ぎゅっと胸に握りしめたもの。
 それはきっと君に届くだろう。
 根拠はない。
 エバーグリーンの永遠の緑を想って。
 ふんわりと優しく微笑む君を想う。
 涙は見せない。
 哀しい、つらい、怖い。
 だけど。
 それでも前を向いて歩かなければならない。
 ずっとずっと君がそばにいてくれるなら。
 君を傍に感じることができるなら。
 きっとうまくいく気がするから。


 ありがとう。

 
 
 
 
**************************
 
 


お題:「根拠はない、だけど、きっとうまくいく気がする」「エバーグリーン」「ふんわり」
お題提供:たんぽぽ様
 
 
 
今回は散文詩っぽくしてみました。
作るのが遅くなってしまい申し訳ないですっ
しかも結局この程度・・・・・・!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

跳ねる 跳ねる 跳ねる

そこに鳥が飛来して 嘴に咥えて持っていく

それを遠目に見やって まだ夢の中のように思う



「・・・部屋にいないと思ったら。まだ寝てろよ、この重傷者」

「・・・・・・赤髪」



振り返ればそこにいたのは 弟をこの海へと連れてきた男

判っているのはどうやら おれは この男に救われたらしいこと



「すまねェ」

「俺にいうことじゃないさ。やったのはあいつだ」



そういって指をさした先 視線を辿れば 懐かしい少女がいて

おれは何故だか 泣きそうになった



「エース! 何やってんの、まだ寝てなさいって!」



赤髪の船は白ひげと遜色ないほど大きい

その船内を駆け回ってきたのか 彼女の息は上がっていて



「お前が、おれを?」

「まだ脈があったから、ギリギリね」



そういってぽふりと頭に手を置かれる

身長差の所為で彼女が背伸びして めいいっぱい背伸びして

あぁ あれからどれだけの月日が経ったというのだろう



子どもだったあの頃は 普通にぽんぽんと頭を撫でられていたのに

今はこんなにも視線が違う 身体つきも違う 力の強さだって違う



「~~~~~~っ」

「ちょ、エース!?」



震えて蹲るおれの頭上から 彼女の慌てた声が聴こえる



「ごめんね、あんた助けるのに精一杯で、というか、私がついたときには白ひげのおじ様は・・・」



おれの考えを知ってか知らずか オヤジの名前を出してくる彼女に

頭をブンブンと振ることで否定する 違う お前を責めている訳じゃない

ただ 敬愛するオヤジを失ってしまった喪失感を どうしても埋め合わせられなくて



「る、ルフィは多分大丈夫よ? なんとかっていうルーキーが連れて行ってくれたらしいし、生命反応はあるから」



こいつの感知能力は半端じゃないことは理解している

だからこそ おれを助けることに全力をとしたんだろうと そう思う

その時点でオヤジはもう 助からないんだと知っていたんだろう



だからこそ



「お前は何でおれを助けられるタイミングで」

「・・・・・・!」

「お前ならあの戦争を止められただろう?」

「・・・・・・・」



おれの言葉に沈黙する彼女に おれはもう何もいえない

そんなおれに 彼女はため息を零すと 淡々と告げる



「私だって私の力のコントロールができる訳じゃないの。

 勝手気ままに動いていく身体にあわせて状況を見極めているに過ぎないの。

 エースだって今回はたまたま居合わせたから助けることが出来た、ただそれだけのこと」



タイミングが悪ければ、あんただって死んでたわ

そう告げる言葉は 悪意などこもっているはずもなく



その言葉が痛いはずなのに どう取っても 優しいとしか感じられなかった

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

IFエースが手遅れでなく、うちのはちゃめちゃな設定のお嬢さんが頂上決戦終了間際にトリップしてきたら。

即行でエースを助けると思います。そしてガープじいちゃんにだけ、エースは生きますよ、とかいうんだ。

一人称がひらがななのが苦戦したとか云わない。




 
 
 
 コトリ、と異なる材質が接触する音がして、テーブルに影が落ちる。
 静かに鳴り出したオルゴールの音に、嗚咽が混ざる。

「・・・・・っ」
 
 声にならない声が、オルゴールの音だけが響く空間に重なる。


 泣いてはならない、そう思った。
 自分が泣いてはならない、そう思ってきた。
 こんなにも離れていて、あの揺れだって経験していないのに。
 温かい陽だまりの中にいて、弾力のあるベッドで横になれるのに。

 この時期は眠れない。
 ずっと頭が重たくて、瞼が張り付いたように、瞳を閉じさせてくれなくて。
 ただ呆然と虚無の世界を見つめる。

 何年経っても、忘れられない。

 街が賑わいを取り戻しても、人々が元の生活を取り戻しても、忘れられない。
 爪痕が、綺麗に隠されても。
 
 
 繰り返される映像が、瞼の裏に浮かぶから。
 心無い言葉が、耳に木霊するから。
 
 
 一度失った生活は、もう、元の形には戻らない。
 そこからは、また新しい生活なのに。
 それを経験していない自分が、なぜ泣く。

 何も失っていない自分が、なぜ泣く。
 本当の意味で怖い思いをした人々が、前に進んでいるというのに。
 どうして、自分の時計は、あのときのまま、止まっているのだろう。
 
 
 
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
突発短文。ネタ帳にもなりやしない。
トラウマ的ものを抱えている人、ってことで書こうと思ったら
いまだと『揺れ』を真っ先に思い浮かべてしまって。
別に今回の震災をイメージして書いたわけではないんですが。
寧ろ感覚的にいうと阪神のときのイメージで作った感じ。
逆に船の難破とかもイメージしたりしたんですが。(キノの旅の船の国みたいな)
 
 
 
不謹慎なネタかもしれません。
トラウマが残りませんように。一日も早い「日常」が戻ることを祈ってます。
 
 
 
 
 
 
 
 
「よぉ、よく来たな」
「お邪魔してるわ」
 
 時間帯が夜から朝に変わった。
 遊園地の主であるゴーランドが、今日もいい天気だ! と伸びをして屋敷から出て来る。
 夜からここの居候であるボリスに用があって遊園地に足を運んでいた私は、ここの主人に挨拶してなかったな、と少し困惑する。

「気にすんなって。いつでも来て良いっていったのは俺だぜ?」

 ごめんなさい、と言葉にするまでもなく反省しているのを見破って、ぽむぽむと頭を撫でられる。
 それがどうにもくすぐったくて、目を閉じる。

「そうやってあまやかすからボリスがあそこまで強引なのよ」
「何? 何かやらかしたのか、あいつ」
「一晩中いつ壊れるか知れないゴーカートに付き合わされたわ」
 
 はぁ、とため息をつくと、ゴーランドは思いっきり笑った。

「ははははは、それ位付き合ってやれよ。やつに会いに来たんだろ?」
「会いに来たとはいっても、用事があって会いに来たの。遊びに来たんじゃないのよ」
「用事?」
「ボリスに今度お菓子を作ってくれっていわれてたから、ブラッドの所で作らせて貰って持ってきたの。
 あ、ゴーランドも食べる?」
「あぁ、貰う。にしても、結構な量作ったんだな」
「この後アリスに会う予定なの。女王様とペーターにも持ってってもらおうかと思って」
「お前さん交友関係広いよな」
「だって、余所者だから領土争いとか関係ないもの」
 
 勿論余った分は時計塔に持って帰ってエースとユリウスにあげるつもりだ。
 ブラッドの所には先に置いてきたから、配分は向こうで何だかんだいいながら分けてくれているだろう。

「お、んまい!」
「・・・・・・ほんと?」
「あぁ、ホントだホント。お前さんいい嫁さんになるぜ」
「・・・お菓子作りと料理はまた勝手が違うんです!」

 私が目を離している隙に焼き菓子をひとつ口に入れたのか、ゴーランドの声がした。
 その言葉に目を瞬いていると、嫁さんという単語が出てきて、顔が熱くなる。
 そう思った瞬間には、ゴーランドに対して、素直ではない言葉が出てきてしまっていて。

「でも俺は、料理できなくてもこういう菓子作れるやつの方がいいけどな?」

 その言葉に、全身が固まるのが解る。
 こっちの反応を見て楽しんでいるんだろうか、この男は。
 それとも天然なんだろうか。
 どっちでも良いが、速く脳内思考回路を急速に冷やさなければ、やばいことになりそうだ。

「あ、ユズル! みつけた!」
「よぅ、アリス」
「おはよう、ゴーランド。何、ふたりで話してた?」

 邪魔だった? と問いかけてくるこの不思議の国で友人になったアリスにそんなことはない! と即答する。
 よかった。彼女が来てくれたお陰で冷静さが戻ってきた。

「じゃ、ゴーランド、私はアリスとお茶するから」
「おぉ、よかったら後で俺様の演奏会---」
「騒音は結構」
「公害だからいい加減やめれば?」
「・・・相変わらずひでえな、お前ら」

 なよなよと崩れていくおっさんを尻目に、私はアリスと共に笑う。

「あれで破壊的な音痴がなければいい人なのに」
「あと、いつ壊れるかわからない危険なアトラクションも廃止してくれれば安心だわ」
「根はいい人よね」
「うん、この世界の誰よりもわかりやすいと思う」

 あのファッションセンスとか色々と物申したい所はあるけれど。
 それはまぁ、この世界の人色々とビビットな所があるので、いわないで置こう。

「わぁ、これホントにユズルの手作り?」
「まぁ、ね。材料はブラッドの所にあったの使わせてもらったけど」
「これ、いい香り。紅茶のクッキー?」
「ブラッドに何するんだ、って怒られたけどね」

 私の茶葉を、って。
 でも焼きあがったの真っ先に試食させたら、まぁ、こういうのも悪くないかもな、っていってたから、それなりにはなったんだろう。

「レシピは頭の中?」
「うん。基本的なのは、ね。後はアレンジ加えて試行錯誤だから失敗もするけど」
「今回一番心配な出来なのは?」
「んー、これ?」

 そうして取り上げたのはカップケーキ。
 エリオット用に、と思って作ったにんじんカップケーキなのだが、自分の趣味丸出しなのだ。
 通常生地とにんじん生地のマーブル具合がどうも気に食わない。
 完全に溶け合わない、ゆらゆらした感じを出したかったのだが、それだとあまりにも水分量が微妙だったのだ。
 すりおろしにんじんから出て来る水分は、意外と多い。
 自然と重たい生地と軽い生地とに分かれてしまって、色味が悪くなってしまう。

「とっても美味しいけど?」
「うん、火は完全に通したから、味的には問題ないと思うんだけどね」

 見た目が美しくない。
 これでも大分美しいのを選り分けたつもりだ。
 勿論、あまり美しくないのは捨てる訳にはいかないので、顔を覗かせたにんじん料理好きのエリオットの胃の中へ。
 それでもやっぱり気に入らない。

「何か問題でもあるの?」
「うーん、女王様って赤好きよね」
「好きね」
「ってことはにんじん色も好きな色系統よね」
「・・・うーん? 話が見えないわよ、ユズル」
「美しくない赤を女王様に見せて機嫌を損ねないかしら」
 
 下手をするとビバルディは兵のひとりやふたりイライラして首をはねてしまうかもしれない。
 そんなことになったら私の所為だ。
 これはアリスにはこの新作カップケーキは持って帰ってもらわない方がいいかな。

「・・・・ぷっ」
「・・・? アリス?」
「・・・・あはははは! ちょっ、本気でいってるの!?」
「何で笑うの?」
「ビバルディはユズルが作ったものだって知ったら大喜びで食べるわよ」
「・・・・へ?」
「だって、なかなか顔見せないからイライラしてるくらいなのよ?
 ユズルがビバルディに会えないからお詫びだって持たせてくれたっていったら、喜ぶに決まってるじゃない。
 ま、次は絶対ユズルをつれて帰って来い、とかはいいそうだけど?」

 3人でお茶したがってたしね、とアリスは笑いながらいう。
 そうなのか・・・ビバルディ・・・。
 だけど、一旦ハートの城にいくと帰してくれなさそうだから行くに行けないんだよ。

「ペーターは、どうかな」
「あの人は基本的に私にしか興味ない気持ち悪い人だから」

 アリスはその名前を聴くとピシリと固まり、遊園地のドリンクを飲んで、ため息をつく。

「私が嬉しそうに食べてたら興味持つんじゃないかしら」
「・・・相変わらず深い愛情ね」
「深すぎるのよ」

 そういってため息をつき遠い目をする友人に一種の哀れみを感じてしまった。

「そういうユズルは?」
「え?」
「ユリウスとは?」
「とは?、とは?」
「疑問系に疑問系で返さないの」
「毎日仕事で大変だなぁって」
「それで?」
「ベッド占領して悪いなぁって。あの人、いっつも気づいたら作業机で寝てる」
「ユリウスの仕事って時計を直すこと、よね」
「うん、四六時中時計いじってるわ。食事も睡眠も不規則。おまけに日光もまともに浴びない」
「ユリウスって不思議よね。テリトリーに入れた人間に対してはそんなに怒らない」
「うん、結構放っておいてくれるのよね。楽でいいんだけど、ユリウスの身体が心配だわ」
「食事とかは?」
「一応居候だし、起きたときに作って、机に置いとくの。作業の邪魔しても悪いし」
「会話は?」
「コーヒー飲んでるときにするくらい? 仕事の邪魔したくないし」
「ふぅん」
「私に出来ることがあればいいんだけどね。私機械強くないし」

