がさり、と物音がして振り返る。
 落ち葉が降り積もるこの場所で、気配を消すのは難しい。
 黙ってこちらを窺っていたらしき気配は、こちらが気づいたと知ると観念したように出てきた。
 軽くため息をついて、視線を元々見ていた方向へ戻すと、アキラは口を開く。

「ここは変わらないね」
「うん、そうだね」

 何年ぶりの再会だったか、その記憶すら曖昧で。
 あどけない少年だと思っていたサザナミは、面影はあるものの、いまは壮年。
 口調こそ当時に戻っているが、普段は年相応の物言いができるようになっただろう。
 月明かりが揺れる水面に、はらり、と紅葉が舞い落ちる。闇の中に青白い光がゆらゆらと飛んでいる。
 こんな、秋の夜長を、のんびりと楽しめるほど、ここの情勢は落ち着いた。
 混乱の最中、すこしでも日常を、と求めて、いっとき戦いを忘れたこの場所で、またサザナミに出会おうとは。
 アキラは視線を動かさないまま、隣にいる旧友に問う。

「彼女とはうまくやってるのか?」
「うん、それなりに」

 一生をかけて守り抜くと誓った相手に対して、それなりに、とは。
 それでも、穏やかな気配からは、ふたりが不仲だというのは感じ取れない。
 大人になって、正面切って愛だの恋だの主張しなくても、お互いにそれを信じていける関係になったのだろう。
 それだけの月日を、ふたりは積み重ねてきたのだ。

「アキラ、帰ってこないの?」
「あー、それはまずいだろ」

 笑っているものの、苦いものがこみ上げて、泣き笑いにならないようにするのが精いっぱい。
 ここは変わらない。そして、アキラ自身も変わらない。
 当時のままの容姿で、当時のままの生を。
 人間とは、自分と異質のものに畏怖を抱き、排除しようとする。それが迫害であり、それが差別だ。
 マジョリティにある人間は、数的優位にあるほうが正しいのだと信じて疑わない。
 それならば、いまこの国にある平和は、偽りだろうか。
 あの戦いで、圧倒的に数が少ない状態だったサザナミの軍が勝利を勝ち取ったのは、間違いだったというだろうか。
 平和と、そして国民の幸福感と。
 一部の上層部の道楽のために、自分たちは生きているのではないと。上の都合で殺されてなるものか、と。
 邪魔になったから殺されそうになったサザナミの兄が、抵抗を続け、護りたいと思った人々を、護ったサザナミを、誰が責めることができるだろう。

 ひとは、生きたいと願い、生きるもの。
 それを、多少の犠牲は仕方ないと、未来の生贄にする上層部。
 生贄で創られた未来は、いつの時代も生贄が必要になる。
 誰かが犠牲になって、誰かが泣いているのに目を瞑って、自分たちの未来を創るなど、本当に正しいのか?
 正義などは語ってはならない、自分たちもまた、他人のイノチを奪ってきたのだから。
 あちらの兵士たちも、自分たちの生活があり、自分たちの家族のために戦ったのだろう。その行く末がどんなものになるのか、薄々気づいていたはずだ。
 それでも、傍にいるひとたちを泣かせる訳にいかない、そう思って戦っていたはず。その信念はサザナミたちとなんら変わらない。
 目指す場所が、生贄を必要とする未来なのか、誰も犠牲にならないですむ未来なのか、それが決定的に違っただけだ。

 戦禍に巻き込まれたひとたちは、戦争を始めた人間を憎んだ。戦争を続ける人間を恨んだ。それでも、ひとびとが選んだのはサザナミたちだった。
 同じ痛みなら、未来に遺す訳にはいかない。

 そう願って、時には残忍な決断をしたアキラは、戦いの後、どこへともなく姿を消していたのだ。
 サザナミは、記憶と違わない姿、違わない懐かしい声に目を細めると、あの頃より断然低くなったアキラの頭を撫でる。
 アキラは変わらない。サザナミの背が伸びたことによって、身長差が開いただけだ。

「つらい?」
「いや、つらくはない。成長しないのは、理解してたし、これからだって変わらない」

 撫でられるまま、こちらを見上げてくるアキラに、手を伸ばす。
 後頭部を掴んで抱き寄せる。あの頃は知らなかったから、乱暴だった抱擁も、いまなら優しくしようと思える。

