光が屈折する。
 光が反射する。
 そこには何も見えないのに、確かに存在する壁。

「ここは、君の心だよ」

 どこからか声が聴こえる。
 暖かいような、優しいような、冷たいような、怖いような。

 辺りを見回しても、何も見えない。
 だけど、不思議と圧迫感を感じないのは、それは開けているから。
 空間はある。それでも、どこにもつながってはいない。
 光は降り注ぐ、それでもどこへも行けはしない。

「よく似ているでしょ?」

 くすくすと笑う声は、少年の様でいて、少女の様でいて、どこか大人びた気配も感じる。
 反響するせいで、どこから声がかけられているのか、それは判断がつかない。
 それでも、そこにいるような気がして、ノエルは一点を見つめた。

「これが私の心?」
「そうだよ」
「私の心は、もっと暗くてドロドロしてるよ」

 それなのに、ここは明るくて、開けていて、緑もあって、優しくて暖かい。

「全然違うわ。こんなの私の心とは似つかない」

 ノエルは首を振り、そしてまた同じ一点を見つめた。
 光に溢れ、そして暖かい陽の光が届き、時折屈折の仕方によってはきらきらと虹色に輝く。
 植物の象徴である緑も、ゆっくりと時が経過するように、芽吹きの若い緑から、最盛期の深い緑、そして黄色味を帯び、柿色や朱色に染まり、灰色になる。
 それでも、また芽吹きの若い色へと戻る。季節は移ろい、止まることはないのだと、生命の営みを感じる。
 こんな、綺麗な心ではない。
 上を見上げれば、冬の澄んだ空気を髣髴とさせる青い空。真っ白な雲は、夏の様であり、わたあめのように溶けそうな雲もある。
 あれが空であり、雲であるのか、それすらこの場所からは判断がつかない。
 光の加減でそう見えているだけで、全く別のものなのかもしれない。
 それでも、綺麗だな、と見上げてしまうくらいには、清々しい。
 曇り空や雨が多いノエルの心とは似つかないと本人が思っても仕方がない。

「全然似てないよ」

 視線をおとし、そう言葉を紡ぐノエルに、声は少し笑ったように思えた。

「似てるよ」

 そして続ける。

「君の心は綺麗だよ。そして醜い」

 声がそう言ったのと同時に、辺りが暗くなる。
 それまで、見渡せていた世界は、結露した窓のように、曇って見えなくなった。

「君の心は澄んでいても、すぐに澱む」

 こんな風に。
 声は笑う。

「なにより、心を開いているようで、壁がある所なんてそっくり」

 そして、壁は元の透明な、それでいて確かに存在する状態へと戻る。

「何ものにも染まり、何ものにも染まらない」

 目まぐるしく世界の色が変わる。
 世界を通じて、ガラスの在り方が変わっていく。
 カメレオンが擬態するかのように、ガラスの存在は認知できなくなる。

「私は、周りばかり見てる自分が嫌なの。周りに合わせなきゃって不安になるのはもう嫌なのよ」
「ほんとに?」
「・・・・・・・」
「合わせてる、って思いこんでるんじゃない? 君は、君のままなのに」

 周りを見てみなよ、と声が言う。
 壁があって、中は何一つ変わっていない。
 この空間の温度は変わらないし、景色は変わっても、空気は変わらない。

「君は君のまま、変わってないんだよ」

 大事なところは、何一つ変わっていない。
 壁を作るということは悪いことなのかもしれないが、それは自我を護るため、自分の意思を持っているということ。
 確固たる信念を持っているということ。
 周りに合わせるのは生きやすくするため。
 いい悪いで判断することではないし、自分の意思を曲げない程度に合わせるのは、社会に適応するために必要なスキル。