 下手に触って部品失くすとかしたら、私死にたくなっちゃうよ。
 そう思って、盛大にため息をつく。

「一回分解しちゃえば?」
「・・・へ?」
「ほら、一回時計の仕組み解っちゃえば、後手伝い申し出やすくなるじゃない」
「いや、でも・・・!」

 だって、ここの時計、絶対歯車だよ??
 いくつもの歯車が合わさって動いてるんだよ??
 素人には簡単に・・・・・

「大丈夫だって。
 ユリウスだって最初から分解したのを最後までひとりで組み立てろなんていわないだろうし」

 そりゃそうだ。
 素人が一回で全部の仕組みを理解して時計を元に戻せれば、ユリウスのような『時計屋』という専門職なんて必要なくなる。

「ユズルが居候だっての気にしてユリウスに迷惑かけないようにしてるのは解るけど
 役に立っていた方がユズル的にも気が楽なんでしょう?」
「・・・・・・」

 アリスの言葉に、何もいえなくなる私。
 ユリウスは何も干渉してこない。滞在先が彼の所でよかったと思っている。
 これは本音だ。
 だけど、居候で彼のベッドまで奪ってしまっている私が居る。
 せめて仕事の邪魔だけはしまいと、外出することで彼の視界から自分を消して今まで過ごしてきた。
 彼は何もいわない。文句はいわない。
 息抜きに飲むコーヒーの時間にする会話が唯一のコミュニケーション。
 そのときは決まって、彼からの私が作った本当に簡単な食事に関するコメントだった。
 それ以外はお互い詮索しない。

 この世界に来てから随分と経つ。それなりの時間を過ごした。
 そして、私の世界とは考えられないほど他の人とは仲良くなれた。そのひとを知れた。
 
 だけど。

 一番近くて、一番遠い。
 滞在先の主であるユリウス。
 エースとは話せても、黙々と作業をしているユリウスとは話しにくい。
 憧れ、なのかもしれない。
 ユリウスは、ユリウスが作業している姿は、私の理想なのかもしれない。
 何かひとつのことに集中して、四六時中そのことだけに専念して、それで生活していく。
 寝食も忘れるような、そんな、集中できる仕事。

 そういったら彼は怒るかもしれないけれど。

 手に職がある。
 そして皆がそれを頼りにしてくれている。
 それはなんて羨ましいことなんだろう。

「アリス」
「なに?」
「私、やってみる」

 そう、決意を固めて告げれば、アリスはにっこりと笑ってくれた。
 
 
 
 このときの私は、この世界に何故時計屋が彼ひとりなのか、しらなかった。
 
 
 
 
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
 
 
 突発ハトアリ第2弾。
 前回と同主人公で。滞在先は時計塔。ちょっと時間は進んだかな?
 でも攻略対象としてユリウスと交流してなかったのでイベント進んでませんね。
 寧ろユズルさんはゴーランドさんがストライクゾーンなようだ。
 ブラッドもエリオットも双子もボリスもエースもいいお友達。
 ただ、ゴーランドとユリウスは違うようです。
 ペーターはアリスの旦那さん認識。アリスは迷惑がってますが。
 
 
 
 
 

突発走り書き

2011年3月25日 ネタ帳
 
 
 
 
 ゆらりゆらりと揺れる人影に、息を呑む。
 一番きてほしくないものが来てしまった、そんな感じがする。

「やぁ」

 そう云って、影の輪郭の口が弓なりに笑む。

「そろそろ覚悟は出来たかい?」

 ふるふると首を振るものの、声は声にならない。
 がくがくと足が震える。
 その様を楽しむかのように、影の瞳が嬉しそうに笑む。

「そうは云っても、この状況だ」

 君も助かりたいだろう?
 段々とはっきりとしていく、影の正体は---

「わたしは、『わたし』に負けない」

 震える声でようやく紡ぎだした言葉に、力を貰う。
 言霊。
 目には見えないけれど、確かに存在する。

「わたしは、『わたし』に屈しない」

 声に力が戻ってくる。
 先程よりも強く紡がれた言の葉に、影は苦しげに眉をひそめた。

「きみは、永遠にここを彷徨うつもりかい?」

 先刻の強気な言葉が嘘のように弱くなった語調に、こちらが強気で答える。

「大丈夫。光は見失ってない」

 そして笑う。

「あなたもわたしの一部。だから置いていったりなんかしないよ」

 言外に、不安にならないで、とそう願いを込めて。
 その瞬間、影が自分自身を覆ったけれど、それは悪くはない感覚だった。
 きっと、これからも惑わされたりするだろうけれど。
 怖くなって逃げ出したくなるかもしれないけれど。

 大丈夫。まだ光は見失っていない。

 そう思って、手足に力を込める。
 ヘドロのように足を取っていた足場が固い。
 少し意識を集中して、そして、声を上げる。

「大丈夫。まだ大丈夫、壊れたりなんかしない」

 まだ、君の幸せを見てないから。
 そう強く願えば、闇は霧散する。
 今置かれていた状況を、ようやく思い出す。

「人の心は弱いけど、人の心の繋がりは信じているだけ強くなる」

 根拠はないけど、多分そういうものだと思いたい。

「わたしにこんな幻覚はもう通用しないんだからっ」

 強く心を持てと云われたのは、いつだっただろう。
 もう遥か昔に過ぎ去った人たちを想い、瞳を閉じる。
 すぅっと深く呼吸して、そして立ち上がる。

「それこそ、無駄な足掻きというものだよ」

 たとえ、その言葉が真実だとしても。

「君の願いは何? ボクがそれを叶えてあげる」

 たとえ、その言葉に嘘偽りが無いのだとしても。

「そのあとに支払う代償がこの世界なら、何も願わない」

 静かに告げると、訳がわからない、というように、二本足で立った小動物は肩を竦めた。

「ボクらはこの世界を消したりしないさ。結果この星がなくなるだけ」
「一緒だわ。だからわたしは何も願わない。浄化されなさい。生きとし生けるもののために」
「ボクが死んだって何も変わらない。人はまた新しいボクを作り出す」

 小動物は笑う。そして確信めいた予言をする。

「たとえボクを殺しても、人間の欲がまた新しいボクの仲間を作り出す。
 君のやっていることは、全くもって無意味なんだよ」

 それが世の常だからね、そう云って小動物は群れを成す。
 どれだけの人が、この生物の生血になったのだろう。
 それを考えると、この生命すら、護ってやりたくなるが。

「わたしの仲間、みんなを傷つけたあなたは許さない」

 走馬灯のように駆け抜けていく仲間たち。
 最後をわたしに託してくれた大切な、大好きな人たち。
 希望の光を、わたしに見ていてくれるなら---

「わたしは、負けないから」

 自己犠牲が尊いとは教えられなかった。
 自己犠牲ではなく、そこに自分の満足を見出せるなら、それでよかった。
 人間の欲の塊、それを目の当たりにするのはつらいけれど。

 ふっと力を入れていた全身から、力が抜ける。

『リラックス、リラックス』
『最初から力みすぎだよ』
『大丈夫。僕らも居るよ』
『問題ない。身体は遠いが、想いは共に』
『交信可能。一緒に居るよ』
『やっと私の存在に気づいてくれた?』
『まったく、世話が焼ける人ですね』
『一緒にその地に立てなくてすまない。だが共に』

 たくさんの声が聴こえる。幻聴ではなく、本当に。
 わたしの頭はどうかしちゃったのか。

『なんだそれ、俺らがせっかく力送ってんのによ』

 信じられないって?
 そう云って、呆れたような声を出す少年に、思わず笑みが零れる。

 そうだね、心で繋がってる。

 目に見えないものだけれど、身体のどの臓器を探しても出てこないけれど。
 瞳を閉じれば、惑星の声さえ聴こえてきそうだ。
 育んで、試練を与え、進化させた生命の母体。
 人間の欲に、他の生物までも巻き込んじゃいけない。

「みんながいる。傍にいてくれる。心強いな、ホント」

 先刻まで闇の中に居た。
 あれは孤独が見せた幻。
 寂しさに負けそうになったが、今は嬉しさで涙が出そうになる。

「いくよ、みんな!」
『『『おう!!!』』』

 群れを成した小動物を浄化するために、力を練り上げていく。
 わたしに、神子に与えられた力。
 それは、全ての生きとし生けるものを浄化する力。
 悲しみも。柵も。人間の欲も。

 人間が勝手に聖なるものと位置づけている力だけれど、少しだけでも今回の旅で、役に立てると実感した。
 だから、自信を持とう。
 何で自分なんかに、と今でも想う。だけど、今はこの力が少しだけ誇らしい。

 今、みんなの、気持ちをひとつに----

 
 
 
 
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
 
突発走り書き。なんか、最終決戦ぽい。
RPG的な発想だな。いきなり着地点か。
しかし、最終戦は主人公(?)1人だけになってるようだが。
これは大丈夫じゃなくないか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ぽつり、と雫が頬を伝う。
 最初の一粒を境に、霧雨となる水に、青年はかごの中身を濡らさないように走った。

「帰りおったか」

 はぁはぁ、と肩で息をする青年に、柘榴の瞳をした少女は呟く。

「はい、始祖様の仰ったとおりですね」

 午後から雨が降る、と見事なまでに晴れ渡った空を見上げて言い切った少女に、最初は戸惑った。
 だがしかし、旅慣れている彼女の予知的発言は日常茶飯事のこと。
 しかも外れることなど殆どない。
 今回も早目に宿を取って、必要物資を青年が買いにいっている最中に降り出した。

「どうして判るんですか?」

 外套についた雨粒を払い終わって、壁につるすと、青年はふと疑問に想ったことを口にする。

「匂うのじゃ」
「匂う?」
「そう、雨の」

 そう言ったきり、彼女は宿の備品なのか、いつの間にか手に入れたらしい本に目を戻した。



『だから、宿で休もうかって提案したじゃないか』
『だって、これ以上日程崩したくなかった・・・』
『お前、雨降るときいつも調子悪くなるんだから今更だろう』

 そんな会話が隣から漏れ聴こえてくる。
 呆れたような落ち着いた男性の言葉は、決して女性、少女だろうか?、を責める言葉ではなく、心底案じている様子だ。
 その言葉に、小さく、ごめんなさい、と女性の言葉が続く。

『温かいものでも貰ってくる。何なら食える?』
『消化に良いもの』
『了解』

 その後、隣の扉が開いて、そして閉まる音がする。
 階下の食堂にでも注文しに行ったのだろう。


「雨が降るだけで調子を崩す方もいるのですね」
「隣の部屋の会話に聞き耳を立てるなど、行儀の悪い」
「すみません・・・って、そういう始祖様はどうなんですか」

 ちゃっかり内容を把握しているらしい少女に、青年はため息をつく。
 その様を見てふっと笑うと、少女は本を閉じて、ゆっくりと立ち上がる。

「ユイか。久しいの」
『その声は、シアン様???』
「そちらに行ってもよいか?」
『構いませんけど・・・』

 そうして部屋を出て行く少女に、青年は迷った挙句、ついていくことにした。

「相変わらず、不便な身体をしておるの」
「お恥ずかしいです」

 扉を開けて開口一番そう言った少女に、女性はベッドから起き上がると、視線を落とす。

「お加減が悪いのにお邪魔して申し訳ありません」
「いえ、私の方は全く通常通りですのでお気になさらず」

 雨の日は調子が悪いのが通常だ、という女性に、青年は哀れみすら憶える。

「それにしてもシアン様、お久しぶりですね」
「何年ぶりかの」
「いやぁ、それは私にも・・・」
「とうとう呆けたかえ?」
「否、一般の方が居る所でお話したくない、という意味で・・・」

 あははは、と明後日の方向を見ている当たり、彼女も一般に見えるが、一般ではないのだろう。

「なんだ、声が多いと想ったらシアンか」
「相変わらず小娘に手を焼いておるようじゃの」
「や、俺は別に困ってはいないから。というか俺で遊ぶのやめてくれ」

 少女の言葉に背の高い男性は否定の言葉を返すと、嫌な記憶でも甦ったのか、こちらに視線を投げてくる。

「あんた、今のシアンの連れか?」
「えっと、はい」

 突然の問いかけに、青年はシアン=少女という等式を咄嗟に完成させて頷く。

「始祖様にはお世話になっています」
「なんだシアン。お前、連れに名乗ってなかったのか」
「悪いかえ?」
「シアン様、一緒に旅をするなら名前くらい教えてあげても・・・」
「なんじゃ、ユイまでわらわが悪いと申すか?」
「だって仲間じゃないんですかー?」

 そう言って唇を尖らせた女性は、酷く子どもっぽく見える。
 普段少女が少女らしい言動を取らないから、こういう行動があることすら忘れていた。

「シアンのやつ、ユイの気を紛らわしに来てくれたんだな」

 ぽつりと呟かれたその言葉と共に、男性はほっとため息をつく。

「始祖様とは古いお知り合いで?」
「あぁ、まぁな。ユイのことはシアンの方がよく知ってるかもしれない」
「・・・・・・?」
「雨でユイが体調が悪くなるって俺に忠告してくれたのはシアンなんだ」
「始祖様が?」
「俺は言われるまで気づかなかった。でもよく見てみると、本当に雨の日はつらそうで」
「・・・・・・」
「見ているうちに、目が離せなくなった」

 何でお前にこんな話してるんだろうな、と男性は苦笑すると、少女たちの会話に加わる。

「なぁ、シアンも一緒に参加しないか?」
「そう、それが良いですよ、シアン様!」
「もう人の争いごとに関わるのはごめんじゃ」
「シアン・・・」
「・・・ここを通ったのは、たまたま?」
「たまたま、時の巡り合わせじゃ。いまはこやつと旅をしておる」
「始祖様」
「面倒ごとは、こやつの世話でいっぱいいっぱいじゃ」

 ふぅ、と長く吐き出された息の意味を青年は知る由もない。

「今のおぬしたちの主はおぬしたちを泣かせてはいまいな?」
「・・・あぁ」
「・・・もちろん!」

 沈黙を破って紡がれた言葉に返ってきた言葉は、肯定。
 青年はこの短い言葉にどれだけの意味が込められているのか、知らない。



「シアン様、また季節が巡っても、どこかで逢えますように」
「そうじゃの、また、いつかの」
「シアンとの旅じゃ、色々と大変だろうが、元気でな」
「ありがとうございます。お2人とも、お気をつけて」

