目の前に広がる景色は、通常のソレではなく。
 今の今までいた場所は無機質で人工的な部屋だったはずだ。
 役人に云われて連れてこられた部屋では、身体チェックと心理テストのようなものを課せられた。
 そして様々な説明を受けたが、その内容は全て一度で把握するには大変な量だった。
 ごく普通の知能しか持っていない男には少々難解な、普段使用しない言葉もあり、内容の半分も残っているか否か、のレベルだった。
 それでもいい、ということなのだろう。
 晴れて適合とされた男は、機械の中へと促された。
 おおよそ外から見た機械の箱の中とは思えないほどの空間。ホログラムかなにかで造られた部屋。人類の科学技術もここまできたか、と感嘆の溜息を吐いていると。

「お待ちしておりました」

 深々と礼をする小動物に、男は目を丸くする。単に喋る狐に驚いたわけではない。
 狐はドロンと音を立てて、女性の姿を模ると、先導するように歩き出した。

「ではここから一振、お選びください」

 机の上に鎮座している5振の刀。男は刀を数える単位が振であることなど今まで知らないほど無知ではあったが、何かに吸い寄せられるように一振の前に立った。
 そして、狐が次に告げる言葉を待たず、その一振に手を伸ばす。

「・・・・・!!!」

 その瞬間、なにかに弾かれたように男が後ずさる。見えない壁にでも阻まれたような感覚に、目を白黒させている。
 刀は確かにそこに在るのに、何故。

「その刀でよろしいのですか?」

 触れようとして、触れられなかった刀の前で右往左往する男に、狐は問いかける。
 その刀でいいのか問うても、他の刀は見えていないらしい。ただ、そこにある一振に心を奪われている様子だ。

「審神者様、刀に触れるには、力を示さねばなりませぬ」
「力を・・・?」

 はい、と狐は頷く。
 力の示し方については、説明を受けた。いままでの生活ではあまり縁のなかった方法だ。それでもそれが必要とされることは、理解できていた。あの長い講義で、必要な知識は山ほどあり、ほとんど忘れているにもかかわらず、そこは憶えていた。

「我、汝に力与え、汝と共に歩むため、汝と契約す
 汝の力を我に与え、汝の望みを我に聴かせよ」

 自然と身体の内から言葉が溢れてくる不思議な感覚。望まれている、そう感じた。吸い寄せられるように、他の刀は見えないように、目隠しをされている。呼ばれているのだ、この刀に。
 呼吸を整え、全身に流れる気を感じる。そしてそれを手に集めるようにイメージする。

「蜂須賀虎徹だ。俺は本物だよ」

 君はどうだい? そう問うてくる相手に、ふんと笑い、本物だ、と答える。
 何が、とは問われていない。虎徹に贋作が多いことを自らが本物だと名乗ることで示した相手に、本物如何を問われたとて、詮無きこと。己は己でしかない。ひとと刀は違うのだから。
 そうして男と蜂須賀は出逢い、契約は結ばれた。
 狐に促されるまま、薄暗い部屋から一際明るい出口の方へと足を向ける。視界が白に染まり、眩しさに目を細めた。そして。

「・・・・・」

 目を開ける前から、感じた違和感。
 頬を撫でる風が、少し冷たい。緑の香りが鼻腔を擽る。
 眩しさに漸く慣れて、ゆっくりと瞳を開けた。
 耳に届くのは小鳥の囀りと、どこか近くに水場があるらしきせせらぎの音。
 青々とした草木には雫が光り、見上げた空に在る太陽の位置から、それが朝露だと気づく。
 ひんやりとした温度は心地よく、清々しい気持ちになる。

「ここは」
「ここがあなた様の本拠となる本丸にございます。
 改めまして、審神者様のサポート役を務めまする『こんのすけ』と申します。
 世界の命運を握る戦いにございます。何卒お力を!!」

 狐の姿に戻ったこんのすけは、深々と礼をする。
 審神者の数はまだまだ少ないらしく、本職である神職以外からもひとを集めなければならないらしい。
 長い年月を生きて、失敗や後悔を繰り返し、変えたいと願う過去もあるにはあるが、だからといって実際に変えてしまおうとは思わない。例えそれが小さな事柄であっても、その先にいまの自分があるのだから。過去を変えてしまっては、いまの自分の存在すら危うくなる。いままでの経験がなにひとつ欠けても、自分というものは揺らいでしまうのだ。
 小さなことを繰り返しながら、そして成長していく。ひとの生き死にほど大きなものでないとしても、変えていいことにはならない。そのほころびが、将来どんな大きな変化へと繋がっているのか、現時点では何も見えていないのだから。

「俺にその力があるなら」

 存分に。
 大切なひとたちが、消えてしまわないように。



お題:「驚く」「朝露」「明るいほうへ」
お題提供:たんぽぽ様
ジャンル:刀〇乱△(二次)

あまりに旬ジャンルすぎて、伏字にしないと怖い。






コメント

nophoto
たんぽぽ
2015年9月13日0:17

お題で、創作してくださって、ありがとうございます。
いつもながら、惹きこまれていきます。

ラストの文章も、とてもいいなと思いました。

k
2015年10月16日6:40

たんぽぽさん>
読んでくださりありがとうございます!
歴史改変素子をするゲームを題材にさせていただきました!
倉敷の刀剣美術館、県立博物館などいきましたが
今度は長船に行きたいと思います。

本当はオリジナルで書きたいので、元気が出てきたら再挑戦するやもしれません。
素敵なお題をありがとうございました。
k

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