誰か、気づいているだろうか。この胸の燻る想いに。


 あの大騒ぎだったコンクールが終わり、暫くは学院主催のコンクールはないだろう。
 時は既にあれから随分と経ち、相変わらずの曇天に、溜息がこぼれる。

「金やーん、湿気で弦の調子が悪いー」
「んなこと俺にいったってしょうがないだろうが」

 ただの一般音楽の授業中に、弦調整してんな馬鹿野郎。
 この湿度で楽器が気になるのか、他の連中もレコードから流れてくる音楽そっちのけでメンテナンスに走ってやがる。
 まぁ、確かに、お前らレベルじゃこの曲は聴き飽きてるだろうがな。

「この微妙な水の壁の中で聴くのも面白いですね、先生」
「・・・・・・そういってくれるのはお前さんくらいだよ、志水」

 去年、1年生で学内コンクールに参加した志水ももう2年生。
 音楽に対しては至極まっすぐな姿勢をくずさないこいつは、いまでも高いレベルを維持し続けている。
 作曲までこなすようになった、っていうんだから、またまどろみの中で音楽を楽しんでいるのを怒れない。
 そうこうしているうちにチャイムが鳴り、授業終了。ま、この時間は音楽聴かせるだけだったから、楽な授業といっちゃ、楽な授業だったな。
 音楽準備室に移動して、椅子に腰掛ける。空気を入れ替えたいが、外は雨。
 去年の今頃は構わず窓を開けて煙草をふかしていたもんだったが、今は、煙草はないから、休憩のお供はシュガーレスガム。

「先生?」
「ああ?」

 コンコンと扉をノックする音に続いて疑問符と共に続けられた言葉に、間抜けな声を返すとクスクスと笑う声がする。

「入ってもいいですか?」
「いいぞ、入れ」

 ゆっくりと開かれる扉からひょっこりと顔を覗かせた彼女は、星奏学院の制服を着ておらず、私服姿。

「お前さん今日も顔パスか」
「一応吉羅さんには挨拶してきましたよ~」

 最高責任者に挨拶はしてあるんですから大丈夫です、そういって部屋に入ってくる彼女に、けらけらと笑えば、ずいっと差し出されるものがある。

「いつもご苦労さん」
「いえいえ、楽しみでもありますから」

 差し出された包みを受け取れば、嬉しそうに微笑む。
 彼女が卒業してから早幾年。それを考えれば、そろそろ良いのかもな、とも思うのだけれど。

「なぁ」
「はい?」

 手馴れた準備で茶を入れようとしてくれている彼女に声をかけて、手を止めたのを確認してから、どう言葉を続けたものか、と考える。

「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・?」

 ちょっと待て、なんか、この沈黙、悪い気がする。

「うわっ」
「きゃっ」
「ちょっ」

 大股に入り口に歩いていって扉を一気に開ければ、案の定・・・・・・。

「何やってんだ、お前さんたち」
「えっと、・・・・奏さんが入っていくのが見えたから?」
「天羽っ」
「天羽ちゃんっ」

 3年生になってまで聞き耳を立てるとは、いい度胸じゃないか。

「で、何が聴きたかったんだ」
「え?」
「奏に何か質問があったから外で待ってたんじゃないのか?」

 にやり、と笑って見せれば、途端に天羽は乾いた笑いを浮かべる。
 隣に並ぶ真新しい音楽科の制服を着た日野と冬海は、多分天羽に巻き込まれたんだろう。
 冬海がちょっと脅えているが、天羽に対処しようと思ったら、これくらいの態度で臨まなければいけない。

「なになに? 天羽ちゃん私に用事だったの?」
「あ、こら奏」

 嗜めようと声をかけるが、そんなのお構いなしで後輩を構いだす彼女に、俺は深々と溜息をつく。

「そうそう、奏さん! 金やんが最近変わったってホントですか?」

 これ見よがしに彼女に食いつく天羽に、俺はもう諦めの体勢に入る。こりゃだめだ。

「えっと、先生? 休みの間に検査受けに海外に行ったくらいかな」
「え、検査??」
「うん、喉の。本格的にリハビリ開始するみたい。まぁ、年齢的に厳しいものはあると思うけど」
「奏、さりげなく俺を蹴落とすのやめてくれないか」
「先生、音楽に対して斜め方向に突っ走ってる時間が長すぎたのは自覚してるでしょう?」