 次の朝、すっきりと晴れ渡った空の下。
 体調が回復したらしい女性の顔色は、昨日とは比べ物にならないくらい晴れ晴れとしていて。

「あ・・・・・・」

 そう言えば、と青年は手を振りかけてやめる。

「どうかしました?」

 問うて来る女性に、ひとつ訊いても良いかと訊ねれば肯定の返事が来る。

「雨の前兆って判りますか?」
「あぁ、はい」
「何故?」
「私は気圧の変化に弱い体質だから、身体が教えてくれるんです。あとは・・・」
「あとは?」
「あとは、雨の匂いがするから、ですかね」

 それを聴いて、目を瞬いて、少女を見やる。
 少女は、いつもと変わらない表情をしていた。
 だが、どこか満足そうでもある。
 礼を言って、改めて男性と女性と別れて、本来の当てのない旅路に戻る。
 少女の隣を歩きながら、雨の匂い、を探ってみる。
 だがそれは、青年にはよく判らなかった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

突然始祖様シリーズ書きたくなったので書きなぐりました。
ただ単に、気圧の変化で調子が悪くなる人の話を書きたかっただけです。
『見ているうちに目が離せなくなった』って言うの、なんか良いな、って想って。
始祖様の名前が出てきてますが、これは本名かどうか判んないですね。通称?
名前は相変わらず適当につけてます。
始祖様、昔の仲間に再会、の回ですかね。
昔出遭った人間の話は書きましたけど、仲間の話は書いてないなー、と想いまして。
 
 
 
 
 

ハトアリ

2011年3月23日 ネタ帳
 
 
 
 
『これは誰もが参加しなければいけないゲームだ』

 その言葉を聴いたのはいつだっただろうか。
 あの言葉が頭に響いたかと想ったら、私はこの世界にいた。
 ここは、『不思議の国のアリス』によく似た世界。
 ただ、会う人会う人物騒な、ちょっと変わった不思議の国。
 ハートの国、マフィア、公爵有する遊園地での領土争いがゲーム。
 面倒だが、この世界の人間はゲームに参加するのが義務らしい。

 だが、私ともう1人、アリスは違う。

 余所者と呼ばれることに相変わらず慣れはしないが、余所者は除外されるらしい。
 余所者は、ただこの世界で人と触れ合って、過ごしていけば良いのだという。

 引きずられるようにして白兎にハートの城へと連れ去られていったアリスの事を想いながら、私はふぅっとため息をついた。

「なんだい? 私の紅茶がまずいのか? それとも目の前に広がる光景に嫌気がさしたか」
「否、そういう訳ではなくて」
「では、どうしたというんだ?」

 マフィアのボス、ブラッドは昼間の所為か気だるげにこちらに問いかけてくる。
 余所者で、領土争いに関係のないアリスと私は、この世界を自由に行動できる。
 今日も紅茶好きのブラッドのお茶会に誘われて、屋敷の庭にいたのだが。

「アリス程気のあう友達は今まで会った事がなかったものだから」
「・・・・・・彼女がいない茶会は意味がないと?」
「ブラッドの淹れてくれる紅茶は美味しいんだけどねー」

 そう云いながら、目の前のオレンジの山の一角を切り分けて自分の小皿に載せる。

「アリスとゆっくりお話できるのが、ここか遊園地しかない、って云うのがね」
「君は時計屋の居候だろう」
「ユリウスの仕事の邪魔はしたくないもん」

 最早慣れてしまったにんじんケーキを頬張り、今日も美味しい、と感想を漏らす。
 そうすれば一緒にお茶をしていたエリオットが、だよな? だよな?? と鬱陶しいくらい嬉しそうに懐いてくる。
 一見、マフィアの中では一番強面で、粗雑なイメージの青年だが、その頭に兎耳が生えている所為か、それ程怖くはない。
 しかも、彼の内面を知れば知るほど、犬がじゃれ付いてくるような、大型ペットを飼っているような気分になる。
 しょぼん、と耳を垂れ下げている様は、なんだこいつ、可愛いじゃないか、コンチクショウ! と思わず拳を握りたくなる。
 懐くエリオットを遠い目で見守りながら、全く君の味覚は信じられないよ、とぼそりとブラッドが呟いた。
 まぁ、彼がそういうのも解らなくはない。
 なんせ、お茶会のときだけでなく、食事の時間さえこのオレンジの洪水に浸っているとなれば、気も滅入るだろう。
 しかもブラッドとエリオットの付き合いは長いと聴く。
 エリオットのにんじん料理好きは折り紙好きだ。本人曰く、にんじん自体が好きな訳ではないらしく、飽くまでにんじん料理が好きらしい。
 だが、にんじんスティックをポリポリと齧っている様を見ると、それは料理なの? と疑問符を発したくなるのだが。

「いっそのこと拠点をうちに移したらどうだね」
「それは前にも云ったけどお断りします」
「・・・・・・まったく、相変わらずつれないね」
「時計塔は気楽で良いんですよ」
「私には君の考えが理解できないね。私は時計屋は好きにはなれないんだが」
「前に葬儀屋、って云ってた件?」
「なるべくなら君にも近づいて欲しくないんだがね」
「お生憎様。もう暮らし始めてどのくらいになると思ってるの?」

 そう云って、最後のひとかけらを口に運ぶと、香りの良い紅茶で喉を潤す。

「ブラッド、この辺の焼き菓子持って帰っても良い?」
「・・・・・・はぁ、好きにしろ」
「エリオット、次の新作のにんじんお菓子期待してるって料理長に云っといてー」
「おう! 途中まで送ってやろうか?」
「ありがと、でも大丈夫だよ。私は余所者なんだから」

 ごちそうさま! そう云って笑って席を立つ。
 相変わらず顔の判別できないブラッドの屋敷の使用人に焼き菓子を包んで貰って、笑顔で礼を云う。

「いいえー、どういたしましてー」
「またいらしてくださいねー」

 主の気だるさが移ったかのように気だるげに間延びした言葉を返してきてくれることにももう慣れた。
 慣れとは、恐ろしい。そうつくづく思う。

 ブラッドの屋敷を出て、時計塔へと向かうべきか、遊園地へと向かうべきか迷っていると、さわやかな声が私を呼んだ。

「やぁ、冒険かい?」
「エースと一緒にしないで頂戴」
「うーん、君はもっと冒険を楽しむ必要があるよ」
「そういうエースの目的地はどこ?」
「え? 時計塔だけど?」

 今まさにブラッドの屋敷を出てきたばかりの私は盛大なため息をついた。
 万年迷子なハートの騎士、エース。彼の方向音痴は筋金入りだ。

「こっちはブラッドの屋敷に続く道。時計塔はあっち」
「あれー? そうかなー、このまま行けばつくはずなんだけど」
「私も時計塔に帰る所だから一緒に行きましょう」
「もつべきものは親切な知り合いだよねー。うん。うん」

 そう云って笑うエースは爽やかそのもので、悪意など感じられない。
 それはそうだ。彼は望んで迷子になっているわけではない。
 冒険がどうの、といってはいるものの、一応万年迷子な方向音痴を直そうとはしているらしい。
 だがそれで改善されたかといえば、答えは否なわけだが。

「エース、もう今度からブラッドの屋敷方面には迷子にならないのよ」
「えー、そういわれてもなー」
「あんた、一応それでもハートの騎士なんだし、敵対関係なのよ?」
「でもエリオットは優しいぜ?」
「あの人は面倒見がよすぎる所為で苦労性なのよ・・・」

 ちょっとした哀れみを感じながらそう呟く。

「ディーとダムがあんたが迷い込んでくると返り討ちにするどころか重症になるから心配なのよ」
「ま、俺、これでも騎士だからねー」
「うん、だからまず、敵対領土には行かないようにしようよ、ね?」

 じゃっかん疲れを感じながらエースを諭す。
 善処する、との言葉を受け取れただけよしとしよう。
 だが彼の場合、どんなに善処してもブラッドたちが被る心的被害は多いわけだが。

 時計塔の広場についた途端、時間帯が変わる。
 昼から朝へ。これなら遊園地に行って置けばよかったかな、と少し後悔する。
 突然変わる時間帯も、その規則性のなさも、最初こそ戸惑いはしたが、今は平気だ。
 
 そんな、この不思議な世界の日常に慣れて来ていた私は、エースをお供に時計塔の階段を昇る。
 エースの部屋の前で別れ、自分はユリウスへの差し入れのコーヒーを淹れてから作業場に向かうことにする。

 こぽこぽと沸騰するお湯を見ながら、ふと元の世界のことを思い出す。

 この世界は夢なのだと、ナイトメアはいっていた。
 これは夢だよ、そうささやく彼の声が鼓膜に張り付いてはがれない。
 ゆめ、ユメ、夢---
 いつかは向こうに帰って、ちゃんと果たすべき責任を、やり残してきた全てのことを片付けなければいけない。
 それが自分のやるべきことだと思うし、そうすべきだとも思う。

 ちくりと何かが胸を刺す。
 これは罪悪感だろうか。

 アリスもナイトメアに夢だといわれたそうだ。彼女と全く同じ夢を見ている事になる。
 いくら余所者とは云えど、そこまでシンクロしなくても良いだろう。
 アリスも、遣り残してきたことがあるといっていた。
 でも帰る方法が解らないから、取り敢えずこの世界を楽しむのだ、と。

 自分はどうだろうか。

 この世界の人とそれなりに親しくはなってきたけれど、楽しめているか。
 自分の夢なのだから、楽しめばいい。その理論は間違ってはいない。
 夢でまで根暗な自分を出してどうする。

 アリスはペーターに連れ込まれた。
 だけど私は---?

 ドリップされたコーヒーを片手に、ブラッドから分けてもらったお菓子をもう片方に持って、この塔の主の部屋へと向かう。

 内心、ここに留まって良いのだろうか、という不安を持ちながら。
 
 
 
 
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
 
ハトアリ二次創作。
アリス自身がトリップ主人公なので、そこにトリップしてみました。
アリスが大事にしてきた時間の世界なので
そこに本当の意味での『余所者』が入れるかは疑問なのですが。
というか、アリス出てきませんでしたね。連れ去ったのはペーターです。
ブラッドの気だるさが表現できていれば本望・・・・・・!
 
 
 
 
 
 
 
 ひらり、ひらりと舞い落ちる花弁を、その軌跡を追うようにして空を見上げた。
 風向きは東南。自分が歩いている方向とは逆の方向へと首をめぐらせた青年は、そこに広がっている景色にほうっとため息をついた。

「これはまた季節外れだな」

 舞い落ちる梅の花は、もう時期としてはとっくに過ぎていて。
 紅梅が既に落ち切っている中で、白梅だけが未だに枝に居座り続けていた。

 季節は春。
 時期としてはもう桜が咲き始めていい頃だ。
 時期もあるが気温としても、芽吹きには丁度いい頃合だろう。
 どこかに桜は植わってないものか、と右へ左へと視線を動かすが、それらしき樹は無い。
 梅は季節はずれだというのに、高まで神々しく咲き誇られては、それもまた良いか、と想ってしまう。

 桜の花弁がピンク色なのは、その木の下に死体が埋まっているからだ、と何かで聴いたことがある。
 そんな馬鹿な話があるものか、とさえ想うが、何故こんな話を思い出したのかさえ思い出せない。
 自由にならない思考回路の奥の方で、何かが聴こえた。

「・・・・・・?」

 聴き間違いだろうか。
 青年はそう想って、もう一度辺りを見回す。
 
『おんしの血は美味そうじゃの』

 
 
 
 
 ざくざくと新雪を踏みしめながら、コートを着込んだ身体と
 手袋でがっちりガードした手で茶色い紙袋を抱える。
 さーっと音がするほど強い風が地面すれすれを吹き抜ける。
 途端舞い上がった粉雪に視界が真っ白に染まる。
 
 
「なんじゃ、お主かえ」
「・・・・・・?!」
 
 
 突然現れた新雪と同じ色の肌を持つ白髪の少女は
 その柘榴色の瞳を閉じ、すっと浮き上がったかと思えば、自分の隣に来ていた。
 
 
「こんな所で会うとは奇遇じゃの」
「お、お久しぶりです」
 
 
 若干緊張しながら男性は言葉を口にした。
 正直云ってこの人と一緒にいて、良かった思い出など無い。
 散々こき使われたかと想えば、急に姿を消して
 自分がピンチの時には助けにすら来てくれず
 その事後処理が終わった後何食わぬ表情で戻ってくるのだから
 本当に性質が悪い人だ。
 
 
「前に会うた時よりも、老けたかの」
「そりゃ人間ですから」
「そうじゃの、わらわが人間じゃないのかの」
 
 
 ころころと笑うその姿は、始めて少女と出会ったときと変わりなく。
 出で立ちも喋り方も同じなのだから、この人型をした少女は何者なのか、と想う。
 全くの別人というわけでも、他人の空にとも違う。
 彼女は彼女自身なのだ。
 
 
「で、こんな所で何をしてるんですか、貴女は」
「・・・待っておるのじゃ」
 
 
 自分が抱えていた茶色い袋の中身を目ざとく見つけた彼女は
 一つよこせ、と云ってその紅紫色の芋を、熱くもなさそうに両手で持っている。
 ほくほくと白い湯気がたっているそれを二つに割れば、中の黄金色がまたも美味そうだ。
 やはりあの店で買ったのは正解だったな、と想いつつ、自分も袋の中身を一つ取り出した。
 
