「蛍石」「荒々しい」「あかまんま」
2015年10月16日 ネタ帳 コメント (2)穏やかな秋の日とは違い、少しばかり荒々しさを感じる風が吹き抜ける。
夏の盛りの色合いを過ぎ、世界が一色へと向かう季節。
誰もが急ぐ道の傍に咲いたあかまんまがその色彩を主張し、そして人工的な赤、緑、黄色といった色がちらほらと店頭に飾り付けられている。
ふとショーウィンドゥに飾られた、原石に引き寄せられた。
窓から見える店内は薄暗く、営業中なのかどうかの判断はつかない。
入口はどこだろうと首を動かし、そこを確認すると、自然と脚が動いていた。
木製の扉には小窓が造りつけてあったが、カーテンで目隠しをされている。
古めかしいドアノブには、営業中の看板が、あまり目立たないようにかけてあった。
あまり商売気はないらしいその佇まいに、入店を拒まれているかのような感覚を憶える。
逡巡した後、やはり、と思い扉を開けた。
「・・・・・・!」
扉にかけられていた軽い鈴の音と共に明るい外から、薄暗い、というよりもどちらかというと暗いと表現する方が妥当な店内へと歩を進めると、暗順応ができずに、しばし失明したかのような感覚に見舞われる。
目を細めている内に、段々と順応ができていき、視力が戻ってきた。
「・・・わぁ」
改めて店内を見回すと、思わず小さくそんな声が上がるほど、そこは幻想的な場所だった。
たくさんの鉱石が暗闇の中で光を発している。
緑、ピンク、赤、青・・・様々な色の光がある。
まるでコンサートやライブ会場のような色あいが、そこかしこで光っていて、思わず息をのんだ。
「いらっしゃい」
その幻想的な、まるでRPGの世界にでも迷い込んだような景色に見惚れて、動けずにいると、声をかけられる。
店なのだから店員がいて当然なのだが、突然のことに驚いて肩が跳ねる。
その様に苦笑して店員は、ゆっくりしていって、と続けた。
「ここにあるのは殆ど紫外線を当ててるんだ」
だから光っているんだよ、と説明を受けても、いまいちピンとこない。
紫外線といえば、肌に当たると日焼けを起こし、女性の大敵であるシミ、果ては皮膚がんまでと恐れられるあの紫外線のことだろうか、と考え込む。
そんな恐ろしいもののように視えない、というよりも、むしろどこか温かさすら感じる光に、やはり頭がついていかない。
確かに、近寄って見てみると下から何やら機材を使って光らしきものを当てているのは見える。恐らくこれが「紫外線」というものだろう。
そういえば、ブラックライトパネルシアターなんていうものも、暗闇で光っていたな、と思い出す。
蛍光灯の下に置いておいた蛍光ペンが暗闇で光っていたのは、初めは気色が悪かったけれど、つまりはそういった作用が自然界には存在するということなのだろう。
なんとか頭の中で納得し、辺りを見回す。
本当に不思議な色合いだ。
近づいて見ると鉱石の名前を書いた札が置いてあり、それぞれを見分けることができるらしい。
暗闇で見ると光っているが、陽の光で見るとまた違う感じなのだろうか、と考えつつ歩を進めると、「蛍石」と書かれた石の前で足が止まった。
先程通り過ぎた同じ名前の石と、何やら光り方が違う。その光からどうしても目が離せなくなって、じっと立っている。
「あぁ、それは君を呼んでるんだね」
「呼んでる?」
「多分、だけどね」
動かなくなったのを見て取って、店員が話しかけてくる。
石に呼ばれる、というのはどういうことかはわからないが、それでも目が離せない。
「まぁ、ラピュタの石みたいなものだと思えばいい」
「石が人を選ぶ、ですか」
「そんなもんだよ」
そういわれても、いま持ち合わせがある訳ではない。どうしようか。一生に一度の出会いかもしれない。
「あぁ大丈夫。別に買ってもらう必要はない」
「え」
「呼んでいる、とはいっても手に入れる必要はないんだ」
「・・・・・」
「いつでもおいで」
そういって、店員は微笑むと、店の奥へと消えた。
その言葉と共に、何故だか店から出なくてはいけない感覚になり、入ってきた扉を潜る。
数歩進んだところで、突然強い風が、例の荒々しさ感じられる特有の風が吹き、目を瞑った。
瞼の裏に、あの不思議な光を感じ、後ろを振り返る。
「え」
そこには、先程まであったはずの店はなかった。
石の飾られたショーウィンドゥも、あの古めかしい木製の扉も何も。
まだ師走にはならないのに、既にクリスマスの足音に浮き足だった街並みが、赤、緑、黄色といった色をばらまいて、楽しそうに流れていく。
店は、初めからそこになかったかのように、当たり前の時が流れていた。
それでも―――
瞼を閉じればあの幻想的な鉱石が、やはり目を離せない光を放っていた。
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お題:「蛍石」「荒々しい」「あかまんま」
お題提供:たんぽぽ様
あかまんまも蛍石も実際に言葉としてピンと来ていなかったので
ネットで調べてから書き始めました。
「あかまんま」は犬蓼という植物のことなのですね。
そういえば見たことあるかも、と思いました。
画像検索の威力すごい。
蛍石は紫外線で光らないタイプもあるようですが
加熱すると光るのですねぇ。
色々と勉強になりました。
コメント
三つのお題を、要に使われてて、
ラストの展開も感動しました。
蛍石のこと、調べてくださって、ありがとうございます。
店員さんとのやりとりも、いいですね。
この物語、好きです。
読んでくださりありがとうございます!
書いてて楽しかったです。