「僕は、つらいよ。アキラが平気だっていうのがつらい」
「サザ?」
「いつか、僕は君より先にいなくなる。二度と君に会えなくなる。戦友はあの世で会おうと約束してきたけれど、君とはもう会えなくなるんだ」
「・・・・・・」
「僕の大事な親友が、僕の居ない世界で泣いていないか心配だ。でも、僕の死を悲しまないのも、少し寂しい」

 我儘だよね、そういってアキラの耳元で笑う。
 されるがまま、黙って俯いているアキラに、サザナミは一旦腕に力を込めると、身体を放し、顔を見られないように反対を向いた。

「君はまだまだ生きるじゃないか」
「それでも、君は、僕の居ない世界でずっと生きていかなきゃいけない」

 涙声になるのをなんとか抑えて、込み上げてくるものを全て吐き出した。
 一緒にいたころは、アキラが抱えているものなど、なにも見えてはいなかった。
 サザナミの軍師が以前いた軍に、アキラもいた、ということは知っていたが、戦後彼にアキラのことを訊けば、どうやら歳をとっていないことに思い至った。
 まだ若かった彼は、親しいひとを亡くして泣いているアキラを慰める術がなかったと後悔していた。
 一人前の軍師として名が知れている彼の修業時代、となると、どうみてもサザナミと同い年にしか見えないアキラが上官であるのは、考えにくい。
 しかも、彼もアキラのことを『変わらない』と評していた。

 自ら死を選ぶことはできるらしいが、サザナミが知る限り、アキラはそれをする人間ではない。
 たくさんの死を見送ってきたのだろう。どれだけの悲しみを胸に秘めているのだろう。
 考えても、想像しても、それはきっと、まったく足らない。
 想像を絶する痛みを抱える親友を想って、サザナミは苦しくて泣き叫んだ。
 気づかなかった自分の未熟さと、傍で支えてやれない自分の選択と。
 自分の横で、笑ってくれていた、アキラの強さと優しさを。
 痛いほどの想いが胸をかけ巡り、彼女を心配させた。

 やがて、それは落ち着いたけれど、それでも忘れることはなかった。
 アキラという親友がいてくれたことを。

「アキラ」
「・・・・・・?」
「もしも、僕の訃報を聴いたら会いに来て」
「サザ」
「まだまだ生きるつもりだけど、それでも、最期に会いたい」

 そういって振り返ったサザナミの笑顔は、月明かりに照らされていた。
 季節外れの蛍が飛び交う中、タイムスリップしたような感覚を覚えて、アキラは目を閉じた。





「・・・・・・おや、墓参りですか、お若いの」
「えぇ。それにしても、たくさんのお供えですね」
「ここはこの国の英雄の墓。皆彼を慕っていた。いい男だった」
「そうですね」
「・・・・・・? 貴女のようにお若い方は戦争のことなど憶えていないでしょうに」
「それでも」

 約束してましたから、と微笑む女性に、老人は頷く。
 雨の降る足場の悪い道を、この小高い丘に造られた墓標に向かって歩いてくる間に雨は上がり、到着したときには、きらきらと雨粒が光っていた。
 供えられた花や食べ物は、彼の死後20年経っても、途絶えることはないらしい。
 いつの間にか空には虹がかかり、小鳥は囀り。
 太陽のようだったサザナミが、その場所を暖かく護っているようで。すべてを護りたいと願い、護った彼が、死後もなお、そこにいるかのように。








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お題:「蛍」「約束してました」「虹色」
お題提供:たんぽぽ様
キャラ出典:『月の夜に落ちた君』『戦禍の村』他から軍師補佐アキラ、軍主サザナミ



久々にアキラたちを書いてみて、ん・・・?と。
お題的に、再会をイメージしていたのですが、なにやら・・・・・・
元々のアキラの設定からして、サザナミの没後に彼の墓参りに行けるかどうか、それはまだ詰めていないのでわからないのですが
まぁ、IF設定で、これもアリということで。
背の低いことが何気にコンプレックスだったサザナミも、戦後にまだ成長が続いて随分男らしくなったようです。
なのにこの口調、ってちょっと違和感・・・?
アキラの隣だから、ということでご容赦を。



うん、やはりもっときちんとあの話は書きたいな。

たんぽぽさん、更新に気付かずになかなか作品が書けずすみません!
すごく楽しんで書かせていただきましたvv









コメント

nophoto
たんぽぽ
2012年10月15日1:38

お題で、書いてくださって、ありがとうございました。
楽しんで書いてくださって、うれしかったです。

じっくり読ませていただきました。

また、お題、考えますね。


k
2012年10月18日2:01

たんぽぽさん>
本当に楽しく書かせていただきました。
またお題お願いますね。
k

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