 
「待つ、って誰を」
「人の子よ」
 
 
 人の子? と首を傾げたこちらに気づいていながらそれを無視する辺り、変わっていない、と想う。
 散々振り回された挙句に荒らされて行った自分の家の惨状を思い出すと
 どうにも気が滅入るが、よくよく考えると、彼女とこうしてまともに話したのは初めてかもしれない。
 
 
「人の子、って、まさか貴女と一緒に旅をしてる人がいるのですか」
「そうじゃ。意外か?」
 
 
 まさか人間でこの人のペースについていける人がいるとは想わなかった。
 驚いた表情を隠すこともせず、と云うか隠そうとも想えなかったが
 ただ唖然と口をあけていると、どこからか小さな声が聴こえた。
 
 
「ふむ、来たようじゃの」
「来た・・・?」
「し・・・」
「し・・・?」
「始祖様、速いです!!いくらなんでも速すぎます!
 僕にあれについて来いというのは余りに酷です!!」
「おんしが寒いというから、身体を温めさせてやろうと想っての」
「判ってます!判ってますけど、始祖様、僕を何だと想ってんですか!」
「小僧じゃ」
「そうですよ、小僧です。
 小僧が始祖様と同じレベルで移動できるかと問われればそれは否です。
 そのくらいお分かりでしょう???」
 
 
 目の前の林から出てきて、息を整えた少年は、『始祖様』と云う単語をやっと紡いだかと思えば
 その後を一気にまくし立てるかのように、言葉を続けた。
 少年の言葉をうるさそうに聴いている少女は、雰囲気こそそうしていれども
 その表情は、まるで面白がっているかのようで。
 
 
「とにかく―――――あぐ??
 ――――――――――けほっ!って、熱っ!なんですか、これ」
「芋じゃ」 
 
 
 まだ続きを云おうとしていた少年に、自分が持っていた焼き芋の半分の片割れを口に突っ込み
 それを黙らせた少女は、喰え、と一言付け加えると、少年は大人しく、頷いた。
 
 
「焼き芋って熱いから僕苦手だったんですけど、これやけに冷めてますね」
「おんしは猫舌じゃからの」
「・・・・・・冷ましてくださったんですか?」
「・・・・・・」
「ありがとうございます。始祖様」
「礼ならこいつに云え。その芋はこいつのじゃからの」
 
 
 そう云って少女が自分の方を示す。
 そこで初めて自分に気がついたかのように少年は一瞬動きが止まった。
 
 
「す、すみません! ご挨拶が遅れました!
 ・・・・・・始祖様が何かしませんでしたか?」
「おんしはわらわを何だと想うておるのじゃ」
「始祖様です」
「・・・・・・・」
「で、あなたは?」
「そこの村で商人をしてるもんだ。と云うか、よくこのひとに着いて行けるな」
「お主も大概じゃの」
「あはは。でも始祖様との旅は学ぶことが多いですよ。
 知らないこと教えてもらって・・・ホントに、火を起こすとこから教えてもらいましたから」
 
 
 そう云ってしみじみ思い出す少年の瞳の奥は、自分が想っている色よりももっと深い。
 外見にしては大人びたその瞳は、普通の少年のそれにしては不釣合いに見えた。
 
 
「でも始祖様にこんなお知り合いがいるなんて驚きました」
「え?」
「だって、あなた本当に普通のひとだから。始祖様とはいつ?」
「・・・・・・幼い頃だ」
「じゃ、きっと美少年だったんでしょうね。始祖様美少年好きだから」
「おんしは何を云うとるか!」
 
 
 こてん、と少女にグーで殴られても、変わらない笑みを見せる少年。
 少年の言葉に『?』を飛ばしながらも相槌を打っておく。
 どうも、この話の流れだと、この少年も人間じゃないような・・・・・・
 
 
「それじゃ、どうもごちそう様でした」
「いや・・・」
「始祖様、これからどっちに行くんですか?」
「そうじゃの、この辺りはこれからもっと酷くなるじゃろうから、もうちと暖かい所かの」
「それにしても始祖様に雪、って似合いますよね」
「そうかえ?」
 
 
 少女の問い返しに少年は深く頷くと、瞳の色が映えますから、といとも簡単に伝える。
 恥ずかしいという感情を欠いているのではないか、とも想うけれども、実際彼女は雪に映える。
 白い雪のような肌は雪に融けて消えてしまいそうだが、その瞳は彼女の存在をそこに焼き付ける。
 ここにいる、と強く光を放つその存在は、普通に生きてきた人間とは違う稀有なもので。
 
 
「それじゃおじさん、僕たちはこれで」
「お主も達者での」
「あぁ・・・・・・・」
 
 
 
 
 
 嵐のような存在の少女は、更にパワーアップして連れを連れていた。
 そして彼女たちの姿が見えなくなると、また夢だったのではないかと頬をつねる自分がいる。
 いつの間にか『おじさん』と称される年齢になっていたのか、と客観的に冷めた目で自分を見て
 そう云えば手に皺が深く刻まれていることに、改めて気づく。
 
 
 あの少女は変わらない。
 
 
 そしてきっと、あの少年も同じなのだろう。
 人間くさい少年なのに、とふと想う。
 少女を人間じゃないと称した自分への戒めのようなあの屈託の無い少年の笑顔が
 誰よりも人間性を主張しているかのようで、瞼から離れない。
 
 
 時に置いていかれる感覚というのは、どういうものだろうか。
 
 
 ふとそんなことを考えてしまった、冬の日―――――――
 
 
 
 
 
=================================
 
 
お題:『粉雪』『伝える』『紅紫色』
お題提供:たんぽぽ様
 
 
ふと思いついた、始祖様with普通のひと。
最終的には少年と旅をしていることになってますが
最初はただ始祖様に振り回されて迷惑を被る普通のひと、でした。
でもちょっと昔話にしてみれば、始祖様がどんな時を生きてきたのか
それが視えるかなぁ、なんて。
 
普通のひとにとって始祖様は割と我侭な存在です。
このひと長生きしてるから、と云う認識がないので
少女の外見にしては生意気で小憎たらしい存在だと想います。
少年は始祖様とある程度付き合ってから旅立ったので
彼女の存在も、自分の存在も『時に忘れられた存在』として
普通とは違うけれど人間、と云う認識で
始祖様はとても長い間生きているので本当に長寿の知恵を借りている、と云うか。
 
 
突然始祖様のような少女が目の前に現れたら
それこそ嵐のようなものでしょう。自然災害です。(をぃ)
 
 
紅紫というのを見た途端、焼き芋が喰いたくなったのですが
焼き芋を焼く話じゃ粉雪を入れられないので
普通のひとに寒い雪の日に焼き芋屋さんで買ってきてもらいました。
 
 
 
 
 
それでは素敵ネタをありがとうございました♪
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 もう随分昔に感じたきりになっていた感覚に身を委ねる。
 その感覚は研ぎ澄まされ、ものすごいスピードで墜ちていく感覚と
 もう一つのゆっくりとした時の流れを、余すことなく感じ取っていく。
 
 あぁ、懐かしい――――――
 
 黒髪の少女は瞳を閉じたまま、ゆりかごのようにさえ感じられるこの時空間旅行を
 ただひたすら感じていた。
 
 
 
 
「え、優衣お姉ちゃんも行っちゃうの??」
 
 母親譲りの黒髪を揺らして、友人であり母親代わりのセンナの娘、優奈が驚いた声を出す。

「うん、どうもちょっと気になって、ね。優お兄ちゃんだけじゃ不安だから」
「でもなんで? お兄ちゃんは好きでやってるって云ってたけど、お姉ちゃんが危ない目にあうのは・・・」
 
 自分を本当の姉として慕ってくれている優奈に、だいじょうぶ、と頭に手を置いて静かに告げる。
 そして静かに視線を自分の友人達に戻す。
 
「センナちゃんや篠くんには、余計な心配かけちゃうけど・・・」
「良いのよ、依頼はあの子が受けるって決めてるんでしょう?」
「それに優衣が自分も必要だと見極めてるなら、それが一番いいんだろう?」
「2人とも・・・・・・」
 
 感極まってありがとう、と云うと、並んで座っていた友人二人の首に手を伸ばす。
 久しぶりな気がする抱擁は、難なく受け容れられ、そしてふっと息を吐いて惜しむように離れる。
 
「優衣お姉ちゃん・・・」
「ん、はい、優奈も」
 
 そう云って不安そうな妹を抱きしめる。
 この温もりも、しばらくは感じられないだろうと覚悟を決めて。
 
「優を危険な目にあわせちゃうかもしれないけど、絶対死なせないから」
 
 少女は2人の瞳をまっすぐ捕らえると、告げた。
 
「絶対無事に帰すから」
 
 
 
 
 
 独特な越えている間の感覚は、ひとによっては一瞬のもの。
 抜けたと自覚したときには既に、少女と少年は並んで大きな城下町の外れにある草原に立っていた。
 どこと無く記憶の琴線に触れるような感覚に少女は自分の中の数ある記憶を手繰るも
 それが何であるかは、実際の所思い出せない。
 はふっと息を吐いて、目的地を封筒で確認し、それがあの城下町にあることを認識して
 少女は隣に立つ『兄』へと声をかけた。
 
「お兄ちゃん、絶対に死んじゃダメよ」
「そういうお前こそ」
 
 辺りに殺気らしきものを感じ取って、瞬時に獲物へと手を伸ばす。
 部屋に合った武器―――以前彼女が使っていたもの―――を適当に見繕って持ってきたのだが
 碌な手入れをしていなかった所為か、その中でも使えるものは少なかった。
 中でも使えそうなものだけを吟味し、所持しているのだが、少年は丸腰だ。
 はっきり云って分が悪いにも程がある。護りながら戦う、というのは。
 
 低い唸り声とともに姿を現した獣は、複数体。
 唯一の救いは知能レベルが低そうだということ。
 
 取り敢えずは逃げるか、と判断し、少年の腕を取って地を蹴る。
 いきなりのことに少年は多少驚いているが、しっかりと自分でも走っている。
 丸腰なのはまずかったな、と今更悔いても仕方ない。
 少女は獣達への牽制にほとんどさび付いて殺傷能力がないナイフを彼らの目の前の地面めがけて投げる。
 その動作は自然でいて俊敏。
 明らかに慣れているとでも言いたげなその動作の一つ一つ、どれをとっても無駄や隙が無い。
 
 そして少年が必死で走っているにも拘らず、少女の息が切れていない。
 獣たちを巻いたことを悟った彼女は徐々にスピードを緩めていったが、完全に行動を停止した時には
 既に城下町へ辿り着いていた。
 
「ふぅん」
「どうした?」
「否、ね。戦時中にも拘らず、門番さえいないのだな、と想って」
 
 その言葉に少年もこの開けっ広げな街を見る。
 普通なら、軍事の拠点となる場所ならば、厳重な警備がされていてもおかしくは無い。
 本当に一般庶民ばかりの町に少し呆気に取られたが、よく捜せば腕が立ちそうなものもそこかしこに居る。
 だが皆陽気で、今が戦時中だということを忘れさせるほど明るい。
 
「確かに。時は間違ってないんだよな」
「封書に導かれて来たから間違っていないはずだわ。取り敢えずはここの軍主の情報収集ね」
「必要あるか?」
「依頼人が軍主でなく、軍師だってことが不思議なの。
 軍師はこんな依頼ができるなんて迷信だと想ってて、使用するかどうか怪しいものだもの」
「確かに」
「軍師なら来たらめっけもの、捨て駒くらいに考えられている可能性もある。
 軍主の人となりによってはそういうことを嫌うから、そっちを優先的に調べた方が利口ね」
 
 淡々と紡がれる言葉に抑揚はなく、彼女の視線は絶えず動いて街の人々を観察している。
 
「とにかく、ここは部外者でも入れる一般的な街のようだし、旅人装って情報を聴きだしてきて」
「・・・『きて』って、お前は行かないのか?」
「私は別の手段で見極めるわ。そっちはよろしくね。優お兄ちゃん?」
 
 にっこり、と音がつきそうな笑顔で妹にそう云われてはNOとは云えない。
 と云うか、NOとは云わせない、というような気迫が背後に見えたのは気のせいだろうか。
 少年はため息を吐きつつ、わかったよ、と云うと、すっと人込みへと紛れた。
 
 
 

 少女はまっすぐ城へと向かっていた。
 城下で聴くところによれば、軍主はまだ年端も行かない子供らしい。
 丁度あんたくらいだよ、と云われたときにはどう反応したものかと考えたが
 それでもそこも上手くかわして、一様に云われる軍主の人望の厚さと
 そしてまだあんな子供なのに、と云う嘆きを聴いてきた。
 それが軍主なのだとしたら、軍師は一体何をやっているのか。
 
 軍主が少年だということで、悪戯好きならば、こういう依頼の出し方が在ると知ったならば
 試しに実践してみる、というのも考えられる。
 でも差出人は軍主ではなく軍師なのだ。
 そこがどうも合点がいかない。
 
 
「・・・・・・あれ? 君、見ない顔だね」
 
 城の入り口付近であれこれ考えていれば、いずれ関係者が出てくるだろうと想ってはいたが
 まさかここまで早いご登場とは考えていなかった。
 警備の兵――恐らく一般兵――を労っていた少年は、こげ茶の髪を揺らして、こてんと首を傾げる。
 しばらくの間は、彼が自分の仲間全員を思い出していたのだろう、そう考えれば納得もいく。
 そして警備の兵の反応からすれば、この少年はそれなりの位置にいると考えて間違いないだろう。
 
「うん、たまたまこの街に寄ったから」
「へぇ、そうなんだ? 今は物騒なご時勢なのに、ひとりで?」
「ううん。兄と一緒なんだけど、この街広いから逸れちゃって」
「そっか、それで目立つ場所、と思ってここに来たの?」
「そう」
 
