「新緑」「ぷわんぷわん」「呼びに行く」
2014年6月1日 ネタ帳 コメント (2)ゆるやかな風、暖かい陽射し、どこかそわそわと落ち着きのない心。
新緑が目に鮮やかで、微睡みの中に住みたくなる気候。
新しい生活、新しい出会い、新しい友達。
少し前まで別れに涙していたというのに、いまは期待と不安が入り混じった、複雑な心模様。
「あら、落ち着きないわね」
「? わかりますか?」
馴染みの店に来て、落ち着いた一時を過ごしている時さえ滲み出てしまう、どうしようもない感覚。
同じことの繰り返しだった毎日が終わり、また違った日々が始まる予感。
陽が落ちる頃には、感傷的になることが多いのに、それにも勝る、なんともいえないこの心地。
「そうか、クラス替え、あったのね」
「はい」
いい香りが、湯気とともに鼻腔を擽る。
馴染の店員さんが言い当て、にっこりと笑ってくれる。
「この時期特有の感覚・・・・学生の特権ね」
「そう、ですね」
「そうよ。思う存分楽しみなさいな」
あと数年もすれば、そんな感覚なくなるのだろう。
こんな風に心がどこか落ち着かない、そんな特有の感覚を憶えるのは、春に区切りがある学生の内だけ。
それを思うと、どこか足が地につかない、ふわふわとした感覚さえ、大事に心に記憶しておこうと思える。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
思わず声が弾むのが、自分でもわかった。店員さんもにっこり笑って、ごゆっくり、と云ってくれる。
金曜日、一週間が終わったことを楽しむためにこの店に来る。
いつも注文する、この黄色の物体。
固形物でもなく、液体でもなく、触れれば、ぷる、ぷわん、ぷる、ぷわん、となんとも魅惑的に揺れる。
幼い頃、母に作ってもらって以来大好きで、仕事で忙しくなった母の代わり、といってはなんだが、伯父がやっているこの店で食べさせてもらう。
「んーーー!!!」
一口すくって頬張ると、口内に拡がる甘い香り。
香りの正体であるバニラの原液を舐めると、とてつもなく苦いのだが、やはり『甘い』と表現してしまう。
とろとろの殆どカスタードクリーム状態のプリンもあるが、個人的には、少し固めが好きだ。
苦みのあるカラメルに、生クリームとプリンのやわらかな甘みが絡まって、至福の時を過ごす。
喫茶店なので、フルーツも盛り合せてあるのだが、やはり、プリンが主役だろう。
早く食べてしまいたい衝動と、そんなに急いでは勿体ないという気持ちが合わさり、なんとももどかしい気持ちを味わう。
もどかしいけれど、その感覚さえ楽しい。失いたくないと思ってしまうほどに。
恐らく、週末のこの時間を欠いてしまうと、翌週頑張れない、というか、そもそも生きていくのが危うい、と感じてしまうほど、大好きな時間だ。
「こんにちはー」
入口のベルが、カランカランと音を立て、挨拶をしながら人が入ってくる。
その見覚えのあるその姿を見て、席を立つ。
「こんにちは、伯父さん呼んできますね」
「やあ、頼むよ、大きくなったね。美人になった」
「ふふ、ありがとうございまーす」
穏やかな初老の男性は、伯父の歳の離れた友人だった。
幼い頃には頻繁にこの店で会っていたから、顔を憶えていた。
優しくしてもらった記憶があるので、お世辞をいわれても、悪い気はしない。
この時間、店のことは店員たちに任せて、マスターである伯父は、二階の自室で書類を整理しているはずだ。
店内の様子はカメラを通してみているので、よっぽどのことがない限り降りてこない。
それくらい信頼して任せられるひとたちでよかったな、と思う。
階段を上り、二階にいるはずの伯父を呼びに行くと、少しだけ風が通った。
廊下の端にある窓があいている。恐らく他の窓も開いており、それで風が通ったのだろう。
夕暮れの、すこし肌寒い風を感じると、途端に室内は暗く見えてくる。
まだ明るいから、と電気をつけていなかったことを、少しだけ後悔した。
怖がる必要はない、とわかってはいるのに。
「おじさーん」
店の方に響かない程度の声をあげる。
何度か繰り返してみるが、返事がない。
不思議に思って、いつも作業しているはずの部屋へノックをして入る。
窓際のカーテンが、ゆらゆらと揺れていた。
「伯父さん?」
机に突っ伏している伯父の姿を見つけて、少しだけ不安になる。
これはミステリー小説の読みすぎだ。ミステリー漫画も好きだから仕方ないけれど、身近で事件とかは起こってほしくない。
あれはフィクションだから面白いのだ。
不安を振り払うように頭を振って、一歩を踏み出す。
「・・・・!?」
ギィっと軋む音に、驚いて心臓が跳ねる。
床板が古くなっているので、その音だと理解しても、なかなか心拍数が落ち着かない。
呼びに来ただけなのに、何か犯罪を犯した、犯人の心境に近い感覚を憶えてしまって、おかしくなった。
「ん・・・・・?」
「おじさん!」
くすくすと笑っている声が耳に入ったのか、身じろぎをして顔を上げる伯父に、呼びかける。
友人が来ていることを伝えると、にっこりと優しい顔で笑ってくれた。
「ありがとう。じゃあ一緒にいこうか」
その笑顔が心を暖かくしてくれる。
そわそわとした気持ちも、すべて包んで、優しい気持ちにさせてくれる。
これから変わっていってしまうだろう未来に対して、感傷的になっていた気持ちさえ、すべて。
「うん、やっぱり好きだなぁ、ここ」
「それは光栄」
ぽつりと呟いた言葉の意味は、たぶん分かってもらえていないけれど。
そんな、春の日の想い出。
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お題:「新緑」「ぷわんぷわん」「呼びに行く」
お題提供:たんぽぽ様
随分遅くなってしまいました><
でも、書けて良かったです♪
ありがとうございましたー
コメント
そわそわ落ち着かない気持ち・・・。
そうですね。5月、新緑の季節は、新しい生活、新しいメンバーとの季節ですね。
ぷりんの 少し固めで、しっとり焼いてあるのが、私も好き。
呼びに行き・・・・どきっとする描写も
とてもひきこまれました。
ほっとして、ほんわりしました。
読ませてくださって、ありがとうございました。
読んでいただきありがとうございます♪
今回お題が更新されていることに気付くのが遅くなり
そこから書き出すまでもまた時間がかかってしまいました。
が、無事にお題で書くことができてよかったです。
楽しませていただきました!
またよろしくお願いします。