風が少し涼しくなってきた。耳をすませば、秋特有の音がする。
 そういえば日が暮れはじめるのも随分と早くなった。
 空も突き抜けるような青よりは、澄んで少し柔らかい色になった。

「・・・・・・秋、か」

 物悲しい、寂しい季節だと世間一般にいうけれど、秋が好きだ。
 果物が美味しい、野菜もどんどん甘みが増してくる。
 紅葉は目に鮮やかになるし、過ごしやすくなってきた。
 夏に比べればテンションは高くないけれど、ゆったりと落ち着いた雰囲気をもつこの季節が大好きだ。
 騒ぐことよりも、ゆっくりとした時間の流れを感じられて、ひとりの時間を十分楽しめる季節。
 マイペースな自分には、一番あった季節だ、と悟は思った。

「・・・・・・んー」

 鼻先をくすぐる風が、身体全体を冷やしていく。
 思わず身震いして閉じた瞳を、開けるといつもと違う景色が広がっていた。
 違う、というか、視点が。

「・・・・・っと、これは」

 カラカラカラ、と車輪が回る音がする。
 一瞬の出来事で、何が起きたのかよくわからなかった。
 いつも通り、夕暮れ時の土手道を、風を受けながら自転車で走っていたわけだけれど。
 慣れた道、慣れた時間。
 それでも一瞬の気の緩みが、こんな―――

「・・・・ってて」

 認識した途端に、重い痛みが身体を駆け巡る。
 目の前にある赤い実に、まるで火花が飛んでいるかのように錯覚する。
 大丈夫だ。大丈夫。
 痛みからおもうように動かせない身体にもどかしさを感じながら、ゆっくりと身を起こす。
 幸い、打撲はしていても、目立った外傷はない。
 自分が先程まで走っていた土手道を見上げて、軽くため息を吐く。
 もう少し休んでからにしよう。まだ身体が上手く動かせない。
 そう決めて、草叢へ寝転ぶ。
 風に草花が揺れ、少し枯れ色になってきた背の高い草が寝転んだ悟を周囲から隠してくれる。
 カラカラと音を立てて回っていた車輪は止まったようで、元々人通りの少ないこの辺りは草花を揺らす風と、水の流れる音だけ。
 気持ちが良くなって、空を見上げる。
 少しずつ意識がはっきりしていくのがわかる。
 自分の視野が何度か憶えていないが、どうせたかが知れている。
 どんなに頑張っても、360度、地球の裏側までは視えないのだから。
 視えている範囲で生活する。それは悪くない。
 視えている世界で充足する。それは悪くない。

「それでも」

 この先の、目の前の世界ですら、オゾン層があって、その先の宇宙があって。
 自分の知らないものに溢れている。

「いつか」

 知らず声がかすれる。
 かすり傷ができた腕をまっすぐ空に向かって伸ばした。
 ゆっくりとその手を握り締め、そこにある何かを感じる。

「届くはずだよな」

 大好きで、大切な季節。
 ひとが切なさを感じるのはよくわかる。
 物悲しい気持ちになるのもわかる。
 でもきっと、この先には、視たことのない世界があるから。
 繰り返される営みの先にもきっと、望んだものはあるはずだから。

「・・・・・・じゃぁ、まぁ、帰りますか」

 痛む傷を抱えながら。
 それでも一歩、この先へ。

 





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お題:「 少しもどかしくて」「360度」「赤い実」
お題提供:たんぽぽ様

とても楽しく書かせていただきました。
ありがとうございました!

コメント

nophoto
たんぽぽ
2014年10月8日22:12

お題で書いてくださって、ありがとうございました。

秋の季節の良さが、さりげなく書かれていて、いいですね。

一瞬のうちに、土手から・・・・・
その表現が、とても巧みで、わくわくしました。

そして、
短い「   」の中の言葉と、こころの中の思い
組み立てが、素晴らしいと思いました。

読ませてくださって、ありがとうございました。

k
2014年10月9日18:55

たんぽぽさん>
こんばんは。
読んでくださりありがとうございます!
今回、頭の中でもっと違う話のつもりで書き始めたのですが
手が勝手に・・・・・・
なので、自分でも少し驚きの形になりました。
諦めない強さ、痛みを抱えながらも前に進む強さ
全てを内包した強かさが書けていたら嬉しいです。

k

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