 大変、なかなかに切れ者のようだ。
 内心その頭の回転の速さに、にやにやしながら少年と話を続ける。
 
「一緒に捜しに行こうか? 僕この街詳しいからどんな場所でも大丈夫だよ?
 それともお兄さんとここで待ち合わせしてるの?」
「そういうわけじゃないの。でも多分きっと、お兄ちゃんもここを目指してるだろうから」
「そっか。じゃぁここを動くわけにも行かないね。君はどこから来たの?」
「ずっと上の方・・・」
「上? 北って云うと・・・丁度僕らが戦ってる相手の国の方から来たんだね。
 よく無事でいられたね」

 上、というのは感覚的なものであって決して方角的なものではないのだが
 少年の言葉に『上=北=敵国』と云う図式が出来上がっているようだ。
 まぁ、確かに地図で上といえば北を指すが。
 少年はくりくりとした髪と同じ色の瞳をうーんと、と上に持っていき、何やら考えている。
 外見年齢は、確かに近いかもしれない。
 街で聴いた『軍主』の特徴の天真爛漫、というのも当てはまる気がする。
 ということは、この少年が・・・? と不躾に少年の顔を見やる。
 その視線に気づいてか、少年はこちらに視線だけチラッと向け、視線があうと、ははは、と乾いた笑いをこぼした。
 
「何? 僕の顔に何かついてる?」
「ううん。何でこんなに優しくしてくれるのかな、って想って」
「え? 何で、って云われてもなぁ・・・。困ってるひと助けるのは当たり前じゃない?」
 
 そう云って笑った後、真摯に向けてくる瞳は、まっすぐで、嘘を語っているとは想えない。
 全てを統べる、軍主という立場の人間・・・
 神、と云う存在がいるとすれば、こういう人間こそを好むのだと、そのまま。
 
 
「そっか、そうだよね」
「納得してもらえたなら良かった。で、君、名前は――――――」
「優衣!こんなとこにいたのか!」
 
 こげ茶色の瞳を持つ少年が少女の名を訊ねた声にかぶさるように
 金糸に青色の瞳を持つ少年が妹をみつけて呼んだ。
 少女はこげ茶の少年ににっこりと笑って手を振ると、自分を呼んだ声の主の元へと走りよる。
 それはどこからどう見ても、仲のいい兄妹が再会した場面そのもので。
 
「優、どうだった?」
「大方、良いもの。ちょっと遊びが過ぎる、って云ってるやつもいたがな」
 
 賭け事とか遊びとか、と聴きだした情報を空で述べる少年に、はふっと息を吐く。

「んで、口癖は『ねぇ、仲間にならない?』だそうだ」
「ふぅん」
 
 そう云いながら視線を先ほどまで話していた少年へと向ける。
 にこにこと楽しそうな少年は、少女の視線に気づくと歩み寄ってくる。
 
「えっと、あなたは?」
「俺はコイツの兄貴だ」
「あぁ、この子が云ってたお兄さん、ってあなたのことですか」
「そうよ」
「で、君たちはこれからどうするの?」
「・・・・・・?」
「この辺先刻も話したけど物騒なことこの上ないんです。お兄さん相当お強いんですね。
 ねぇ、君たちさえ良かったら、僕の仲間にならない?」
 
 
 この決定打を聴くまでは、と想っていたが、さすがにこうもあっさりと認められては。
 
 
「この依頼書、出した軍師に会いたいんだが」
「え、それ・・・本当にいるんですねっ!」
「は?」
「だってそれ、サルシードさんの名前使って書いたの僕ですもん」
 
 そう云って、悪戯好きの少年は、『じゃぁ、もちろん仲間になってくれるためにきてくださったんですよね』
 と、ひたすらにこにこ笑っていた。
 
 自分のした悪戯が想いも寄らぬ方向で成功したことに喜ぶかのように。
 
 
 

 
 
 


 

届け響け心の音

2008年11月17日 ネタ帳
 
 
 
 
 
 
 けっして豪華な造りとは云えないが、そこに揃えられた調度品は年季の入ったものばかりで
 『無駄がない』という言葉がこれ以上ふさわしい場所は考えられないほど
 整然とした部屋の中で、両親とも黒髪を持つ彼が何故に金糸を持つかと思われるほど
 端正な顔立ちを持った少年は、部屋の大きな机に置いてあった白い封筒―――若干日焼けしている―――
 を手に取り、封を開けたのは、それはもう日が傾いたときのことだった。
 
「あ、珍しい。依頼だ」
 
 遺伝子学的にはおかしくない額にかかったその金糸を、無造作にかきあげて、中身を読む。
 そして隔世遺伝した蒼い瞳を細めると、口角を僅かに上げた。
 
「あれ?優、どうしたの?」
「―――・・・!」

 書状を読むのに集中していた所為か、黒髪を持つ少女の近づく気配に優、と呼ばれた少年は気づけなかった。
 僅かに驚いた表情を見せるものの、すぐにふっと息を吐いて自分を取り戻す。
 
「お兄ちゃん、だろ? 優衣」
「あ、そうだった」
「ったく、一緒に暮らすからっていきなりお兄ちゃんになってね、なんて母さんも・・・」
「あら、センナのこと悪く言わないで?」
「まぁ、母さんは母さんだから仕方ないかもしれないけど、あの父さんまで・・・」
「篠のことも悪く言わないで」
「大体なぁ・・・お前は家に住み始めて一体何年経ったと思ってる」
「さぁ? まだ幼い頃だったから憶えてはいないわ」
「だったらいい加減、俺のことも『お兄ちゃん』で固定させろ」
 
 そう云いきった少年に、少女はそうは云っても・・・と、首を傾げる。
 
「仕方ないじゃない。転生前のこと、思い出してしまったのだもの。実年齢は兄よりずっと上、なんて、時々気が滅入るわ」
「お前が時々じゃなく頻繁に俺を名前呼びするから妹の優奈まで、時々間違えるんだ」
「だって、私は優・・・じゃなくてお兄ちゃんが赤ん坊の頃から知ってるんだもの」
 
 仕様がないじゃない・・・と瞳を伏せる血の繋がらない妹に、優は盛大なため息をついた。
 コイツのこういう表情は好きじゃない、と思いながらも、こういう表情をさせてしまった自分に
 散々心の中で悪態をつきながら、そうじゃない、と妹の頭に手を乗せる。
 
「俺だって馬鹿じゃない。
 今のお前の姿は俺が幼かった頃母さんや父さんと一緒に俺と遊んでくれた、あの人とおなじだから―――
 否、実際同一人物なんだから仕方ないが。お前が家に引き取られた時にはお前、退化してたから」
 
 少年は自分よりも幼い少女がやってきた日のことを思い出した。
 突然両親が、この子を家の子として育てたい、と云いだしたのには驚いた。
 一体どこでその幼子を拾ってきたのか、とか聞き出したいことはたくさんあったが
 両親がそれまでにも揃って家を留守にしてどこかに行っていたのは知っていた。
 それが彼女の身の回りの世話だったのだと聞かされたときには、ほとほとあきれていた。
 確かに自分は手のかからない子供だったかもしれないが、よその子供まで、と。
 
 ただ、事情が違っていたのは、その幼子を両親は、古い知り合いなのだと説明したこと。

 どこをどう見ても自分より幼いその幼子を古い知り合いと称す両親が自分でも信じられなかったが
 今ではそれも信じられてしまう。
 
 彼女は何かの危機に陥り、身体の年齢が遡ってしまったらしい。
 そして物心がついた頃にはそれまで失くしていた記憶も戻り、両親と友人としての会話をしていた。
 だからこうして頻繁に自分のことも友人の子、として認識し、今の状況を忘れ、名前で呼んでしまうのだ。
 そう理解はしていても、やはり妹として可愛がって育てた兄としての心が「兄」として
 きちんと認識して欲しいという欲求を持ち出す。
 我ながら子供染みてる、などとも思うが、実際彼女は血が繋がらないとはいえ、妹なのだ。
 その辺の区切りはきちんとつけろ、と毎回のように行ってはいるのだが、昔からの癖というものは
 そう易々と抜けてはくれないものらしい。

「それで?」
「それで、ってなんだよ」
「その封書、何だったの? お兄ちゃん」
 
 『お兄ちゃん』と云う言葉を誇張して紡がれた言葉に、あぁ、と頷く。
 
「依頼」
「何の?」
「今度は五体満足で帰ってこれるかな」
「まさか、危ない仕事?」
「うん、傭兵依頼」
「傭兵??」
 
 徴兵じゃなくて??と返してくる辺り、少女も少女だ。
 今のこのご時勢、この国にいれば平和だと云い切れなくもない。
 それなのに傭兵の依頼だなんて、と、そちらを驚くべきではないのか。
 
 だが彼女が両親と出会う前に色んなことを見聞きしてきたことを考えるとその発言も納得がいく。
 きっと両親に出会う前にでも戦争に巻き込まれたか、自分で突っ込んでいったのだろう。
 ・・・・・・完全に否定し擁護できない辺り、自分も彼女のことを理解してきたのだな、と想う。
 
 
 
「なるほど、ね」
 
 封書の中身――こちらは日に焼けていない――に目を通して少女は、はふっと息を吐いた。
 
「現場指揮ができるような人材を捜している、と。つまりは隊長クラスの派遣依頼か」
「あぁ」
「まぁ、お兄ちゃんは訓練受けてるから、戦場で生き残れないことはないだろうけど」
「だろうけど?」
「現場指揮はどうかしら、と想って」
「一応俺もリーダー的立場は経験してるぞ」
「そうかもね。でも戦場じゃそんな甘いことも云ってられないのよ」
 
 そう云って少女は顔を伏せる。
 
「それに第一依頼人が信用ならないわ。引き受けるにしてもお兄ちゃん独りじゃ危険すぎる」
「・・・それじゃどうするんだ、って云わずとも判るがな」
「それは結構。元々この万屋は私が開いたものだし、私も行くわ」
「そうは云っても、これは時空を超えるぞ?」
「大丈夫。もうそれに耐えうる身体にはなってるわ。それじゃ、準備しましょうか」
 
 そういうと少女は、センナちゃんたちに挨拶してくる、と部屋を出て行った。
 この無機質ともいえるような、殺風景ともいえるようなこの部屋は、彼女のもの。
 彼女が倒れていた家がここなのだ。
 普段は空き家になっているが、それを感じさせないこの美しさ。
 昔彼女に一体何があってここに倒れていたのかは知らないが、それでも想う。
 彼女が幸せであれば良いと―――――
 
 
 この部屋は、あらゆる空間と繋がっている。
 だからここはあらゆる世界から依頼が届く。
 すべての時と空間を統べたようなこの部屋で、彼女は一体何をしていたのか。
 幼い頃は時空を越える体力が無い所為で自分を責めていたが
 もうそれすらも関係ない、といえるほどに成長してしまった。
 
 つらいことがあったのではないか、と想えるほどの彼女の傷つきようを
 少なからず感じ取っていた少年は、彼女を連れて行くべきか否かを考える。
 護りたい。哀しい目にあって欲しくない―――――
 それでも、自分には彼女を止める権利は有していないのだ。
 
 
 
 
 それもまた、彼女が選び取った運命なのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ざく、ざくっと分厚い落ち葉を踏みしめ、林を抜けた先には
 そこは穴場スポットと自分では想ってる場所がある。
 もちろん、その落ち葉が敷き積もった公園からでも海は見えるのだけれど
 この林を抜けた場所から見る景色は絶景なのだ。
 
 何といって表現して良いのか判らないほど、澄んだ空気と
 どこか懐かしささえ憶える潮の香り。
 そしてその場所に行くと胸が詰まって泣きそうになる自分が妙におかしかった。
 
 ほとんどの落葉樹は色を変え、葉を落としている。
 イチョウもそれに倣って、地面には鮮やかな黄色が降り積もる。
 そのイチョウとよく似た、レモンイエローの羽をもった季節はずれの蝶々が
 誘うように、お気に入りの場所から自分を遠ざける。
 

 ふと目で追っているうちにふわふわと飛んでいるその蝶は
 視界から突然消えてしまった。

 唖然として辺りを見渡すが、それを見つけることはできなかった。
 どこか心に寂しさを憶えながらも、先ほどの場所へと戻ろうと踵を返す。
 だがしかし、進みだそうとした途端に、コートの端をつかまれていることに気づいた。
 
 視線を動かして後ろを見るが、誰もいない。
 その視線を、ノロマなスピードで下へと移すと
 こどもが、手袋をはめた子どもが自分のコートをしっかりと握っていた。
 
「お兄ちゃん、どうしたの?」
 
 そのこどもが問う。
 どうした、と訊きたいのはこちらだというのに。こどもは続ける。
 
「どうしてそんなに哀しそうな表情なの?」
 
 その言葉を云われて、自分自身どんな表情なのか気になった。
 
「お兄ちゃんは、哀しそうに見えるかい?」
「うん」
 
 こどもは臆することなく答えた。
 そして、今の自分の状況を思い起こして、ふっとため息をついた。
 
「心配してくれてありがとう。大丈夫だよ、なんともないから」
「ホントに?」
「うん、ホントだよ」
 
 慣れているから――――――
 その言葉は紡がずににこっと笑う。
 
 時の流れに置いていかれるのは、慣れている。
 同じ時を刻んでいたはずの人間がいつの間にか朽ち果てていくのにも。
 
 
 
 
 
 そう、もう何百年と同じ時を刻んでいる自分にとっては
 一人の人間の死など、生きているものなのだから、死が訪れるのは当たり前で
 そう、割り切っていたはずなのに―――――――
 
