。あの人、いっつも気づいたら作業机で寝てる」
「ユリウスの仕事って時計を直すこと、よね」
「うん、四六時中時計いじってるわ。食事も睡眠も不規則。おまけに日光もまともに浴びない」
「ユリウスって不思議よね。テリトリーに入れた人間に対してはそんなに怒らない」
「うん、結構放っておいてくれるのよね。楽でいいんだけど、ユリウスの身体が心配だわ」
「食事とかは?」
「一応居候だし、起きたときに作って、机に置いとくの。作業の邪魔しても悪いし」
「会話は?」
「コーヒー飲んでるときにするくらい? 仕事の邪魔したくないし」
「ふぅん」
「私に出来ることがあればいいんだけどね。私機械強くないし」
下手に触って部品失くすとかしたら、私死にたくなっちゃうよ。
そう思って、盛大にため息をつく。
「一回分解しちゃえば?」
「・・・へ?」
「ほら、一回時計の仕組み解っちゃえば、後手伝い申し出やすくなるじゃない」
「いや、でも・・・!」
だって、ここの時計、絶対歯車だよ??
いくつもの歯車が合わさって動いてるんだよ??
素人には簡単に・・・・・
「大丈夫だって。
ユリウスだって最初から分解したのを最後までひとりで組み立てろなんていわないだろうし」
そりゃそうだ。
素人が一回で全部の仕組みを理解して時計を元に戻せれば、ユリウスのような『時計屋』という専門職なんて必要なくなる。
「ユズルが居候だっての気にしてユリウスに迷惑かけないようにしてるのは解るけど
役に立っていた方がユズル的にも気が楽なんでしょう?」
「・・・・・・」
アリスの言葉に、何もいえなくなる私。
ユリウスは何も干渉してこない。滞在先が彼の所でよかったと思っている。
これは本音だ。
だけど、居候で彼のベッドまで奪ってしまっている私が居る。
せめて仕事の邪魔だけはしまいと、外出することで彼の視界から自分を消して今まで過ごしてきた。
彼は何もいわない。文句はいわない。
息抜きに飲むコーヒーの時間にする会話が唯一のコミュニケーション。
そのときは決まって、彼からの私が作った本当に簡単な食事に関するコメントだった。
それ以外はお互い詮索しない。
この世界に来てから随分と経つ。それなりの時間を過ごした。
そして、私の世界とは考えられないほど他の人とは仲良くなれた。そのひとを知れた。
だけど。
一番近くて、一番遠い。
滞在先の主であるユリウス。
エースとは話せても、黙々と作業をしているユリウスとは話しにくい。
憧れ、なのかもしれない。
ユリウスは、ユリウスが作業している姿は、私の理想なのかもしれない。
何かひとつのことに集中して、四六時中そのことだけに専念して、それで生活していく。
寝食も忘れるような、そんな、集中できる仕事。
そういったら彼は怒るかもしれないけれど。
手に職がある。
そして皆がそれを頼りにしてくれている。
それはなんて羨ましいことなんだろう。
「アリス」
「なに?」
「私、やってみる」
そう、決意を固めて告げれば、アリスはにっこりと笑ってくれた。
このときの私は、この世界に何故時計屋が彼ひとりなのか、しらなかった。
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突発ハトアリ第2弾。
前回と同主人公で。滞在先は時計塔。ちょっと時間は進んだかな?
でも攻略対象としてユリウスと交流してなかったのでイベント進んでませんね。
寧ろユズルさんはゴーランドさんがストライクゾーンなようだ。
ブラッドもエリオットも双子もボリスもエースもいいお友達。
ただ、ゴーランドとユリウスは違うようです。
ペーターはアリスの旦那さん認識。アリスは迷惑がってますが。
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