「蹴飛ばす」「アンダンテ・カンタービレ」「榛色(はしばみいろ)」
2015年12月6日 ネタ帳 コメント (2)黄金色の木の葉がはらはらと舞い散る。
ゆっくりと歩く時間は、忙しない日常からかけ離れていて。
「あぁ」
思わずため息を吐いてしまうほど見事な紅葉に辿り着き、脚を止めた。
すぐそばには紅が絨毯になってほとんど落ちてしまっているというのに、そこだけは時が止まったように色づいたまますっくとあった。
この時期の散歩は好きだ。
切なくも、物悲しくもなる季節に、色づいた木々を愛でると、少しだけ救われたような気持ちになる。
色づいて落ちても、また新たな季節に青々と茂る。
何度も繰り返し、繰り返し。
こうして寂しく思う日があっても、それは鮮やかに色づいて周りをはっとさせる。
散ったとしても、また青々と茂る。
大丈夫だ。何も哀しく思う必要はない。
哀しんでも大丈夫。それが色となるのだから。
いつの間にか心が躍る。歌でも唄いだすかのように。
口元に笑みが戻った。
やはり静かに自然の中を歩くのは、自分にとって大切なのだと思い知る。
『やっと笑った』
落ち葉を踏み踏み、その感触と音を楽しみながら歩いていると、そんな声がした。
正確には声がした気がする、という方が正しいのだろう。
声がしたという確証がない。
それでも何故か気になって、辺りを見回す。
やはり何もいない。空耳だったか。
「気のせい、か」
そう思い直して歩を進めることにした。降り積もった枯葉を蹴飛ばして、蹴散らしながら進む。
幼い頃よくこうして遊んだ。落ち葉のクッションを作ったり、絨毯の上に身を投げ出したり。
ただただ純粋に楽しかったあの頃を思い出し、楽しくなる。その気持ちのまま視線を上に移動した。
子どもの頃は空を見るのも大好きだった。雲の形や、空の向こうの世界を想像すれば飽きることなどありえなかった。
木々の向こうに広がる空は高く、どこまでも蒼い。青いというのは少し違うか。緑? 否、赤もか。
「あか・・・?」
夕暮れが近くなってきたのか、とふと考えて頭を振る。
家を出たのは昼を過ぎたばかりだったはずだ。そこから車で1時間、山の中で30分だとしても、これはおかしい。
雲に乱反射している色とも違う。
視界に移る紅葉が滲んだ訳でもない。
泣いていたのは事実だが、涙で滲んだ紅を空に移すほど混乱してはいない。はずだ。
「いったい」
なにが起こっているのか。
もう一度空を見やると、先程よりも多くの色が渦を巻くようにして蠢いている。
蠢いているというと少し禍々しい気もするが、他に適当な言葉を知らないので勘弁してほしい。
混ざり合い、溶け合い、融合し、離れてはまた渦を巻く。
あちこちで光がはじけ、パステルカラーが辺りを侵食していく。
今まで見ていた景色が、気付けば見えなくなっており、栄華を誇るかのような黄金や紅はどこにもない。
足元さえもパステルカラーのふわふわしたものに変わっていて、試に何度か足踏みをするが、枯葉を踏むあの感覚も音もどこにもなかった。
実際に経験したことはないが、雲の上を歩くというのはこういった感覚のことをいうのだろう、ということはなんとなくわかった。
地面を踏んだ時のあの反発はない。かといってトランポリンとも違う。
強めに踏みつけても、ジャンプをしてみてもダメだった。
しかしながら、そのまま落ちてしまう、という恐怖はないのだから、不思議だった。
感触がないのであれば、どこまでもどこまでも落ちてしまいそうだが、その不安さえなかった。
確かにここに「立って」いられる。何故だか知らないが、そう確信していた。
「ようこそ」
このパステルカラーの世界の謎を解き明かそうと色々と試していると、ふとそこにひとりの少年が現れ、丁寧にお辞儀をしていた。
パッと見は少年、なのだが、ひょっとしたら少女なのかもしれないと思い直す。
聴こえた声は高いが、この年頃であれば男の子という可能性は捨てきれない。
とはいっても見た目で年齢が判断できるほど、単純な人間ばかりではない。
大人だな、って思えば10代だったり、はたまた10代にしか見えない大人がいたり。
なにより、こんな風に頭頂部から耳が生えていては、一般的な尺度というものは当てはまらないのかもしれない。
「久しぶりだね」
「・・・・・・耳?」
思わず口に出してしまえば、少年は嬉しそうに頷く。
「うん、そうだよ。ミミさ」
君が昔つけてくれたんだよ。
少年はそういって嬉しそうに榛色の瞳を細めて笑う。
昔、という言葉に多少ひっかかりを覚えながら、曖昧に頷いた。
「僕らは君の帰りをとても楽しみにしていたんだ」
「・・・僕ら?」
首を傾げれば、ほら、とミミは腕を動かした。
身体を捻るようにして示された方へと顔を向ければ、たくさんの耳の生えた少年少女たちがいた。
イスに座って寛いでいたり、楽しそうにゲームをしていたり、はたまた編み物や料理といったことをしているものもいる。