 
「―――小僧」
「・・・始祖様?」
「魘されておったようじゃが、悪夢か」
「ぃぇ・・・そういうわけでは・・・・・・」
 
 
 悪夢なのは、こちらの現実の方かもしれない、と、想ってしまう。
 現実に自分の身体は老いることを知らない。
 不老不死を喉から手が出るほど欲しがっている権力者も居ると聴くが、そんなにいいものではないと想う。
 みんな、みんな・・・大切に想った分だけ、別れが寂しい。
 人と死別する回数を重ねても重ねても、慣れは来ない。
 いっそのこと人を遠ざけてしまえば、バリアを張って、内側に入れなければ
 こんなにも哀しい想いをすることは無いのかもしれない・・・・・・
 
「ほれ」
 
 差し出されたコップには、熱いお茶が入っていた。
 旅暮らしでそれを口にする機会は少ない自分たちの、ささやかなる贅沢だ。
 それを今差し出してくる少女を見やれば、彼女は薪をかき回している。
 白い肌は炎にオレンジ色に染まり、白い髪は漆黒の闇に馴染んでいる。
 少女の表情は、無表情というがふさわしいものだったが、それでも――――――
 
 一口中身を口に含めばその温もりが広がり、身体が温まる。
 そして同時に心にも、むずがゆいような、温かさが広まる。
 
 
「始祖様」
「割り切れと前にも云うたな?」
「はい」
「じゃがまぁよいわ。おんしはおんしでわらわとは違う人間じゃからの」
「ありがとうございます。始祖様」
 
 表情を変えずに淡々と話していた少女に向かって思い切り笑顔を向ける。
 それを見た途端呆気に取られたような表情をしていたが、すぐに顔を背けた。
 少し恥ずかしそうにしていたが、わざとらしい咳払いのあとは、いつもの少女に戻っていた。
 
 
 自分は自分――――――
 
 現実は悪夢よりも哀しいかもしれないけれど
 それでも、やっぱり、僕は――――
 
 
 
 
 
===============================
 
 
お題:『レモンイエロー』『海の見える公園』『温まる』
お題提供:たんぽぽ様
 
 
 
 
書き始めは始祖様シリーズじゃなくて
普通の現代ものを書いていたのですが
なんか、また始祖様シリーズになってます。
お題の『海の見える公園』がそのまま舞台設定だったので
言葉として入れませんでした・・・・・
 
と云うか、入らなかったのが事実です。
 
 
 
前半が夢かどうかという点についてはご想像にお任せしますv
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 白く煙る緑。
 視界は全て霧と緑の白緑色。
 まるで異世界にいるような、そんな感覚さえ憶える白い緑色の中で
 少年は地図を広げて唸っていた。

「あれ、ここの道、こういったはずなのに・・・」
 
 日に焼けて茶色く変色したその紙に描かれた詳細地図を片手に辺りを見渡す。
 だが、見えるのは白く煙る緑だけ。
 道らしきものを辿ってきたものの、こう同じ景色が続いては方向感覚が狂わされる。
 磁場の所為か、コンパスさえ狂っているこの状況下、自分の頭だけが頼りだというのに
 少年は深く深くため息をつくと、その場に座り込んだ。
 肝心要な自分自身の判断さえ、迷う自分にまた一度ため息をつく。
 
「なんでかなぁ・・・」
 
 少年は頭を抱える。
 それでも大きく息を吸い込むと、それらを全て吐き出した。
 何回かそれを繰り返すと、よし、と握り拳を作る。
 
「なんじゃ、小僧。迷おたのかえ」
 
 ころり、と笑う声が聴こえたかと思うと、白髪の少女が姿を現した。
 
「始祖様!今までどこに行ってたんですかっ!」
 
 少年のどこか咎めるような言もそ知らぬ表情でかわすと
 少女はふむ、と地図を覗き込んだ。
 
「どうやらここは結界の中のようじゃの」
「結界・・・?」
 
 またなんで、と云う表情をした少年に、少女は地図のある一点を
 その白く細く滑らかな指で指し示した。
 
「エルフの村じゃ」
「あぁ、エルフの村が・・・」
 
 そこで少年も合点がいったというような表情をする。
 昔エルフの青年と旅をしたことがあった。
 そのときに、エルフの集落の周りには結界が張ってあることを教えてもらっていた。
 結界の中では、行けども行けども同じ場所をぐるぐる回っているだけだとも教えられた。
 つまり、だ。
 
「僕たち、迷ったんですね・・・」
「おんしはそういうことじゃの」
 
 ころころと嬉しそうに笑う少女を見て、少年は悟った。
 この少女はこの森の抜け方を知っているのだということを。
 
 少年は改めてエルフの青年が話してくれた集落周辺のことを思い出す。
 周りの普通の人間にとってそれは『迷いの森』やら『惑わしの森』と呼ばれていること。
 そして、その森は大体今まさに少年が見ているように、深い霧がかかっていること。
 最後に、自分が発した問いに人差し指を口の前に当てて
 悪戯めいた表情で彼が云った言葉を思い出した。
 
 
『間違って結界の中に入ってしまったら・・・?』
 
 自分の発した問いの後の、青年の不思議そうな表情がが瞼の裏に鮮明に浮かぶ。
 
『紫色を探してみて』
 
 明らかに亜人種だとわかるそのとがった耳。
 そして体力はそんなにはなかったけれど確かな弓使いと魔力。
 そして彼は確かこう云ったはずだ。
 
 
『紫色を見つけたら右、それ以外は道成りだよ』
 
 そこまで思い出して少年は立ち上がる。
 とにかく道成りに進み、分岐点で改めて注意深く辺りを観察した。
 そして見つけた、紫色の花。
 クローバーに囲まれたシロツメクサと色違いのその花は、紫色をしていた。
 そして少年は、人間よりももっともっと寿命の長い種族の青年の言葉通り、そこを右に曲がる。
 
 それを何度か繰り返している内に、やっと視界が開けた。
 明るい、というよりも眩しい光に目を右手で庇いながら、開けた視界にほっと胸をなでおろす。
 
 他の人間には内緒だよ、と笑った彼に感謝しながら、少年は固く強張っていた身体をほぐす。
 
 
「少しは知恵をつけたようじゃの」
「始祖様はご存知だったんでしょう・・・?」
 
 少年の行動を黙って見守っていた少女が、やっと口を開いた。
 自分の記憶と知識を試していたのか、何も云わなかった彼女に何か文句の一つも言いたかったが
 彼女の次の一言で黙るほかなかった。
 
 
「ひとりでも解決できるようにならんと、わらわと離れたときに心配じゃしのぉ」
 
 
 誰が、誰を、などいう必要などない。
 少年が自立できるようにと、旅慣れた少女は少年の力を試していたのだ。
 旅を一緒にすることになった仲間からの情報は貴重な知識。
 それをただ会話を楽しむだけでなく、実用しなければ、それはただの雑学。
 全てを自分の知識として吸収することが大事だ、と暗に云っている少女に
 少年は、素直じゃないなぁと改めて苦笑した。
 
 
「ありがとうございます、始祖様」
「何のことかの?」
 
 礼を云った少年に、とぼけた表情をする少女。
 
「いいえ、良いんです」
 
 いつまでも自分の心配をさせてはいけない、と
 もっと自分がしっかりしなければ、と
 少年は改めて決意した。
 
 
 
 
 
 
 
 
==============================
 
少年と始祖様の旅。
また花の名前がきちんと出てきませんでした。
こんなのでよければ。
 
 
 
お題:『ムラサキツメクサ』『迷う』『白緑色』
お題提供:たんぽぽ様
 
 
 
 
 
 

旅の一行

2008年9月8日 ネタ帳
 
 
 
 
 酷い有様だ。
 心の中でそう呟いて辺りを見渡す。
 穢れた土地には何も生えては来ないというが、これはあんまりだろう。
 先の戦禍のあとが生々しく残るこの地に、仲間たちも目を伏せている。

「ねぇ、やっぱり・・・」
 
 そんな声が後ろから聴こえてきた。
 ふと後ろを振り返ると、女性同士仲がいいのか、それでも異種族で時々諍いのある2人が
 地面に視線を落としたまま話し合っていた。
 
「なぜこんなことになったの」
「皆この国の民なのでしょう?」
「酷すぎる」
「反乱が在ったとも聴かなかったし」
「やっぱり、あの方が治めてくれなければ・・・」
「私たち、一体どうなっていたのかしら」
 
 この国出身である2人は、今でこそ自分の旅の一行に加わってはいるが
 その前までは、この国を護るために尽力してきた人たちだ。
 戦を知っている、生の体験として知っている彼女たちは、自分たちの中でも知識が豊富だ。
 彼女達の役割は語部。先の戦争を、その被害を風化させないために語り継いでいく者。
 ふとした場面で彼女たちの会話は、訪れた町の人々の心に染み渡る。
 
 経験者だから語れる言葉。
 
 先の戦争から、もう大分経つというのに、この場所は未だ穢れたまま。
 草一本生えていない枯れたその場所に、目頭が熱くなる。
 この場所にも、ここで生き、ここで暮らし、ここで笑い、ここで育った人たちがいた。
 それを奪った、戦争が、にくい。
 故郷を奪われた哀しみは、自分にもよく理解できるから。
 
 
「それでも」
 
 視線を前に戻した彼女たちはまっすぐと村があった場所をみつめる。
 それに倣って自分も前を見た。
 
「憎む相手に報復してもまた憎しみが生まれるだけ」
「憎むべきはひとじゃない。戦争から何も学ばない自分自身の心」
 
 
 彼女たちの言葉が、すぅっと胸の中に入ってくる。
 ひとりひとりが、戦争から学べば、相手を思いやる心を持っていれば
 誰も哀しむことのない世界が訪れるだろうか。
 
 
 ただ祈ろう。今は亡き、村人のため。そして亡き国民のため。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あなた、水難の相が出ていますよ」
 
 町に入って宿を探していたとき、ふと呟くような声を耳にした。
 別に自分に云っている訳ではないだろう、とそのまま通り過ぎようとしたのだが
 もう一度、そこのあなた、と今度は強めの口調で呼びかけられて、仕方なしに足を止めた。
 振り返ってみると、建物同士の間の細い路地に、ひっそりと設けられたテーブルと、見るからに怪しい風貌の女性。
 テーブルには何やらきらきらと光源によって輝く布と、その上に水晶球が乗っていた。
 女性の表情は頭から顔を半分以上被っているベールで見えないが、つけているアクセサリー類から見ても、やはり怪しい。
 自分が訝しがっているのを知ってか知らずか、隣にいた少女が声を上げた。

「そなた、星占術師かえ」
「・・・・・・」
 
 少女が淡々と告げた言葉に、謎の女性は静かに頷くことで、同意して見せた。

「セイセンジュツ?」
 
 聴きなれない言葉に、思わず首を傾げる。
 
「星を見て占う者のことじゃ。そのくらい知っておろうに」
「あぁ! 星占いみたいなものですか」
「星占い?」
「えっと、おひつじ座とか、おうし座とか、そんなのに分けられてて・・・」
「ふむ、羊に牛か・・・確かに似てはおるの」
 
 それを静かに自分たちの会話を聴いていた謎の女性は、少し違いますが、と前置きした上で、言葉を続ける。
 
「あなたは見たところ宝瓶宮のお生まれのようですね」
「宝瓶宮?」
「寒い季節に生まれているでしょう?」
 
 また聴きなれない言葉が出てきたことで、きょとんと首を傾げた。
 しかし続いた言葉に、自分が冬生まれだったことを思い出す。
 しかも年明けの行事が取り敢えず一段楽した頃に生まれたそうだ。
 謎の女性に、首肯することで続きを促すと、彼女は静かに語りだした。
 彼女が黄道十二宮というものでひとの未来を見ていること。
 そして、それは太陽の軌道を分けて、星座と同じようなものを示していることを解り易く説明してくれた。
 そして今、自分の星回りが余り良くないことを告げた。
 彼女はオーラのようなものも視えているらしく、それを総合的に判断して、水に気をつけろ、と忠告をくれたらしい。
 
「それにしても、そんな道を通る人に声をかけていてはあなたのお仕事が・・・」
「良いんです。占いを求めてくる人は自ずから自然と来てくださいますから」
「え、でも・・・」
「これでもひとを見る目は確かだと自負しています。
 あなたは優しいひと。だからこその忠告です」
「・・・・・・」
「ひとの忠告は素直に受け取れ。
 占いというものは危険回避のためにあるものじゃからの。
 それを心に留めて気をつけておけばよいのじゃ」
 
 おずおずと彼女の仕事の心配をすれば、その必要はないとやんわりとお金を受け取るのは断られた。
 その上、自分を優しいと形容した上での忠告だという。
 相変わらずベールに隠されて表情は見えないが、少しだけ見えている口元が笑みを作っていた。
 その笑みが良いものなのか、悪いものなのか判断に困り沈黙する。
 黙ったままの自分を見かねて、少女が息を吐いて、口を出した。
 
「その方の仰る通りです。私は飽くまで忠告しただけ・・・
 それを気をつけるかどうかは、あなたしだいですよ」
 
 
 
 その謎の女性から別れて、数十分後、賑やかな市を通り越して、少し人気のない場所に宿屋はあった。
 傍には家庭菜園程度の畑と、果樹園らしきものがあり、並木のように植わった木が風を受けて葉ずれの音を耳に運ぶ。
 そこに一部屋取った自分たちは、無農薬栽培の野菜や地鶏をふんだんに使った料理を食べて、部屋に戻った。
 開いていた窓から一際強い夜風を受けて、それを遮るために窓を閉める。
 