 そういってぐっさりと切れ味よすぎる言葉で切ってくれるのは嬉しいが、生徒たちの前では少し問題がある。
 年下の、まだあどけなさの残る――そうでなくとも彼女は年齢にしては幼く見られやすく、年下に慕われやすいのに――彼女に尻に敷かれている教師というのは情けないだろうに。

「奏さんって、学院公認ってホントなんですか?」
「え? 何が?」
「金やんと付き合ってるんですよね?」
「えっと、それはどうなの、かな」

 そこで俺を見るか、そこで。

「天羽、お前もういい加減にしろ。プライベートだ」
「えーっ! じゃあ職場にプライベート持ち込むのはダメでしょ、教師なんだから!」
「あー、ごめんごめん、天羽ちゃん、そこは私が勝手に来てるだけだから、先生を責めないで」

 慌てて仲裁に入る彼女に、俺は頬をかく。
 勝手に来てるだけ、ってお前さん。俺は一度もそれを拒んだ憶えはないんだが。

「先生の迷惑になるんだったら来るのやめるし」

 ね? そういって笑うのは、ちょっと卑怯、ってもんだろう。

「その必要はないでしょう」
「・・・・・・って吉羅?」
「わっ理事長!」

 突然声がしたと思ってそちらを見遣れば、冷ややかな視線がこちらに向けられていて。

「まったく。まともに相手をするから生徒にからかわれるんですよ、金澤さん」
「ったく、いってくれるな」
「・・・奏君が金澤さんの迷惑になることはない。だから安心したまえ」
「吉羅さん・・・」

 心底感激した、とでもいわんばかりの溜息を彼女がつくもんだから、これはいけない、と思って、手首を持って身体の後ろに隠す。
 その様子を見て吉羅のやつが笑ったのがちょっと悔しいがな。

「・・・・・・あー」

 天羽が気まずそうに声をあげる。
 あはは、と乾いた笑いをあげて、日野と冬海に向き直ると、どうしようか、と問う。
 おい、お前さんが無理矢理巻き込んだんじゃないのか。

「あの、奏先輩」
「ん? どうしたの日野ちゃん」

 俺の後ろからひょっこりと顔を覗かせるが、身体は移動させないところを見ると、俺が場所を移動させた意味は一応解っているらしい。
 我ながら子どもじみた理由だがな。

「えっと、今度練習聴いて貰えませんか?」
「え?」
「あの、まだまだ練習不足だっていうのは分ってるんです。でも、聴いてくれるひとがいると、なんていうのかな、ハリがでる、っていうか、その」
「・・・・・・うん。私でよかったら」
「・・・・・・! よろしくおねがいしますっ」
「あの、先輩・・・。今度オケ部にも顔出してください・・・」
「私なんかがいっていいの? 冬海ちゃん」
「先輩さえよければ・・・是非」
「うん、練習聴かせてもらいに行くねっ」

 なんだかんだいって後輩といい関係が作れている彼女に自然と顔が緩む。
 俺の白衣を掴んだ手の力が、どんどん強くなっているのは、喜びが全身に伝わっているから。
 ちょっと引っ張りすぎなんだが、ここは許してやろう。

「で、金澤さん、挙式の予定はいつなんですか」
「・・・・・・・は?」
「プロポーズ、もうしたんですよね?」
「ちょっと待て、吉羅。何でそこでそんな話になる」
「この間飲みにいったとき、そろそろ頃合か、といっていたじゃないですか。まさかまだいってなかったんですか」
「いや、だから、な・・・?」
「うっそ、ホントですか奏さん!?」
「え、そうなの、先生・・・」
「おめでとうございます!」
「お式には呼んでくださいね」

 ちょっと待て。勝手に話を進めるな!









「先生?」
「あ、いや、その、な?」
「考えててくれたんですか?」
「・・・・・・考えてないわけないだろう」
「・・・・・・っ!」
「あぁ、いや、その。これからも俺を支えてください、俺の隣で」
「・・・・・・・はいっ」










勝手に捏造。カウントダウン企画で出てきた奏は元々金やんヒロイン設定でした、という話。
どこで金やんと出会わせるか、色々と迷ってました。
最終的には、ああいうEDな訳なんですが、それは金やんとひととしての幸せを堪能したあとで良いのかな、とも。
 
そうすると、金やんとどのタイミングでさよならさせるかも微妙なんですが、ね。
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 










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