美味しそうにケーキを包ばっていたり、楽器を演奏しているものもいる。
何が何やらわからないが、気づいたものは手を振っていたり、本当に楽しそうだ。
「ねぇ、折角帰ってきたんだから、一緒に遊ばないかい」
答えを待たずに、ミミはそういってこちらの手を掴んだ。
小さな存在に手を引かれ、転びそうになる所を一歩足を踏み出して堪える。
だが次の一歩を勢いで出した時には、少年の目線が、それほど低くないことに気付いた。
「え」
口から出た音は、誰にも聴き咎められないまま、そのまま走る。
小動物のように転げまわる少年少女たちは、先程想定したよりも小さくないことに気づく。
手を引く少年さえも、若干身長差はあれど変わらない。先刻は手を引かれるだけでバランスを崩したというのに。
疑問はぐるぐると脳内を巡るが、すれ違い様に投げかけられる言葉や笑顔。
差し出されるお菓子を口に入れ、時折飲み物も飲んで、何とはなしに駆け回る。ひたすらに駆けた。
何故だかそれがとても楽しくて、どこまでも走って行けそうだった。
「ね、楽しいでしょう」
「うん!」
思わず全力で頷いていた。
こんなに笑ったのはいつ振りだろうか。
こんな風に笑えるということを本当に久しぶりに思い出した。
頷くこちらにミミもその仲間も飛び切りの笑顔を見せてくれた。
「あれ・・・」
暖かな気持ちに浸っていると、懐かしいメロディが耳を擽る。
ゆっくりと、歩くような速さでのびやかに、軽やかに、唄うような音色が、懐かしくて、何故だか涙腺が刺激される。
こんもりと雫が溜まっていくのを感じながら、それでもそれを止めようとは思わなかった。
優しい笑顔と、優しいメロディ。
「あんだんて・かんたーびれ・・・」
遠い昔に祖父に教えてもらった曲。
穏やかで、優しかった祖父の笑顔が瞼の裏に鮮やかに蘇る。
喫茶店のカウンターで、コーヒーを淹れる祖父にねだってかけてもらった。
高いスツールで脚をゆっくりと動かしながら頬杖をついた。
甘いココアの香りが鼻腔を擽り、とても倖せだった。
「じいちゃん・・・」
亡くなったのは10年以上前だ。
哀しくてつらくて現実を直視できなかった。
こんなにも優しくて温かな想い出を遺してくれていたのに、思い出そうともしなかった。
「僕らはいつでもここにいる」
「いつでも会いに来ていいんだよ」
屈みこんで嗚咽を漏らす彼に、ミミたちは寄り添う。
触れている温もりに安堵を憶え、段々と心が落ち着いてくる。
自分の中でケジメがついて、お礼をいおうと目を開けた。
「ごめ、ありが―――」
耳に届いた声はひどく掠れていて。
目に映ったのは、ぼやけたグレーの天井。
首を横に動かして辺りを確認する。
ウィンドゥ越しに見える景色は黄金と紅で埋め尽くされ、枝にはもうついていない。
「ゆめ・・・?」
誰に云うでもなく、自分に確認するように紡いだ言葉は、耳に届いた音に消えた。
優しいメロディ、唄うように、歩くような、懐かしい。
『傍にいるよ』
耳の奥で、言葉が聴こえる。
少年のような、少女のような、そして大好きな―――。
車のドアを開けて、一歩踏み出す。
カサカサと枯葉が鳴り、空気は冷たく清らかだ。
こうやって日常から離れて、自然に身を任せる時間が好きだった。
そしてそれは、休みの日の祖父に繋がる優しい記憶。
もう少し、頑張ろう。
もう一歩踏み出して。
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お題:「蹴飛ばす」「アンダンテ・カンタービレ」「榛色(はしばみいろ)」
お題提供:たんぽぽ様
なかなか書く時間が取れず大遅刻ですみません!
書き始めて当初想定していた雰囲気が
どんどん変わっていくという不思議な感覚を体験しました。
時間をかけると、おもいも寄らぬ方向へと転がって面白いですね。
いつもノリと勢いで書き切ってしまうので新鮮でした。
ありがとうございました。
コメント
月に一度は、自然の中を歩かないと、どうにもこうにも
困ってしまう私なので、とても共感して・・というより、あれ?私?と思いながら
読み始めました。
今年は、紅葉の色づきが悪いと言われているけれど
私にとっては、美しく、今年も綺麗な色彩を見せてくれて
ありがとうと思います。
毎年、葉が、こんなに綺麗な赤色、紅色になることがとても不思議に思います。
そして、不思議な展開、楽しませていただきました。
書きながら、熟していくように、どんどん変わっていくこと
不思議ですね。
これからも、どうぞ、ご自分のペースで、気の向いた時に
書いてくださいね。
さっそく読んでくださりありがとうございます!
紅葉の時期は大好きなので、自然の中にいる景色が浮かんだところからこのお話はできました。
榛色を調べている内に、紅葉の中の小人さんが大きな目でこちらを見ていたのです。
時間がかかりどうなることかと思いましたが、楽しんで頂けて何よりです。
いつも素敵なお題をありがとうございます♪