「大丈夫、君の心は綺麗だよ」

 声は言う。
 社会の汚さに辟易しても、それに抗う術もなく従うだけ。
 心は折れて、世界に絶望しても生きるために従うだけの毎日。

「君の心は、何ものにも侵されない」

 消えかけていた蝋燭の灯りが、確かに胸の奥に灯った。
 何のために生きているのか、合わせるだけの毎日が嫌だった。
 それでも、誇りを持って、護ってきたものが、確かにある。

「さぁ、戻ろう」

 目まぐるしく変わっていた景色に、確かにそれまでとは違う光を見つけた。
 その方向へと、一歩踏み出す。
 合わせているからといって、屈しているわけではない。
 大事な本質まで、汚されてしまったわけではない。

「大丈夫」

 明るいほうへ導かれるように歩みを進める。
 あぁ、そういえばあの声はどこかで聴いた気がする。
 遠のく意識の中、ノエルはそんなことを想った。




「・・・・・・・」
「ノエル・・・・!」

 目を開ければ、視界いっぱいに大切なひと。
 嫌なことが多くて、むしろ嫌なことばかりで、見失っていた大切なこと。
 いつだって、支えてくれて、そして心配してくれていたひとがいること。
 そしてなにより、自分という存在を、自分の心を、信じること。

『君の心は綺麗だよ』

 犯罪を強要されても、嫌がらせを受けても、それでも、守り続けたものがある。
 大切な友達が、ターゲットにされたとき、それまでどうでもよかった社会現象が、不快なものになった。
 それだけは、どうしてもダメだと、守り続けて。
 そして、自分がターゲットになっても、その守っていた対象からいじめられても、耐えた。
 きっと、ここで立ち向かったりすれば、護りたかったものでさえ護れなくなる。
 いままで、傍観者でいたことのつけがきたのだとそう思った。
 傍観者であることの罪深さ、自分がターゲットにならないための予防線。
 それでも、大切な友達を護るには、傍観者ではいられなかった。
 必死で抵抗したノエルは、いつしか気に食わないと排除される側になった。

「ごめんね、ごめんね、ノエル・・・・!」

 目の前で、ぽろぽろと涙をこぼす友人は、護りたかった対象。
 こんな風に泣かせるためではなく、笑っていてほしくて、護りたかったのに。
 最後まで守り切りたかったのに、途中で心が折れてしまったから、こんなにも泣かれるのか。
 じゃあ、今度は最後まで護れるといい。
 新たな決意を胸にノエルは心の底から笑った。



 


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お題:「ガラスの館」「柿色」「明るいほうへ導かれて」
お題提供:たんぽぽ様



楽しんで書かせていただきました♪
ありがとうございましたー!



コメント

nophoto
たんぽぽ
2014年8月13日19:46

気づくのが、すっかり遅くなってしまって、すみません。

この作品も、とてもいいですね。

色の描写も。
季節が一回りして、また始まり続くことも。

そして、こころをあらわすことの発想も。

気持ちをよく表現されていますね。

確かなもの。

ラストも、好きです。

k
2014年8月15日20:25

たんぽぽさん>
読んでくださりありがとうございましたー
大切な友達を護ろうとして命を落としかけた子の心理状態を
精一杯書けたかな、と思います。
傍観者でしかなかったけれど、やはり大切な友達を傷つけられるのは我慢できなくて。
それがどんなに酷いことなのか、初めてわかって
傍観者でいた、傍観者でいることを選んでいた自分が、とても汚いもののように思えて
行動に移せたノエルは、強い子なんだと思います。

季節が巡る=生命の危機の状態
といったようなイメージです。
何度か山場があったようですが
最後には光溢れる『春』=生命の象徴
蝋燭の灯り=精神の回復
といったイメージで
生きるには生命力も、精神力も必要だな、と
そんなことを考えながら書きました。
たとえ生命の回復ができて春が来ても
精神の回復がなければノエルは目覚めることができなかったと。

いろいろな要素を盛り込めたので、とても楽しめました。
ありがとうございました。
k

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