「開けて置けばよいものを」
「でも始祖様、この季節にしては冷たすぎやしませんか」
「よいよい。暑いよりも涼しい方が好みじゃ」
 
 カタンと音を立てて窓を閉めた自分に眉をひそめた少女が、不機嫌な声ではないが、抗議をする。
 それに振り返って微妙な声で問いを返すと、案の定、呆れたような声が返ってくる。
 既にベッドに転がっている少女は寝返りを打ってこちらに背を向けている。
 風邪を引かないかな、と少し不安になりながらも、云われた通りにする。
 風邪を引くほど軟な身体ではないが、万が一、ということも考えられる。
 それに今の時期の風邪は、一度罹ると治りにくいのを充分承知している。
 一通り宿を探している間に町を見て回ったが、病院らしきものはなかった。
 まぁ、医師の一人くらいはこの規模の町ならば見つかるだろうが
 それなら旅慣れた自分たちの方も軽いものならば薬草の煎じ方も解っている。
 ただ心配なのは、食べられなくなる、ということ。
 それさえクリアしていれば、この町にいる間ならば医師に頼むか、薬草のありそうな森に入って煎じ薬を作れば良い。

「(始祖様はお歳がお歳だし・・・)」
 
 隣のベッドで桔梗色のマントを羽織ったままこちらに背を向けている少女に、それまで窓に向けていた視線を移す。
 その視線を感じてか、気配に敏感な少女は衣擦れの音を立てて、ごろりとこちらに寝返りをうってじっと眼を見つめてくる。
 
「おんし、何をそこまで心配しておる」
「・・・・・・・」
「心配するのはおぬしの方じゃろうに。
 昼間の術師の言葉をもう忘れたか」
 
 その言葉にはっとする。
 確かに彼女は自分に声をかけたのであって、自分の傍らにいた少女については何も云っていない。
 ならば気をつけるべきは自分の方だという彼女の言い分は充分すぎるほど解る。
 解るには解るのだが、それでもやはり心配なものは心配なのだ。
 窓を換気程度に少しだけ開けておいて、自分も窓際から離れた。
 この部屋は暗い。もう外が暗いのだから、頼りはベッド脇にあるランプのみ。
 それでも旅の途中はそれすらもないときがあるのだから、闇自体は怖くはない。
 早く眠りについて、今までの疲労を回復させるべきなのだろうが、ランプの明かりを消しても、なかなか眠りにつけなかった。
 
 
「・・・目が覚めたか」

 闇夜に月の光が入ってきて、ランプの色とあいまって少女の白髪を鮮やかな色に染めている。

「始祖・・・様・・・?」

 自分のベッドの端に腰掛けている少女の姿を見止めて、疑問符を発する。
 隣で眠っているはずの彼女が何故ココに、と。
 
「酷く魘されておったでの。
 この夜半過ぎに医者を探すのは苦労したぞえ」

 妙に息苦しく、悪夢を見ていたのはそれだったのか。
 ふと、夢の内容を思い出して、夢じゃなかったのか、と息を吐く。
 
「僕は・・・」
「昼間市で買おた氷にでも当たったのかのぉ」
 
 その言葉に、絶句する。
 自分は少女の心配をしていたが、逆に迷惑をかけたのは自分の方だった。
 医師が去った後も寝ずの看病をしていてくれたのか、少女の眼は紅い。
 
「・・・・っ・・・!!
 す、すみません!!」
 
 自分でやらかしたことを数秒後の覚醒した頭で想い、勢いよく起き上がって、ベッドの上に正座した。
 そして、少女に向かって頭を思い切りよく下げた。
 あれほど水には気をつけろ、と云われていたのに、暑さの所為で氷を一つ買って食べたのが災いの元だろうか。
 少女も暑いだろうと想い、食べるか訊いたのだが、彼女は手で制して言葉を告げることなく辞退した。
 それ以外は食べたものも何もかも同じなのだから、自分だけが調子悪くなるとしたらそれしか考えられない。
 並の鍛え方はしていないが、少し免疫が弱まっていたのかもしれない。
 普段なら崩さない程度のことでも、簡単に崩れてしまった。
 情けない、と自分を責めつつ、迷惑をかけてしまったことを何度も言葉にして伝える。
 すると少女は頭に手を置き、何回か軽く叩くと、大きく息を吐いた。
 
「おんしはほんに不器用じゃの」
 
 その言葉の意味をはっきりと理解できなかった自分は、思わず首を傾げた。
 それにもう一つ小さく息を吐いた少女は、いつもの呆れた様子もなく、優しい瞳で言葉を紡いだ。
 
 
「不調なときは、素直に礼を云うだけでよいのじゃ」
 
 
 
 その表情が、いつものそれよりも酷く優しく見えて、思わず言葉に詰まる。
 涙がにじんでくるが、泣きはしない。
 嬉しくて、笑みを作ると、少女も微笑んだ。
 
「はい、ありがとうございます、始祖様」
 
 
 
 旅慣れているとはいえ、少女に比べれば自分はまだ若輩者。
 その懐の深さに改めて感動した夜だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
========================= 
 
お題:『桔梗色』『黄道十二宮』『葉ずれの音(絹ずれの音)』
お題提供:たんぽぽ様
参考サイト:「黄道十二宮について」
ttp://www2.plala.or.jp/Rosarium/indigo/zod/
 
 
 
 
今回は使うのが難しいお題でした・・・。
ちなみに始祖様が桔梗色のマントをつけているのは
日焼けに弱いからだと想います。
普通に外套とか書こうかとも想いましたが
それはあまりに幻水2次に近づくので辞めました。
始祖様、イメージ的にはシエラ様に近いですが
やっぱり自分のオリキャラ的存在です。
 
 
ちなみにこの間書いた少年ともまた違う青年だと思います。
なんせ始祖様は長生きしてらっしゃいますから
旅のお相手も、その時々で変わるようです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「た〜まやー!」
「か〜ぎやー!」
 
 もうそんなことを云う人も少なくなったであろう言葉を隣の2人は花火が打ちあがるたびに繰り返し叫んでいる。
 会場から少し離れた川の土手。
 確かに会場近くの橋よりは人手が少ないが、ここも地元では知られている穴場スポットであるため
 何のイベントもないときのあの閑散とした様を思い起こせば、充分すぎるほどの人がいる。
 一尺玉、スターマイン、仕掛け花火・・・・・・
 様々な色を暗い空に描き出す。
 萱草色の大輪の花が咲き乱れたときには、周りから歓声が上がった。
 次々に咲いては消える儚い命の花たちは、今が盛り。
 ふと隣に目を移せば、なにやら論争が繰り広げられているのが見受けられた。
 次々に打ち上げられる花火の音で掻き消され、自分にその声は届かない。
 まぁ、いいか、と思って自分の視線を空に戻す。
 
 
 
「で、さっき何話してたの?」
「んー、あの色は何の金属かな、って」
「は?」
「高校のとき習っただろ、炎色反応」
 
 次の花火の準備をしているのであろう。
 花火の音が途切れたときに、先ほどのことを思い出して問いかける。
 そして返ってきたその言葉に、絶句した。
 
「何だっけ?えーとリヤカーなきK村・・・」
「そこまでだとリチウムが赤、ナトリウムが黄色カリウムが紫だよな」
「えっと、続きは動力借るとすとくれない馬力・・・だったか?」
「銅が緑、カルシウムが橙、ストロンチウムが紅、バリウムが緑・・・?」
「あれ、緑が2つになったな」
「確か緑と青緑とかに分類されてたよな。どっちがどっちだっけ?」
 
 嬉々として話を進める2人に、わなわなと肩を震わせ、拳を握った。
 
「お前ら・・・そんなこと話してたのか・・・?」
「あ? そうだよ、な?」
「あぁ」
 
 その否定するつもりもない言葉に、純粋に伝統文化を楽しんでいた自分の頭の中で
 ついにぷちんと何かが切れる音がした。
 
「日本の伝統文化を化学で分析するなーーーーーー!!!」
 
 その言葉を皮切りに怒り狂った自分を見て2人はきょとんとする。
 怒りが収まったのをみて、そして次の言葉を続けた。
 
「誤解すんなよ・・・昔の人はすげーよな、って話!」
「え?」
「だって俺らなんか学校でしか習わねー事、花火師はずっと昔から知ってるんだぜ?」
「あ」
「しかも日本の科学が発達するずっと前の話だ」
 
 その言葉に、自分もすとんと彼らが話していたことを理解した。
 2人はただ単純に自分の知識を確認していたわけではない。
 日本文化、夏の象徴の花火を作る人たちに対して敬意を表していたのだ。
 そう思うと、ふっと固く結んでいた口元が緩んだ。
 
 
 
 今年は雨も日照もバランスがいい。
 日本古来からの伝統である稲作も豊かな実りが期待できるだろう。
 日本文化に触れる・・・。
 稲作でさえ、昔ながらの農法と今の知識の合作でもっと美味しい米を作っている。
 
 科学と日本文化がうまく融合していることに気づかせてくれたこいつらは
 とてもとても優しい存在。
 
 
 幻想的な花火は終わり、そして未だ夢の中にいるような気持ちで家路に着く。
 休みが終わればまた忙しくなりそうだけど、今はもう少しこの余韻に浸っていよう・・・・・・
 
 
 
 
======================
 
ちなみに、花火を見て炎色反応のことを思い出すのは海梨さんです。
 
 
お題:『花火』『豊か』『萱草色』
お題提供:たんぽぽ様
 
 
 
補習校の夏休みの科学レポートで中3のときは花火の仕組みを調べて発表しました。
そのとき炎色反応についても一通り調べましたが
改めてChemistryで習ったとき・・・
実際に金属を燃やして炎の色を見た時はすごく感動しました。
日本の花火師さんは昔からこのことを知っていたんだ、って思うと。
ちなみに作中で使った『リヤカー無き・・・』っていうのは
海梨さんが通った日本の高校の化学の先生が使っていた暗記法です。
普通はなんて憶えるんですかね。
 
個人的反省点は『豊か』の使い方がかなり無理やりであること。
普通は豊作、とか言いますよね・・・・・・
 
 
毎回楽しいお題をありがとうございます♪
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「わぁ!」

 森近くの川沿いを歩いていると、暖色の花が今が盛り、とばかりに咲き乱れていた。
 それは微妙な色合いで、一重の花を花びらを反らせるように開いている。
 
「きれいな色だね! オレンジ? 黄色? 橙とも違うし、蜜柑でも檸檬でもないし・・・」
「ホンにおんしは物を知らんの」
 
 はしゃぐ少年を木陰で見ていた少女は、はふぅと息を吐き出すと、あきれた声で云った。
 
「え? じゃぁ始祖様はご存知なんですか??」
「萱草じゃ」
「カンゾウ・・・?」
「黄色味がかった橙色のことじゃ。元はノカンゾウという花の色で・・・・」
 
 そこで少女は言葉を切った。ふぅとため息をついている彼女は、面倒だといわんばかりに
 少年からふぃと目をそらす。
 
「さすが始祖様! 知識が豊富ですね。僕も色々覚えたいなぁ」
「だてに何百年も生きてはおらんわ。・・・おんしが知らなさ過ぎるだけじゃ。
 その内放って置いてもおんしもわらわのように知識や経験だけは増えていくのじゃ。
 そう焦る必要もあるまい、しかし・・・」

 少女が少し躊躇うように言葉尻を濁す。
 それを不思議に思って、少年はきょとんと首を傾げた。
 
「どうかしたんですか?」
「・・・明るい色合いとは裏腹に、それは昔から凶色としても知られておる。
 何か悪いことの予兆でなければ良いのじゃが・・・」
 
 その言葉に少年は驚くも、少女の表情が真剣で尚且つその顔色が優れないことに気づいて
 彼女が本気で心配していることを理解した。
 
「そうなんですか・・・。でも、僕はこの花好きです。花火みたいで。
 きっと大丈夫ですよ。何かあっても僕がいます」
 
 その少年の言葉に少女はわずかに目を見開いた。

「懐も大分豊かですし、今日中には村に着けそうですし。
 僕が始祖様をお守りしますよ。何があっても」
 
 本当に嬉しそうに笑うその表情に、少女は小さくため息をついて、ふぃと顔をそらす。
 
「生意気を言う出ないぞ小僧。
 おんしにそのような事を云われる謂れなどないわ。
 それにおんしなんぞに守られるほど弱くはないぞえ」
 
 伊達にこの歳まで生きてなどおらんわ、と殊更強めの口調で少女の唇で紡がれた言葉に、
 少年はくすりと彼女に気づかれないように笑った。
 この時空の時の流れから外れてしまった少女は、見た目とは裏腹に、想像もつかないほどの長い間の時を生きてきたのだ。
 そして最近ひょんなことからその時の流れから外れてしまった少年と一緒に旅をしている。
 
 
 永遠に近いその途方もない時間を1人で生きねばならないと思うと気が滅入るが
 自分には他にも仲間がいる、そう思うと幾分楽になる。こうして傍にいてくれる人がいる。
 
 
 だから前へ進もうと思うんだ。
 
 
 
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お題:『花火』『豊か』『萱草色』
お題提供:たんぽぽ様
 
 
今回はお題を全て言葉の中で使って見ました。
 
 
 
懐が豊かって・・・普通懐は暖かいものなんじゃ・・・?(没)
 
 
 
 
 
 
 
 
 お隣のひまわりが今年も背伸びして太陽に向って咲いている。
 今日は登校日。久々の学校は億劫だけれど、それでも楽しみなのは何故だろう。
 自然と進むペースが速くなって、段々と同じ制服の見覚えのある人が多くなる。
 
「おっはよー!」
 
 ぽんっと肩を叩かれて、驚いて振り向くと、そこには親友の顔。
 私もにこりと笑って、それに挨拶を返すと、再び並んで歩き出す。
 
「もぅ、夏休みまで学校行かなきゃ行けないなんて!」
 
 と親友はちょっとご機嫌斜め。
 彼女とは小学校からの友達で、気心も知れている所為か、心が和む。
 当然夏休み中にも何度も会っているわけだけれど、やっぱり学校で会うのと外じゃ、全然違う。
 
「よぉ」
 
 そんな時、聞き覚えのありすぎる声が後ろから聴こえて、条件反射で振り向いた。
 
「お・・・おはよう!」
 
 あ、マズイ。力が入りすぎた。
 そんなのも気にしていないのか、彼は親友とにこやかに会話している。
 そして感じる、ふとした違和感。
 
「あ、あれ? 背、伸びた??」
「おー、おー、伸びた伸びた。
  なんてったって俺様成長期だからな♪」
 
 か、会話が成立しちゃったよ!!
 そんなことに感動を覚えながら、暑いねー、と手で顔を仰ぐ。
 ヤバイ。顔、赤いかもしんない。
 親友はそんな私に、ちょっとにまにました視線を送りつけてくるので、背中をバシンと叩いておいた。
 もちろん、いつもより強めに。
 
「何すんのよー!」
 
 抗議の声が聴こえるが、それには笑って。
 
 親友と彼は仲がいい。確か部活が一緒なのだっけ。
 帰宅部の私とは縁遠いな、とちょっとだけ遠い目をしていると、ふいに手を引かれた。
 途端に住宅街にある狭い道路を車が徐行せずに走り抜けていった。
 
「ったくあぶねーなぁ」
 
 心底呆れた表情をする彼は、だいじょぶか?と問いかけてくる。
 それに、ぶんぶん縦に首を振って肯定すると、安心したような笑みを向けられて。
 
 うーわー!どうしようどうしようどうしよう!!!
 
 心の中は大混乱だ。
 それでも、云わなきゃいけないことがある。
 助けてもらったのだから、そりゃ、云わなきゃ人としていかんだろう。
 
「あ、ありがとう!!」
 
 思いっきり声を上げたつもりだったが、それでも勇気のない私の声は小さくて。
 それでもそれをきちんと聞き取ってくれた彼は

「気にすんなって。お前に怪我なきゃ、それで良い」

 そういって笑ってくれた。
 
 
 どうしよう。今日一日で彼の笑顔をたくさん見てしまった。
 この先3年分くらいの笑顔かもしれない。
 藍色に染まった空を見上げて、はふ、と息を吐く。
 ホントは心に留めておこうと決めていた。
 なんせ初恋だし、初恋は実らないから美しい、とか云うし。
 でも、やっぱり、この気持ちに嘘をつくのは、私にはできない。
 だって、彼の一挙一動にこんなにもドキドキする。
 彼が誰かを好きでも関係ない。やっぱり、諦め切れない。
 
「あ、一番星」
 
 明日もきっと晴れるだろう。
 次の登校日が今から楽しみだ、なんて、現金なやつ。
 
 
 

 
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お題:『ひまわり』『あきらめきれない』『藍色』
お題提供:たんぽぽ様
 
 
 
別バージョン。
恋する乙女の気持ちは、少女マンガでの知識しかありません。
初恋すらまだだもーん。
 
 
 
 
 
 
 
 苦しみの中で眠る僕の傍には黒猫。
 うっすらと瞳を開けることで闇に解けたその身体に手を伸ばす。
 ぐでん、と寝返りをうち、無防備に寝息を立てている黒猫はこの寝苦しい熱帯夜でも僕の傍を離れない。
 見透かされてるなぁ、と思う。
 こいつは僕が悲しかったり寂しかったりすると自然と寄ってくる。
 そんなに表情に出るか?
 咽喉で音にならない苦笑いを堪えると、そっと撫でる。
 薬が切れたか、と思いつつ、足音を忍ばせて階下に降りる。
 別に足音を立てたって起きる人間なんていないけれど。

 冷たい水を一気に流し込んで、口を拭う。
 眠れないのだから薬を飲むべきところか、それとも縁を切るために減薬しているのだから我慢するべきか。
 思えば、ここしばらく眠れていない。
 その所為か日中だらりと動けなくなってしまう。
 これはいい加減眠れるように飲んだほうが賢明か。
 明日は予定も入っていることだし。
 
 夏空の下、炎天下の中水が足りないのかしゅんとした背の高い大輪のその黄色の花は、今の僕の気分にも似ている。
 僕は他人から見れば所謂ダメ人間で、『引きこもり』とか『ニート』って呼ばれる存在だ。
 そりゃ、仕事はできない。人と話すこと自体が恐怖なのだから、といっても他人は理解しない。
 そんなの克服すればいい。
 みんな緊張するもんだ。
 そんな言葉がどれだけ僕を追い詰めるか、そいつらは知らない。
 ニートにしたって、直訳すると仕事も勉強も訓練もしてない、ってことだろ。
 僕は訓練してるんだ。こうやって外に出て、人と会話して。
 そんなことは訓練には入らない、って云われるだろうけれど、僕にとって非常に困難なことには変わりない。
 どうして人は一括りにするんだ。
 僕は学校に行きたかった。でも怖くていけなかった。『不登校』でも『登校拒否』でもないんだ。
 行きたい、って気持ち無視してそんな言葉で僕を括らないで。
 この恐怖や行けないことへの罪悪感、そして自己嫌悪、焦りや不安を無視しているから大人は信用ならない。
 周りで笑ってるやつらだって信用できない。

 気持ちを理解する、ってとっても難しいこと。
 話を聴くのも大変だし、僕みたいに話すのが得意じゃないやつだっている。
 重たい気持ちをそのまま受け止める、って大変だ。
 だからすぐにアドバイスしてそっちを見ないようにさせるんだ。
 暗闇の方向じゃなくて、光の方へ。

 でも僕はそっちに向きたくても向けないんだ。
 どうして僕の気持ち無視するの?
 どうして理解ってくれないの?
 そんな疑問符ばかりで余計に不信感が募る。
 
 大人は生きてきた分だけの経験値がある。
 それでも僕は大人の半分も生きちゃいないんだ。
 そして大人が似たようなことを経験していたとしても、それは僕の経験とは違う、感じ方だって違う。
 無理やりアドバイスを聴かせて、光を見せようとするのは、それは僕の感情を殺せ、ってことでしょう?
 僕の感じたことなんて取るに足らない、だから無視する、ってことでしょう?
 胸の中のもやもやを消化しないまま、大人になるってどういうことだか、理解して云ってるの?
 
 今僕は世間で言う大人の枠に分類される年齢になったけれど、胸の中の未消化のもやもやが、年齢と共に増え続けて、無理やり目を逸らして来たものと向き合わなきゃいけなくなった。
 無理やり目を逸らしてきたのはアドバイスのおかげだよ。
 それで僕は今までずっと目を逸らしていたおかげでその場をやり過ごすことができた。
 でもずっとずっともやもやは消えないんだ。
 
 この苦しみをなんと云ったら良いんだろう。
 なんと表現したらみんなに伝わるんだろう。

 空の色が藍色に変わっていって、僕の悶々とした気持ちを闇色に変えていく。
 それでも僕は諦め切れないんだ。
 誰でもいい。誰か僕を理解して。この場所から連れ出して。
  
 
 
 死という選択肢しか考えられない僕に、足りない頭でも理解できる手を差し伸べて。
 
 
 
 
 何年苦しめば、僕は僕を許せるの。
 
 
 
 
 
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お題:『ひまわり』『あきらめきれない』『藍色』
お題提供:たんぽぽ様
 
 
痛い話ができました。
海梨さんは一括りにされるのが嫌いです。
海梨さんは海梨さんだけなのです。
 
この恐怖心は、フツーのひととは違うから。
きっと理解されないんだろうな、と思うと哀しい。
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 少し休もう。
 そう思ったのは隣の女性が酷く顔色が悪かったからじゃない。
 ただ他の仲間も足を引きずるようにしていたり、体温調節ができていないのか顔が真っ赤だったりしているから。
 この炎天下じゃ仕方のないことかもしれないけれど、いつもよりこの一行の進む速度は遅い。
 見上げれば、入道雲がもくもくと膨れ上がっていて、ぼんやりと、あれは積乱雲だっかな、と思い起こす。
 今は必要のない知識。
 それよりも寧ろ重要なのは雨が降るとか嵐が来るとかそういった知識で。
 
 
 休もうと決めたところで、休める場所が早々あるわけでもない。
 旅をしているのだから非常食はそれなりにあるけれど、いつもそればかりでは飽きてしまう。
 確かに、そう云っても贅沢するだけの予算はないのだけれど、それでもせめて、栄養価の高いものを時折摂取せねば皆疲労で倒れてしまう。
 今は特に、みんなの疲労の色が濃い。

 改めて地図を広げる。

 この峠を越えた先に、小さな集落がある。
 そこに行けば、多少なりとも新鮮な食物を分けてもらう、とまでは行かないものの、物々交換でなんとかなるだろう。
 確かに野宿には慣れているけれど、やはり硬い地面で毛布に包まるのではなく、きちんとした部屋で休みたいと思うのは人の性だろうか。
 
 
 程なくすると森は開け、眼下に地図に載っていた集落を見渡すことができた。
 一行は息を呑む。
 その、まぶしい黄色の大輪の花々が咲き誇る様は、道端で名も知らぬ野草の花の美しさとはまた違い、心の中が温かくなる。
 身体自体は、もう相当な暑さを経験していて、体温的にも高くはなっているが、それとはまた別物だ。
 
 丁寧に手入れされているらしきそのひまわりを見て、人がいる場所へと出たことを悟った一行の歩は早まる。
 井戸水。そしてできれば栄養価の高い新鮮な野菜。
 
 水は旅をしていれば湧き水など、上手い水があるが、それとはまた別物だ。
 旅暮らしでは早々手に入らぬそれらへの気体を込めて、坂を一気に下った。
 
「おや、めずらしい」
 
 集落で始めてであった老人は、人のよさそうな笑みでひまわり畑から腰をかがめて出てきた。
 
「見事な花ですね」
 
 疲れてはいるが、それでも笑顔は絶やさない。それが人付き合いの基本だ。
 
「この集落の名産で、他の街に出荷しとるんじゃ。お前さんらは、旅のひとかね」
「えぇ。でもここまで立派なひまわりは初めてですよ」
 
 そういうと老人は、そうじゃろそうじゃろとにこやかな笑みを向ける。
 どうやら第一段階を突破したようだ。
 
「どうじゃ、わしの家に来んかね。たいしたもてなしはできんが」
「ご迷惑では?」
「なに。若い衆が作った作物が多くてな。腐らすのももったいないでの」
 
 夏の収穫の時期。
 それが功を奏したのか、老人はついて来い、といわんばかりに先陣切って歩き出す。
 一行もそれに続いた。

 収穫したての野菜は、生でも旨い。
 少々大振りになりすぎたものは老人の奥さんが火を通して、あっさりと味付けをしてくれたものを出してくれた。
 有難い。
 そう思いつつ、自分が先ほど老人にとった行動を思い出す。
 気に入られるためとはいえ、やはり処世術はあまり使いたくない。
 今回は他の仲間の疲労が、もちろん自分もだが、濃いために仕方なしに使ったが、それをしなくともこの老人は自分達を受け入れてくれただろう。
 予防線のようなものだが、それでも気がめいる。
 ありのままの自分で接して気に入ってもらえるのが一番なのに。
 
 一通り料理をいただいて、至極丁寧に例を云うと、案の定、人のいい二人は微笑んでいた。
 そして、その礼として、集落の農作業を手伝うと、辺りは夕暮れ、西はまだ明るいが、東はとうに藍色に変わっていた。
 そこで老人が迎えに来て、泊まっていけ、と云ってくれた。
 さすがにそこまで迷惑はかけられない、とは思ったが、どちらにせよ農作業を共にしていた若者たちの家に誘われていたため、人数を分けてお世話になることにした。
 
 老人は、この集落の長老のようだ。
 若い衆は老人のことをとても愛していたし、尊敬もしていた。

 だが、不自然だと思ったことがあった。

 若い衆がいる。それなのに老人を見かけたのはこの長老とその妻だけだということ。
 これはどういうことなのだろう。
 これは訊いてもいいことなのだろうか。
 散々迷いつつ、それでも疲れが溜まっていたため、久しぶりの安全な床の中、深い、深い眠りについた。
 
 翌日、世話になった礼を改めて云うと、老人はやはり微笑んでいて。
 そして、とうとう、気になっていたことを訊いてみた。
 
「なに、簡単なことじゃ」
「?」
「わしらを残して全員徴兵されたんじゃ。
 
    今の若い衆がほんの赤子だった頃にの」
 
 重い口調でそういった老人の表情は曇っていて、言葉に詰まった。
 その老人の話によれば、まだ若かった頃には同世代がたくさんいて、今の若者はその子どもだったという。
 老人夫婦を残し、男は徴兵され、女はその給仕にと借り出された。
 そして、その日以来、帰ってくるものはいないのだという。

 若者たちがこれほどまでに老人を慕っているのは、実の親がいなくなり、老人が育ての親だから、ということだろうか。
 
 とにもかくにも井戸水で水筒を満たさせてもらい、再び一行は旅路についた。
 今でも残る、先の戦争の傷痕を目の当たりにし、仲間は少し沈んだ表情をしている。
 それでもあの、太陽に向って背を伸ばして咲いていた花を思い出す。
 あの花は希望だ。諦め切れない彼らの象徴。
 死んだのだと頭では理解していても、それでも諦めることができない。
 いつか還ってくるのではないかという、かすかな希望、願い。
 
 その花はまっすぐ誇らしげに咲いていた。

 彼らの願いが、天に届くように。 
 
 
 
 
 
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お題:『ひまわり』『あきらめきれない』『藍色』
お題提供:たんぽぽ様
 
お題提供ありがとうございました。
否、また、わかんない話になりました。
でもまぁ、使い方としては自然に書けたかな、と思います。
無理に入れ込まずに。
 
 
 
  

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